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懊悩の淵  作者: 粘土
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君を愛している・四

実際に死にかけたので、書きました。

 行く手は無い。拡がる景色は海だけだ。然し、気持ちが好い。人が住んでいる筈なのに、誰とも出逢わない。私は一人だ。

 先刻さっきから呑んでいる酒の所為でもあろう。くらくらとしている。傍に置いた袋に手を伸ばす。すっかり汗をかいたビールを取り上げ、蓋を開ける。程好い温さだ。其れを、一息に飲み干す。つい先日まで、先の遣り過ぎで吐血し、入院していたと云うのに。けれども、止められないものは止められない。たとい、死ぬ事に成ってもである。其の為に、此処に来た。私の人生は此処にしか無かった。一年の内、たった一週間程の人生だ。其の間は、凡てが美しく輝いていた。錆びて、遣い物に成らなくなり、只々、繋留されている漁船でさえも。徐々に切り取られて行く、儚い山々でさえも。美しかったのだ。私には尊く、美しかったのである。

 人の生とは、全体何であろか。必ず朽ち果てる事を知って居乍いながら、まるで、永遠を謡う様に鷗歌おうかするが如くに光を放つ。長く観たりなば、其れは一瞬の出来事でしか無いと云うのに。だのに、素晴らしき昂揚、総毛立つ様な感動を与えて呉れる。そして、無用と成った今でさえ、其の風合いは変わらない。無論、船も、其れを繰っていた人もだ。両者は互いに結び付き、色のことわりを示す。詰まり、“生きていた”のだ。嘘偽りの無い生を享受していたのである。まごう事無き生を。

 私は自身を恥じる。其処に生きて居たにも拘らず、悟る事無き人生を。之までの人生を。沢山の事を聴き、又、知り、成長のかてとすきマテリアルを無視して居た事を。単に蓄えるだけだった。其のくせ、知った気で居た。全く、今更である。いや、死をちこうして、初めて気が付いたのかも知れない。私は、馬鹿だ。まるっきりの馬鹿だ。充分過ぎる程の幸を得て、気が付いたら此の有様だ。此の世界に生きる命の凡てにこうべを垂れねばならないだろう。一々理由を述べずに、頭を下げねばならないだろう。私は、そんな程度の男なのである。……

 そろそろ、行こうか。一つ一つを挙げて居ては切りが無い。ビールが汗をかき終える前に、足を動かそう。先述の通り、行く手は無い。ならば、何処どこへ向かうのか。云うまでも無い。そう、今となっては、わざわざ云うまでも無いのだ。只、一言だけ云って置きたい。空は一つだ。何処何処までも続いている。其の気に成れば飛んで行ける。好きな場所で、好きな歌を聴こう。其処にこそ、答えは有る。私の様に知った風を装わなければ、きっと、君の答えを見つけ出せる筈だ。だから。……。皆、有難う。一時、さよなら。

 

まだ、続きます。

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