嘗て夢見た海と友
久し振りにネガティブな物が書けました。
僕はもう直ぐ終わりを迎える。身体がそう告げている。持病が有る上に、アルコールの摂り過ぎで、もう限界に来てしまった。食事も一日に一回が限度だ。とは云っても、沢山食べる訳では無い。インスタントのラーメンを一杯食べただけで限界だ。全体、何うしてこうなったのだろう。病は食べれば治る訳でも無し。一時平穏無事に暮らせる日々が有ったのだが、其れが、近頃ではすっかり衰えてしまった。以前折れた膝が痛む。雨のには特に。薬を飲んでも効かない事が増えた。まるで、野良犬か野良猫の様だ。食べる物が有るだけマシ、と、そんな具合だ。最近、よく思い出す。かつて、堤防を散歩し、煙草を呑んだ日々を。缶コーヒーを一本ぶら下げて、船付き場に行った。其処からの風景は素晴らしかった。海は凪ぎ、小魚達が泳ぎ回っていた。そんな時には、僕の心は平静で穏やかだった。ふと、笑みもこぼれた。家に帰れば新鮮な刺身と御飯と、ハムを頂いた。序に、ビールも呑んだ。其処には友が居た。何時でも見守って呉れる友が。他にも、近くに近親の友が居た。よく一緒にコーヒーを飲んだ。昼頃になると、よく一緒に散歩をした。沢山の話もした。友は、僕が来るのを楽しみにして呉れていた。僕も、年中会いたくて堪らなかった。一年に一度、たった其れぎりの再会が、僕にとっての生き甲斐であった。又、生きる理由でもあった。然し……。其れはもう戻らない過去と成ってしまった。何れ程望んでも適わない現実と成ってしまった。けれども、僕は生きて居る以上前を向いて歩いて行かねばならない。実に、身を切る様な思いだ。もう、会えない。僕が大事にしていた人達と。其れでも、何にもしない訳には行かない。僕にとって、其の時には既に、仕事に溺れるしかなかった。本当なら、思い出の海に溺れたかったが、其れすら出来なくなってしまっていた。そして、現在に至る。既に、精神も肉体も限界を迎えている。よし、頑張ったとて、十年は持つまい。何となく解る。自身の体なのだから。之以上は望む可くも無い。死ぬ瞬間まで働いて金を稼ぐ事しか出来ない。其れ以上を望んでは不可ない。僕は金を稼ぐ為に産まれて来た歯車なのだ。何時まで経っても埋まり様の無い溝に産まれた命なのだ。やっと、そんな事に気が付いたにも拘らず、学問を遣った所為で割り切れないでいる。之程の愚はあるまい。人の殆どは必ず妥協し、中途で夢や希望を捨てる。然し、美しき時間を過ごした僕には其れが出来ない。其の上、持病持ちと来ている。昔で云う処の“えた”“ひにん”だ。今や、僕の周りに居た人達の凡てが、僕を観限っている。流石にこの歳になると、其れも致し方無いと思う様になった。願わくば、此処から先の人生は僕の思い通りにさせて欲しい。心を溶かしたあの海で。準備は整っている。何時でも実行出来る。血管を切り裂いて、眠りに就きたい。寿命が来る前に、是非そうしよう。身分の解らぬ形で以って、無縁仏と成ろう。次の世界が在るなら行こう。そうでないなら、あの美しい海を眺めて過ごそう。……。僕は今生死の境に居る。
ネガティブと云うのは本来ポジティブだからこそ根付く感情です。




