第15話
シャンパン流星群から逃げまどう貴族たちを押しのけて出口へ向かう。
ちょうどその時、俺たちに先行するかたちで、賊のニンジャ野郎が出口を勢いよく開けて出ていった。
警備兵たちは全員倒されて出口周辺に転がされている。
正直助かるぜ。
建物の外へ出ると、白目をむいてよだれをダラダラ流しながら震えているおっさん顔の馬がいた。ブレイクである。
化けの皮がはがれてるじゃえねぇか。
「ブレイクゥゥゥッ! 逃げるぞ!」
「ボス、はやく乗ってくれ、もう我慢できない! パーティの間ずっと待ってたんダ……はやく走らないと爆発しそうダゼ!」
ブレイクの横ではニンジャ野郎と肉丸がローション相撲をしながらたわむれている。
庭の一部が、肉丸の体液のせいで泥沼のようになっている。
暇を持て余した肉丸が遊んでたんだろう。
そして、ニンジャがそこに突っ込んでいったと。
「なんなんだこの豚は!?」
「ミミッ!? ミミミミミミ!」
「これでもくらえッ」
ニンジャが肉丸にむかってナイフを突き出した。
ナイフが肉丸の体に触れた瞬間、ぬるっと不自然にはじかれてしまった。
「なに!?」
「ミーッミッミッミッ」
ニンジャは困惑しながら何度もナイフを突き刺そうとしたが、どれだけ刃をたてても、直角に突き立てても、肉丸の体に傷ひとつつけることはできなかった。
肉丸のスキル『物理無効(スライム用)』のおかげだ。
ぬるぬるの体液を全身から分泌し、摩擦をゼロにして斬撃を無効化する。
打撃をくらっても、ぷよぷよボディで衝撃を吸収し、ケロっとしている。
ヒポポなのになぜかスライム用のスキルに適合している謎の魔物が肉丸である。
肉丸エキスでぬるぬるになったエリアをよけながらブレイクのもとまでたどりついた俺たちは、急いで馬車に飛び乗った。
「おーい肉丸、置いてくぞ、はやく乗れ!」
「ミミッ」
「痛ッ……ハァッ……ハァッ……待ちやがれ豚野郎ッ……」
あえいでいるニンジャの顔面をジャンプ台にして飛び上がった肉丸も無事に馬車へ入り込んだ。
「よっしゃあ! いけブレイク! エンジン全開フルスロットルだ!」
「イクゼェ~~!!」
急加速する馬車。流れる景色。遠ざかるフラクティ伯爵の屋敷。
追っ手はなし。
撤収成功だ。
後ろを振り向くと、ニンジャ野郎とともに警備兵たちもぬるぬるゾーンですっころんで、もみくちゃになっていた。
ローション相撲第2ラウンド開始だ。
屋敷の入り口では、かがり火に照らされてプーパル嬢がたたずんでいた。
無表情で俺たちのほうをながめている。
「……なんとか逃げ切ったか」
「はぁ~、ダンスパーティなんてはじめて参加しましたわ~。楽しかったですわね、ドリコ」
「そうだね、間違いなく今夜の主役は僕らだったよ。それにシャンパンコールも最高だった」
こいつら、本当になにしにきたんだ?
俺たちの本来の目的はティアラを盗むことだったんだぞ?
……ん? ティアラ……?
「あ゛ぁっ! ティアラはッ!?」
「「「あっ」」」
ふりむくと、やはりプーパル嬢は無表情のまま立ちすくんでいたが、俺たちが振り向いたのに気づいたのか、ふわりと笑って手を振った。
俺たちもつられて手を振りかえす。
彼女の銀髪の上にちょこんと乗ったティアラがキラリと光った気がした。
翌日、俺たちはギルドに行き、カウンターでタバコをふかしているシャバ姐に『お姫様変身セット』のティアラを渡した。
「……これは、なぁに?」
「なにって、そりゃもちろんプーパル嬢のティア……」
ふーっ、とタバコの煙を顔にかけられた。
お怒りですね?
バレてますね、これ?
「いや、まってくれ、これには深いわけがあるんだ。あと一歩だったんだぞ? ティアラを盗もうとしたまさにその瞬間」
「暗殺者に刺された、と」
「そうそう、暗殺者にグサーですよ……って、え? なんで知ってんの!?」
シャバ姐はおもちゃのティアラをフラウの頭に乗っけた後、二本目のタバコに火をつけた。
範馬〇次郎より吸うペースが早ぇ。
「実は今回、ティアラを盗む依頼は陽動でね……本命の依頼はプーパル嬢の暗殺だったのよ」
「はい?」
「それなのに、どこかのギャグ集団に邪魔されちゃって、依頼主はカンカンよ」
「誰がギャグ集団や。ギャングじゃいっ! ってそんなことより、俺ら陽動!? ギルドはそれを知ったうえで俺たちをいいように使ったってのか? 死ぬとこだったんだぞ!」
フッ、と笑ってシャバ姐は三本目のタバコに火をつけた。
いや、だから早すぎ。死ぬど?
