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懊悩の淵  作者: 粘土
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君を愛している・弐

荒唐無稽。厚顔無恥。一喜一憂。

 耳をつんざく様な鉄の音。古く、汚い、寂れた工場。凡ての鉄が錆びている。其れが、ガチャガチャと鳴ったり、何処かから繋がった円筒から蒸気が唸ったり、息をするのも苦々しい。

 私は其処で一番から十番までの仕掛けに油をして廻っている。仕掛けは百番まで有り、何やら解らない物を造っている。無論、仕事は其れだけでは無い。地面を綺麗にする者が最下位だ。次に部屋の、と云っても、只の横穴や竪穴だが、其れ等を掃除する者。他にも穴を掘ったり、埋めたり。土壁に戸板を張って行く者。様々居る。そんな中、機械に一応でも触れられるのは私位に成ってからだ。時折聴こえる悲鳴は迂闊にも機械に巻き込まれて死ぬ男の声だ。奴等は穴を掘る者に因って埋められる。葬儀など無い。

 此処には男しか居ない。いや、性格には女人禁制であるだけなのだが。……。

 此処には一応の期限が有る。五年で一人前に成らなければ、詰まり、仕掛けの操作を自在にれなければ追い出されてしまう。当然だが、何処かへ周旋して貰える訳で無し。其の為の報酬を貰える訳で無し。皆が皆、監督(此処では仕掛けをる者をそう呼ぶのだが)に成る為に日々を一心に働き、過ごしている。監督と呼ばれて初めて俸給が貰えるからだ。其れ以外の人足にんそくは宿と、鮨詰めの部屋と、わずかながらの“餌”を与えられるだけだ。然も、監督に成る為の修練など無い。早く油差しに昇格し、監督の動きや仕草、又、其の間合いを盗まねばならない。不思議な事に、監督は何も云わない。たとい、機械が止まってもだ。動き出すまで、無言で煙草を呑んでいる。焦る事も無く、慌てる様子も無く。一体此処は何をしている処なのか。まるで解らない。

 私は街に住んでいた。其の頃は世界の情勢も好く、喰うに困る事等無かった。然し、私の廻りが何時の間にか慌ただしくなったかと思うと、直ぐに此処に送り込まれた。要するに棄てられたのである。幸い、私は物を覚える事には苦労しなかったので、一年程で油を注せる様に成った。其の勢いの侭、監督に成れるものと思い込んでいたのだが、現実はそうは甘く無かった。一つ、或いは、二つ、三つと“コツ”が有るらしく、中々、彼等の癖を盗み見る事が出来なかった。然し、働く事に抵抗を示さない性分であったので、其の後一年、じっくりと監督の仕事を観る事が出来た。幸いな事に、二つまでは見抜いた。先ずは、当たり前だが、タイミングを計って仕掛けを動かす事。二つ目には、何が有ろうと気にせず、次の仕事が始まるまで余裕を持って構えて居れば好い事。三つめは簡単だ。仕事が出来る状況に成るまで煙草を呑んで居れば好いのだ。然し、凡そ二年経った頃、行き詰ってしまった。何を目的にして仕掛けを繰るのかが解らないのだ。きっと、何かを造るのか、或いは、穴掘り連中の掘る穴を目掛けて仕掛けを操作するのか、又、或いは、用意が整った処で都合好く鉄を動かすのか。油を注すだけでは、其れを知る事が出来なかった。何故だ、と、考えて見てもまるで解らない。もしかすると、私は何処かで勘違いをしているのかも知れない。いや、然し。私は二年で油注しをこなしているのだ。やがて視えて来るだろう。絶対に、監督に成って見せる。其の気持ちで日々を過ごしている。其処まで、考えて漸く気が付いた。監督に成る? 何故? ずっと此処に居たい訳でも無いのに。もしや、勘違いとは。私は判然はっきりと自覚した。私は既に穴藏から出ようと云う気概を失っていたのだ。何れ程早く油差しに成ろうとも、適えて監督に成ろうとも、此処に居る事だけは変わりが無いのだ。私は此処に居たいのか? 自問するが、答えが出ない。外へ出て何が出来る? 何がしたい? 何を求めて生きられるのか? 不思議な事は何処にでも有る。私は其の不思議に犯されていたのだ。最早、何を望む事も無く生きて居るのだから、何に成ろうと、何をしようと、まるで意味を為さない。絶望感が無い事が少しく淋しかった。……。

之から少しずつ変わって行きます。


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