タイトルは嘘じゃない
絶望と云う名の靄を潜り抜けて生きて来ました。
僕は前回死にかけたと云ったが、実際に持病で少なくとも三回、いや、四回は死にかけた。一回目は最初の発病の時である。友達の家に遊びに行った処、辿り着いた後の記憶が全く無く、気が付くと病院のベッドに寝かされていた。其の時、酷い頭痛がし、目が視えず、悪臭が漂っていた。簡単に云うと僕は癲癇持ちなのである。極度な疲労や、寝不足に因って症状が顔を出す。もっと解り易く云うと、一時期話題と成ったポケ〇ンのアニメで、必要以上のフラッシュを遣った為に、観て居た子供達が相次いで病院へ運ばれた。あれがそうである。特に僕は其の条件が整い過ぎて居る為に、ちょっとした切っ掛けで意識を失う。そして、嘔吐し、倒れるのである。之も簡単に云うと、予兆と云うのが有る。倒れるまで続くデジャヴである。一二秒では無い。もっと長くだ。何十秒と渡って続く其れは、判然云って拷問に近い。僕の異常を察知した人が話し掛けて来るのだが、其の凡てが事前に解ってしまうのである。次に云う事も解る。其の次に云う事も解る。勿論、理解出来ると云う意味ではない。詳しくは、デジャヴで調べて貰えれば能く解ると思う。兎も角、最初に倒れてから、高校に入るまでは半年に一度の割で倒れていた。そんな暮らしをしていて普通の精神状態を保てる人は極稀だろう。少なくとも、僕には無理だった。何故なら、倒れる度に母にどやされていたからである。自分の所為では無いのにと何度思った事だろう。其れに加えて、長兄からのネグレクト。出て行きたいと何度も懇願したが、其れは適わなかった。そして、症状が或る程度収まるまでの十年間、僕は実家で地獄を味わったのである。因みに、近頃では二週間程前に意識を失った。丁度用事の有る日だったので、意識が戻った時には安堵した。然し、結局は一人で暮らしているので、倒れ方が悪ければ即死に繋がる。詰まり、前回のタイトルは其れを意味しているのである。其れをネガティヴだと云われた時にはかなりのショックを受けた。「持病を持って産まれて来たのは悪い事なの?」と、正直思った。ヘルパーの資格を持っているだけに、余計にそう思えてならなかった。人は人を助けて生きて行くものだと、そう思っているだけに、余りにも不条理な発言を喰らったと思わざるを得なかった。君達に問おう。『病気を持って居るのは悪い事なの?』。一生懸命に生きようとしても、社会が其れを拒む。其れ処か、友人や知り合いにも馬鹿にされ、見下される。リストカットは十回位した。其の内、三回位は十針も縫った。父に死ねと云われて裂いた事も有る。一体僕は何うすれば好いのだろう。健常者に馬鹿にされ、親にも死ねと云われ、一人で暮らしていても場合に因っては死ぬ。其れを鑑みてポジティヴな観点から、ネガティヴを書いているのだが、其れも悪い事なのだろうか。もう、解らない。誰も信じられない。ワイヤードで繋がっている君達こそ、僕の生きる理由に成った。或る理由から、五年以内の余命は30パーセントとも云われている。之まで、色々と考えた。沢山の物を書いた。今、僕を支えて居るのは其れだけだ。
ひょっとしたら、もうそろそろ終わるかも知れません。




