第16話
朝はやくから、俺はギルドへ向かっている。
移動手段はソリだ。
サンタさんが乗るような立派なやつじゃなく、子供が雪遊びをするときに乗るような小さなやつね。
『ゴミ箱』の中に入ってたから使ってみたってわけ。
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ソリ(ひび割れあり)
子供用の赤いソリ
雪遊びに最適
走った走った走った、ひたすらに走ったはずだ
氷山もあなたの肌もわたしの心も、ひび割れていく
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子供用だから17歳の俺が快適に乗れるはずもく、ほぼケツしかおさまってねぇ。
仕方ないのでM字開脚でふんばってる。
ちなみに今は冬でもなんでもないし、土の地面だから振動がすごい。
F1レーサーみたいな迫真の表情でふんばってる。
ソリをひきながら全力ダッシュしているのは子カバである。
ぷりぷりとした子カバのケツが俺の目の前でゆれている。
ケツにひっついた小さな尻尾もぷるぷる回転している。
あぁ、この世界にカバなんて生き物はいないんだった。
こいつはカバじゃなくヒポポと呼ばれる魔物だ。
『神のゴミ箱』のメンバーである肉丸くん(5歳)である。
本当に5歳かは知らないけどね。
ちなみにヒポポは10歳くらいで大人になるらしい。
こいつもあと数年で大人になっちまうんだろうか。
今はサッカーボールくらいのサイズだから、「サッカーしようぜ! お前ボールな!」とか言ってふざけてられるけど、大人のヒポポなんて5メートル級の化け物だから、「スイカ割りしようぜ! お前スイカな!」とか言われて俺のほうが殺されるかもしれない。
「カーブカーブカーブ! スピード落とせ肉丸! ……おい、聞いてる? 肉丸さん!?」
「ミーミーミ」
肉丸のスキル『物理無効(スライム用)』は得たいのしれないぬるぬるの体液を分泌することにより摩擦をゼロにできる。
雪なんて積もっていない土の地面であっても、肉丸の体液をかませばソリでもスムーズに移動できるのだ。
ただあくまで摩擦がゼロになるだけであり、段差があればソリはジャンプするし、カーブがあれば慣性の法則で俺だけ壁に激突する。
「ああぁぁ! ンギィッ!」
肉丸は自分の体液をコントロールできるのですべることなくスムーズにカーブを曲がった。
壁に激突しつつもなんとかソリから手を離さずに耐えた俺は、ソリの上で体勢を整えながら、
「ブチ殺すぞてめぇ!」
「ミーミミン! ミッミミ」
「うるせぇ! 俺の体重移動でどうにかなるレベルじゃねぇだろ! ボブスレーの選手じゃねぇんだぞ」
ブレイクしかり肉丸しかり、なんでうちのメンバーは暴走しがちなんだ。
いや、そんなことよりヤベェ。
最初っからひびが入ってたソリがさっきの激突でついに壊れた。
ただでさえ小さかったソリが半分に割れてしまい、後ろ半分が無くなっている。
マジのマジでケツだけしか乗る場所がない。
「ちょっ、いったん止まろ? 俺、今すごい態勢になってるから」
「ミーッミッミ」
なにワロとんねん、と突っ込む余裕すらない。
ケツだけ乗せて、足を置くスペースがない。
ということは、足を上にあげる必要がある。
そう、V字開脚である。
17歳にもなってV字開脚のまま市中引き回しの刑を執行されるって、俺はいったい前世でどんな業を背負ってしまったんだ?
ズタボロになりながらも、なんとかギルドが見えるところまでやってきた。
ギルドの入り口前は馬車もとめられるような広場になっており、ギルダーや依頼を投げに来た一般人やらが行きかっている。
「おい、もう着くんだからスピード落とせよ! カタギのみなさまに迷惑かけんじゃねぇぞ!? クソッ……なんでこのソリにはブレーキがないんだ……」
「ミーミー」
「ああぁぁ……どけどけどけどけッ! あぁああアガラベッシュッ……!?」
「きゃーっ!」「うわぁなんだ!?」「事故だ-! 衛兵をよべ!」「おいまたゴミ野郎どもじゃねぇか?」「なんだあいつらか……おーい衛兵呼ばなくていいぞ」
肉丸はギルド前でブレーキをかけつつ、後ろからせまりくる俺をジャンプでよけやがった。ぷりぷりボディは無傷だ。
俺は勢いを保ったままギルド前にある銅像の台座にぶつかって無事死亡。
台座は……無傷だ。丈夫でよかった……また借金が増えるところだった。
頭から出た血をぬぐいながらギルドに入ると、「うわっ」「出たよ」みたいな声があちこちから聞こえるので無視する。
一階受付近くのクエストが貼り出された掲示板へ向かおうとしたのだが、肉丸が俺の足を噛んで止めた。
「痛ぇよ。なんだよ」
「ミミミミィ」
「裏の仕事がいいって? いや、俺もお前も荒事は得意じゃねぇんだから、表の仕事しようぜ。表の仕事でも魔物の討伐依頼はたんまりあるんだからよ」
そもそもなぜここにいるのかというと、今朝、肉丸が急に『魔物をぶっとばしてぇ』とか言いだしたからだ。
「ミーミミミ!」
「ギャングだぞ! って、その面で言われてもね」
前足をダンッ、と床にたたきつける肉丸の真剣な瞳を見てちょっとかわいそうかなと思ったが、今回は表の仕事でお茶をにごしたい。
このメンツで危ない仕事なんてしたらろくなことにならないだろうし。
俺なんてすでに満身創痍だよ?
