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懊悩の淵  作者: 粘土
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サイレント

僕が何時も描いている未来です。

 陽が暮れかかっている。空は夕日を覆い隠す様に紫色に染まってしまった。辺りには蝙蝠こうもりが今と云う大切な時を奪いに次々とやって来る。まるで自身が主役の様に。

 「嗚呼、もうこんな時期か」何とも無く呟く。何とも無く。

 何時からだろう。こんな感慨に耽る様に成ったのは。全く記憶に無い昔を思い出そうとするが、やはり思い出せない。

 世は生命に溢れて居る。何もかもが光を受けて輝いている。暮れようとする大地を妬んでいるかの様に。まるで、世界は之からだと云う様に。

 「僕は、僕は何時いつまで此処に居られるだろう」

 突拍子も無い事を呟く。体も心も至って平穏なのに。けれども、明日の朝日を憧れて居る。うしてだろうとは思わなかった。既に、壊れているのだ。丈夫な体も確かな心も、繋がらなくては意味が無い。

 ふと、手首を見る。紅い筋が、肘まで昇って来ている。其れを彼はうっとりとした瞳で見詰める。大袈裟でなく、かなりの量だ。

 「せめて届いて呉れないか。此の血潮が」

 彼は其の手を天に向かって伸べた。吹き出す赤き水が彼の顔を染める。其れすら満足である様に彼は微笑んだ。

 「僕は、きっと僕は、幸せだ」

 虚ろな目で天を仰ぐ。もうじき終わりを迎えるのだろう。然し、彼は満足そうに微笑んだ侭だ。其の頭上を蝙蝠こうもりが舞う。彼は一重に美しさと慈しみを覚えた。

 「やぁ、君達。君達が送って呉れるんだね。嬉しいよ。本当に……」

彼が呟いたのと同時に、蝙蝠こうもりが集まって来た。彼等は血を吸う事もある。彼の横たわった傍に一斉にむらがる。邪魔をする者など居ない。彼が望んだ通り、蝙蝠こうもりが血を吸う。彼は、虚ろな目を向け「有難う」と呟いた。……

 其の後、蝙蝠こうもり達は其の場を離れた。彼は、眠った様だった。眠った生き物。糧を得た生き物。其処に意味は無い。両者の遣り取りなのだから。けれども、彼は幸せだった筈だ。最期に出逢えた命に感謝している筈だ。何故なら、彼は一人ぼっちだったから。其処に来て呉れた蝙蝠こうもりに僅かながらの願いを託して、世に生くる大切に想う人に幸せ有れと願う事が出来たのだから。……

 翌日彼は遺体と成って発見された。其の顔には細やかな笑みがこぼれていた。


実際にこうなれば好いなと思ってます。

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