第2話
俺は、自分が率いているギャングチーム『神のゴミ箱』のアジトで、ボロボロのソファに座りながら途方に暮れていた。
「金がない」
俺のつぶやきはチームメンバーたちが騒ぐ声にかき消された。
もうそろそろギルドからの罰金を返済しないとマズイことになる。
健全な表の依頼で利息だけでも返すか、リスクを取ってでも裏の依頼を受けてガッツリ返済するか……考えがまとまらない。
ボスである俺が必死に金策を考えているっていうのに、どいつもこいつもうるさすぎるんだよ!
今、アジトにチーム全員がそろっているわけではない。
仕事中の奴らや遠征している奴らはここにいないから、今いるのは暇な奴らだけだ。
休憩中だったり、仕事終わりのメンバーだけ。それでもうるさすぎる。
うちのチームには、いかれた奴しかいないから全員うるさいんだが、とくに今うるさいのが目の前で喧嘩している人面馬とマッド錬金術師だろう。
「やめてくれダゼ! 治験は嫌ダゼ!」
「人間で試す前に動物実験が必要ってボスが言ってたしぃ、ちょうどいいかなぁって」
「オレはニンゲン! オレはニンゲンダゼ!」
このダゼダゼ言ってる奴は、ブレイクス・ブレイクスという名前の人面馬だ。
ニンゲンではない……と思う。
名前が長いので、みんなブレイクって呼んでる。
こいつは身体の90%くらいは馬なのだけれど、顔だけはなぜか人間のおっさんなのだ。
この世界にはケンタウロスという魔物がいて、そいつらは下半身が馬で上半身は人間の身体という、いたってまともな半人半馬だから、ブレイクとは似ても似つかない。
ブレイクに種族を聞くと、「より速さに特化したケンタウロスなんダゼ」と教えてくれたが、絶対に違うと思う。
でも、人種問題は繊細な話題だからな。いまだに詳しい話は聞けていない。
そのブレイクに、あやしい薬物を無理やり注射しようとしているマッド錬金術師がエピスだ。
少しうねりのある緑色の髪と、泣きぼくろがセクシーな美人で、男なら飛びつきたくなるようなグラマラスな体をしている。
しかも、白衣の下には下着しか着けていないから目のやり場に困る。
目が小さく見えるほど度がきついビン底眼鏡をかけており美しい顔が台無しになっているため、何とか理性を保っていられる。眼鏡に感謝だ。
いや、そんなことより止めないと。
「絶対その薬はヤバイやつだろ! やめろエピス!」
「えぇ~、ボクの薬で死人がでたことはないし、100%安全だよぉ。ボスは過保護だねぇ。残念だったねブレイク。この『バキバキ皇帝』を使えばバッキバキになれたのにぃ」
「死人は出たことないけど、賠償金は何度も請求されたことがあるだろうが……!」
そんなことより『バキバキ皇帝』について詳しく聞きたいんだが。
ナニが? どこがバキバキになるんですかエピスさん。
俺はバキバキ皇帝への疑問をいったん保留にしつつ、エピスを羽交い締めにした。
その間に裏口からブレイクを逃がしてやる。
「ボス、助かったゼ。このままちょっとひとっ走りしてくるゼ。晩飯までには戻るゼ!」
「街中で走るなよ! モノを壊すなよ! 人をひくなよ! 頼むぞマジで!」
「ヒヒーン!」
「おい、こんなときだけ馬のフリするな! ニンゲンなんだろ!? 聞けよ、話を!」
ブレイクはすごい勢いで街中を駆けぬけていった。クソッ、遠くから善良な市民の悲鳴が聞こえる……。
あいつは我がチームの移動手段としておおいに役立っているのだが、ひとつ大きな欠点がある。
走り出したら止まらないスピードジャンキーなのだ。
あいつが壊した家屋の弁償代や、あいつがはじき飛ばした人間の治療費はしゃれにならない額になっている。
なんど馬刺しにしてやろうかと思ったことか。
はぁ……ダメだ。
どいつもこいつも騒がしすぎて、考え事に集中できない。
なにを考えようとしてたんだっけ?
そうだ、うちのチームには金が足りないって話だよ!
どれくらい足りないかというと、今日の晩飯が抜きになるくらいだ。
さっきブレイクが「晩飯までには戻るゼ」なんて言っていたけど、残念、戻っても晩飯はないぜ。
うちのチームはただでさえ大所帯なのに、どいつもこいつもアホばかりだから、毎日なにかしらの理由で借金が増えていくのである。
借金を作るのはブレイクだけじゃない。
ほぼ全員、何かしらの理由で借金を作ってきやがる。
その借金を返すために、俺たちは働き続ける必要がある。
ひとつ救いなのは、みんな一応仕事はしてくれるってことだろう。
ちゃんと金も稼いでくれる。
でも増える借金のほうが多いんだ。
2歩進んで、3歩さがるような毎日。
せっかく異世界転生してギャングになったってのに、なにが悲しくてあくせく働かないといけないのか。
俺まだ17歳だよ? サラリーマンじゃなくてギャングだよ?