「ここがどこかわかってるのかしら? 裏の仕事ってそういうものでしょ?」
「うっ……」
いつもはニコチンでとろけたような微笑を浮かべているシャバ姐だが、急に無表情になり俺を見つめてきた。
殺気。
ヤバい、おしっこちびりそう。
ドリコとエピスは俺の後ろに隠れて震えてるし、お嬢はティアラに夢中で殺気に気づいてすらいない。
実は、シャバ姐は相当強いという噂がある。
あくまで噂で、戦っているところを見たことはない。
『金視眼』で人も鑑定できればいいんだが、このスキルは物しか鑑定できないので、シャバ姐がどういうスキルを持っているのか、どの程度強いのかなどはわからない。
が、裏ギルドの受付をまかされるくらいだから、お察しである。
「とにかく失敗は失敗よ。違約金は100万ギル。払ってもらうわ」
「ぐぎぃっ……!」
また断食生活が始まるのか、とチーム一同で頭を抱えていると、シャバ姐がドチャリッと音を鳴らしながら重そうな革袋をカウンターの上に置いた。
「けどね、今回は追加報酬もあるの」
「はい? 依頼は失敗あつかいだろ? どういうことだ」
「プーパル嬢のお父上、フラクティ伯爵からギルドへ依頼がきたの。『娘を助けたものに対して、お礼の報酬を渡してくれ』とね」
「「「「おぉぉ!!」」」」
シャバ姐が革袋を開くと、金貨が大量に詰まっていた。
これは100万ギル以上あるんじゃねぇか!?
「フラクティ伯爵から伝言もあるわ。『娘の命を助けてもらい、感謝する。せめてもの礼として金貨200枚をおくらせてもらおうと思う』だそうよ」
「金貨200枚……200万ギル!? 今回のもともとの依頼料と同額じゃねぇか! 違約金をさっぴいても100万残るぜみんな!」
「素晴らしいですわ! 今夜はシャンパンを開けますわよ!」
「スーパーノヴァ以外ボク作れないよ?」
「おい、シャンパンコールするかァ!?」
「いいね! 合いの手なら僕も覚えたよ」
久しぶりの黒字に俺たちが沸き上がっていると、シャバ姐がライターでカウンターをコンコンコンと叩いた。
さながら裁判官のハンマーみたいに厳粛なひびきだった。
「あなたたち、話は最後まで聞きなさい。伝言には続きがあるわ」
「な、なんだよシャバ姐、ニヤニヤして……も、もしかしてさらにさらに追加報酬があるとか……かな? かなかな?」
「『せめてもの礼として金貨200枚をおくらせてもらおうと思う。ただし、シャンパンでべちょべちょになった会場の修繕費と、謎の液体でぬるぬるになった庭の修繕費を差し引いて、金貨100枚とさせてもらう』以上よ」
「そんなぁ~! おい、誰だよシャンパンなんて入れたやつ!」
「ボスだよ」
「ぐっ……! で、でも庭のぬるぬるは肉丸じゃねぇか!」
「ペットが悪さしたときの責任は飼い主が取るものですわ、トラッシュ」
「ぐっ……!」
肉丸はペットじゃねぇって。仲間だろう!?
クッソ~、100万も削られちまった……!
ん? 待てよ?
「あのー、シャバ様?」
「なに、その呼び方、死にたいのね?」
「いえいえいえ! シャバ姐様、ひとつ確認したいんだが」
「なにかしら」
「結局、今回、俺らの手元にはいくら入ってくるんだ?」
元の報酬の200万はパーになって、違約金が100万で、プーパルパパから200万もらって……そっから100万減って……。
「ゼロね」
「はぁ~~~~~!!!!?? こんだけ働いてゼロォ!? 俺、死にかけたんですけどォ!?」
「マイナスじゃないだけ成長したじゃない」
「それはそう。でも、ゼロって! 無! 無だよ!?」
虚無。
虚無である。
あんだけ作戦たてて、おめかしして、シャンパンまであけて、刺されてポーションまで飲んだのにぃ!
経費で赤字だよぉっ!
「働いたら負け……ってことか」
「なんですのそれ?」
「旧約聖書の一節だよ」
はぁ……ギャングって大変だな。
もっと楽して稼ぎたいぜ……。