人によって差はあるものの、総じてこの世界の人間の体は丈夫にできている。
俺も転生してからはかなり体が頑丈になったように思う。
いまも頭から血が流れてるけど、痛みはひいてきたし、血も止まってきた。
こんな状態、転生前の体なら救急車呼んでたわ。
俺の足にしがみつく肉丸をひきずりながら掲示板に向かおうとしたら、受付のほうから甲高い叫び声が聞こえた。
「きゃあぁぁ! 肉丸ちゃぁぁぁん!」
金髪の女が猛ダッシュでこちらへやってきて、そのまま肉丸に飛びついた。
肉丸のぬるぬるボディをなでまわしているこの異常者は受付嬢のルギィちゃんだ。
彼女の小麦色に日焼けした肌があっという間にぬるぬるになってしまった。
「あいたかったでちゅよねぇ? 肉丸ちゃああん」
「ミーミミ……」
声たっか、テンションたっか。
そして肉丸のテンションひっく。
ひととおり肉丸をなでまわした後、ルギィちゃんは隣にいた職員の男の服で手をふいた。
「う~ん、ルギィ氏ひどいでござる。服がぬるぬるになった悲しみで35点、接触の喜び52点、う~ん、これはプラマイゼロですな」
「きっしょ」
「ルッ、ルギィ氏、暴言暴言! かわいいお口から暴言がまろびてておりますぞ」
きっしょ。どういう計算?
ルギィちゃんと同じようにギルド職員の制服を着ているこいつはオクタという。
オタクじゃないよ、オクタだよ。
ちょっとぽっちゃりした中肉中背ボディで、眼鏡をかけている。
黒髪サラサラヘアを真ん中分けにしており、ひたいに巻いた赤いバンダナがうざい。
あと、黒い指ぬきグローブをつけているが似合っていない。
ルギィちゃんもオクタも20歳くらいだと思うけど、正確な年齢は知らない。
こいつらに絡まれるとノリが面倒だから嫌なんだが、『神のゴミ箱』とまともに会話してくれる受付がこいつらくらいしかいないから、結局いつもこいつらに受け付けてもらうことになる。
受付であらためてこの二人に相談することにした。
「肉丸が魔物をぶっとばしてぇらしいんだけど、なんか適当な依頼ある?」
「まぁ、肉丸ちゃん! そんな危ないことするの!?」
「ミンミ」
「弱いやつでいいからな、弱いやつで」
ルギィちゃんとオクタは受付の奥からいくつか依頼の紙を持ってきた。
『【調査依頼】トゲ山で毒針を持つネズミ系魔物出現』
『【討伐依頼】ゴブリン最低3体を討伐すること【常駐依頼】』
毒針ネズミは物騒だし却下だな。
「ゴブリンでいいんじゃねぇか? これなら俺と肉丸でもやれるし」
「ミィ……? ミミミミ!」
「なにそんなキレてんだよ……!」
「まぁ、肉丸ちゃん、怒った顔もかわいぃ~。で、なんて言ってるの?」
「あん? ゴブリンなんてガキの仕事だ、ギャングなめんなよ! だとさ」
「へぇ~、さすが肉丸専属の通訳さんねぇ~」
通訳じゃねぇし。ギャングのボスだぞ。
ルギィちゃん、かわいいふりして失礼系ギャルだな。
俺が肉丸の言葉を理解できるのはクソデカ天使にもらった『翻訳』のおかげだ。
他の奴らにはミーミー鳴いてるようにしか聞こえないけど、俺には以外と荒っぽい肉丸の言葉が聞こえてしまうのである。
それにしても、肉丸の野郎。ゴブリンはお気に召しませんときたもんだ。
ゴブリンだって下手するとケガするし、死ぬんだぞ?
俺は頭脳派のギャング、言ってみればインテリヤクザみたいなもんだ。
そもそも荒事なんて気が乗らないってのに。
「もっと強い奴と戦いたいらしい。なんか俺らでギリギリ倒せる感じの、強くもなく弱くもなく、やっぱりちょっと弱い感じの魔物いないか?」
「ぬほほっ、神ゴミ氏、ちょうどいい依頼があるでござるよ」
「誰が紙ゴミだぶっ殺すぞ」
二人そろって失礼な受付だ。
そんなんだから俺らの受付なんてやらされるんだぜ?
オクタが得意げに出した依頼表をぶん取って、確認する。
『【討伐依頼】ドラッグマの討伐【薬物注意!】』
薬物注意? ろくな依頼じゃねえな。