前世でサラリーマンやってたときより勤勉に働いてるんだが?
前の人生は失敗だった。
まじめに生きすぎた。
中間管理職ってマジで損な役回りだ。
上司と部下に挟まれてさ……なんで老人介護と子守を同時並行でしなきゃなんねぇんだ?
しかも自分のタスクもある。
給料を3倍にしてくれないと納得がいかない。
最後は部下の尻ぬぐいで徹夜して死ぬとか……みじめな人生だった。
だからこそ、今世では不真面目で適当に生きると決めているんだ。
なのにどうしてこうなるんだ……。
「トラッシュ! ポーションの配達クエスト行ってきましたわよ!」
「おー、お嬢か。お疲れ。あと、俺のことはボスと呼べな」
バァンッ! と、勢いよくアジトのドアをあけて入ってきた女の子は、金色に輝くドリル型の巻き髪をビヨンビヨン揺らしながら、小走りで俺の近くへやってきた。
『お嬢』というのは、彼女の喋り方や髪型が貴族のお嬢様っぽいから俺がそう呼び始めただけで、本名はフラウである。
彼女は別に貴族ではない。
自分を貴族だと思い込んでいるだけの、ちょっとアホな平民だ。
口調は貴族の真似事だし、髪型もただの天然パーマだし、いま着ている水色のワンピースも庶民が買える安い服だし、胸につけている赤いチューリップのような花のアップリケもスラム街の女の子から買ったものだ。
ちなみに、トラッシュというのは俺の名前ね。
赤ちゃんのときに親に捨てられたけど、名前だけはつけてくれてたらしい。
トラッシュ。嫌な名前だ。
ゴミ呼ばわりされてるみたいで嫌なので、俺のことはボスと呼べ、って手下どもにはいつも言ってるのに、お嬢はちっとも覚えてくれない。
そういえば、今日は朝からお嬢がいなかった。
一人で配達クエストに行っていたのか。
一人で、行ったのか……そうかそうか……嫌な予感がするぜ?
ギルドには運び屋の仕事も大量にあるので、手軽に配達クエストを受注できる。
荒事が得意ではないお嬢でもこなせる表の仕事だ。
配達クエストに限らず、ギルドで受けられる仕事には表と裏がある。
ギルドの一階に貼りだされているクエストは表の仕事、つまり、カタギの冒険者がやるような魔物の討伐や素材収集、配達クエストを含めた街の雑用などなどである。
そして、ギルドの地下一階にも受付があり、そこでは裏の仕事を受注できる。
盗み、殺し、危険薬物、なんでもござれだ。
俺たちは一応ギャングを名乗っているが、ぶっちゃけていうと表の仕事をする率のほうが多い。
だって、怖いもん。
裏の仕事は当たればデカい。が、当然リスクもデカイ。
そんな仕事やらないにこしたことはないのである。
でも、やらなきゃ……やらなきゃ借金を返せねぇんだ……!
だって俺たち全員クソスキルしか持ってねぇ……ッ!!
表の仕事をチマチマやってたって焼け石に水である。
強いスキルなんて持っている奴らは表の仕事でも高額収入のクエストを受けて、大金を稼いでいる。
だが、うちのメンバーが受けられるのは安い仕事ばかりだ。
だったら犯罪でもなんでもやって生きていくしかねぇよなぁ……!
って、お嬢のことを忘れてた。
話を聞いてほしそうな顔をして俺の前に待機している。
「配達お疲れ。で、いくら稼げたんだ?」
「それがひどいんですのよ! 聞いてくださる? ワタクシ、ちゃんと時間以内に荷物を届けたのに、罰金を払えって言われたんですの!」
お嬢がぷんぷん怒りながらワケのわからないことを言いだした。
嫌な予感が確信に変わったね。
「ほー……ちゃんと、確実に、届けたんだな? 荷物も無事だったんだな?」
「オーホホ……ホホ……ぶ、無事でしたワヨ?」
お嬢の頭のてっぺんからポンっと、一輪の赤い花が咲いた。
はい、ダウト。
お嬢の持つスキル『お花畑』は、いろんな場所に花を咲かせることができる能力だ。
地面はもちろんのこと、自分の体からも生やせるし、他人の体からも生やせる。
その花になんの意味があるのかと言われると、とくに何もない。
ただ綺麗で、かわいくて、絵面がおもしろくなるくらいだ。
基本的に自分の意思で咲かせたい場所に咲かせられるが、ときどきコントロールがきかず、無意識のうちに花を咲かせてしまうこともある。
まさに今だ。
お嬢が、嘘をついたり何かを誤魔化しているとき、自分の頭のてっぺんに花が咲いてしまうのだ。
ちょっとかわいいね。
だけど、今はそれどころじゃないね?
罰金を払えって言われた、だって?




