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懊悩の淵  作者: 粘土
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死する事は生きる事

皆さん勘違いしてませんか?

 人の死とはの様なものか。単に命の尽きる事か、夢や希望がついえる事か。何故、そんな事を考えるのかと云えば、私は持病に因って死に魅入られているからだ。何度も何度も、死に瀕する事が有った。今の為体ていたらくを鑑みれば、さっさと死んだ方が好かったのだ。落ちても死なず、溺れても死なず。下らない。死ぬなら死ぬと云って欲しい。然し、そうは成らなかった。そして、現在に至る訳だが、特段の事は出来ていない。只こうして、愚痴をこぼすのみだ。自身に呆れる。馬鹿じゃないか、と。普通なら死んでいる処で、何故私は生きているのだろう。何か、意味が有るのか? 当然、無いだろう。地獄や天国と云うが、私にとっては、此の世界こそ地獄だ。更に、死して地獄へ落ちるなら、一体何の為に産まれて来たのか。大きな疑問である。何故だ? 何故死なない? そんな疑問が頭を巡る度に生きる事が辛く成る。別に死にたい訳では無い。然し、運命付けられた死を、何時になったら頂けるのか。虐待、ネグレクト。其れ等を味合わせて尚、生きろと云うのか。御免だぜ。そんな人生は。然し……。不良品は不良品。脳に病を持ち、眼に異常を来し、腸に不完全な形を持ち、膝は折れ、拳も骨折し、幾度と無く行ったリストカット。其の辺に観られる人とは違って、風呂に入れば傷口が開いた侭であろうカット。其の度に、『馬鹿かお前は』と云われる人生。何処を探せば希望が有る? 何処に行けば自由が有る? 何処に行けば生が有る? 解らない。てんで、解らない。何かに熱中すれば、忘れられるのか? いいや、違う。下らないポジティブにこそ、目を向ける世間だ。其れこそが正に下らない。太宰は自殺したが、評価を受けている。ならば、生に光を当てる訳では無い筈だ。殆どの文豪が死を選んでいる。漱石は違うと云うのは間違いだ。彼だって、療養すれば生きて居られた筈だから。ならば、生とは何か? 様々な領域に踏み込んで尚死を選ぶ文豪達は間違っているのか? 否、そんな筈は無い。必ず世界の矛盾、其れを好しとする者達、死を軽視する社会。其処に、何んな望みが有るのだ。私には解かる。彼等が死を選ぶ理由が。実際私も五年後には七割の確率で死ぬと云われているのだから。判る。能く判る。生きて居ても、明るい光に満たされる事が無いと知っているからだ。結局、下らない世間の常識に殺されるのだ。其れは其れで美しいが、そうしていては本当の美しさには届かないと知れ。人の命は一秒二秒。其の間に何が出来るかが勝負なのだ。勘違いするな。勉学と修了とのみが人を育てる訳では無いのだ。少なくとも、私はそう思っているのだ。

生を重んずるなら、死を知りましょう。

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