君を愛している・壱
意味が解らないでしょう。
暗闇の内を一人歩いている。此の世に生を受けて以来ずっとだ。偶に似た様な人と出会うが、何故だか言葉が通じない。そもそも、居るという事だけが解るだけなのだから、何んな顔をしているのか、何んな生き方をしているのか、全く以って解らない。
完全な闇では無いが、光が差している訳でも無い。だからして、命の鼓動を知るのは胸に手を当てる事でしか確かめられない。私は確かに生きて居る。擦れ違う人も生きて居る。ならば、間違った世界では無いのだろう。
何うしても腑に落ちないのが、全く空腹を覚えず、と云って、動けなくなる訳でも無い事だ。確かに生き、止まぬ歩み。ならば、行く先には意味の有る終末を迎えるのは間違いないのだろうが、其れが何だか一向解らない。然し、やはり……。
不思議な景色だ。当たり前だが、視える物は凡てが初めての物だ。初めから何も解らない筈なのに、何うしてか色を知っている。黒は勿論、黄色も。赤も、緑も。無論、何れが何んな色なのかは解らない。けれども、確かに知っているのだ。
安んじて受け入れる可きは、私が私であると云う事実のみだ。其れを否定してしまえば、私はきっと無意味な存在へと堕ち込んでしまうだろう。何故か、何も解らないのに自身の価値を認めようと努めている。……馬鹿げた話だ。
『魂の座』。何うしてか其の言葉が頭に浮かぶ。心では無く、魂なのだ。ひょっとすると、無限に続く回廊を歩み続けているだけなのかも知れないのに。永久に続く螺旋階段を底へ底へと降りて行く様な気分だ。出来るのは、歩む事だけなのに。
実に此処まで生きて来た筈なのに、思い出す事は何も無い。闇を歩もうとも、何かが有る筈なのに、何うしても思い出せない。楽しい事も哀しい事も。嬉しい事も、淋しい事も。喜怒哀楽。私に其れが有るのか。……無いのかも知れない。
仮に、今考えている事の凡てが凡庸なる妄想であったなら、救われるかも知れない。何もかもが勘違いであったなら、最初に戻れる。きっと、其処は初めての一歩を踏み出す可き純朴なる地点だ。改めて産まれるには何うしたら好いのか。
会話、触れ合い。此の先に在るだろうか。そんな場所が。此の先に居るだろうか。そんな人達が。先に挙げた様に、魂の繋がりを感じられる世界に辿り着けるだろうか。意味が無いと知りつつも、次々に浮かんで来る希望。
希望? 其れは何だ? 浮かんでは来るが、其れが何かを知らない。ならば、私は掴む事が出来ないのだろう。細くとも強い糸を。神も仏も信じない。信じられない。そんな物は幻想だ。今、一歩踏み出す足が、私にとっての凡てなのだから。
たった一つで好い。何かを理解したい。手に入れたい。確かに此の手に出来る何かを。直ぐにとは云わない。然し、何時かは見付けたい。本当に何でも好いのだ。たとい、他人が嫌がる物でも好い。私にとっては掛替えの無い真実なのだから。
私は生きて居る。死んではいないのだ。ならば、或いは、触れる事の出来る物を、事象を感じられるかも知れない。其れまでは我慢しよう。暗闇だとて、何も解らなくとて。私は信じよう。何時か、そう、何時かを。きっと、辿り着く。触れられるだろうから。
私の人生です。




