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懊悩の淵  作者: 粘土
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ハトの番い

家によく来るんです。

 病院から帰ったら、ハトのつがいが居た。私は思わず声を掛けた。「はーとちゃん」と。すると、彼等は逃げもせず、私の事を見詰めて居た。人に慣れて居る訳では無い。然し、人から逃げる様子も無い。きっと、私の家の軒先にでも巣を作る積りなのだろう。

 私は構わないから、二羽のハトを放って置いた。そして、酒を買いに行き、戻って来ると、まだ一羽が残っていた。私はまた「はーとちゃん」と声を掛けた。二度目ともなると流石に警戒した様で、彼、或いは彼女は、少しだけ距離を取った。別に取って喰って遣ろうとも思っていないのに。然し、其処が野生。可愛い面でもある。鶺鴒せきれいが好い例だ。近付いても逃げない。尾を振ってチョコチョコ歩いている。きっと、二羽のハトも、そんな具合なのだろう。之から子供を作って養って行く為には臆している場合ではないと。そんな彼等に愛らしい気持ちを抱いたのだが、次の日から来なくなった。何故、と云うより、淋しい気持ちが心を満たした。此処で、自分達の子供達を育て、又、来年にでも帰って来て呉れればと思ったからである。

 以前にも、同じ様な事が有った。雀の親子が天裏に潜ったのである。足音が煩いので、自分も潜って捕まえ、外に放った。其の時の雀の顔が忘れられない。何とも言えない表情なのだが、じっと、此方を見詰めて居た。恐らく、一分半位であろう。やはり、忘れられない。自然と、悪意は感じなかった。好意も感じなかった。多分、不思議に思っていたのであろう。巣は作っていなかったから、恐らく、迷い込んだのだろう。其処へ突然現れた私に捕まえられ、外に放たれたのだから無理も無い。

 其れから、もう二十年は経つだろうか。彼等はもうやって来なくなった。何しろ、天裏も無いし、巣を作る位の木立も無い。造れるのは、やはり、ハト位であろう。そう思うと、何だか、嬉しい様な哀しい様な気に成る。詰まり、自然は偉大なのである。困る事も有れば、嬉しい事も有る。例えば、燕。彼等が来ると幸福を呼ぶと云われる。そんな感じだ。せめて、以前出逢ったハトの番いが戻って来て呉れるのを祈る。


 

昨年は子供を育てました。

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