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懊悩の淵  作者: 粘土
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路教え

 山路やまみちを登っていると、目の前に極めて美しい虫が現れた。ハンミョウだ。俗名『みち教え』である。彼等は人が近付くと、脇の草むらには逃げず、ちょっとだけ前へ逃げる。また、近付くと同じ様に逃げる。其れがまるで人を誘う様に見える事から、路教えと呼ばれる。

 私は何を目指して歩いているのか、まるで知らない。然し、そうする事が当然と思い、登って行く。ハンミョウは相変わらず、前へ前へと逃げる。分かれ路でも迷う事無く、すっと進んで行く。中々に面白い。私は彼に着いて行く事にした。

 幸い、まだ昼間だ。幾らでも時間は有る。戻る事も出来るだろうと思って、ずんずんと進んで行った。

 幾らか彼の後を辿って行くと、眼下に拡がる真っ青な海が見えた。とても美しく、何故だか、懐かしさを感じた。

 不図、路の上を見上げると老人が居る。取り敢えず挨拶をした。然し、不思議な事に、彼には聞こえなかったようだ。きっと、耳が遠いのだろう。気にせずハンミョウに着いて行くと、老人とすれ違った。其の時、妙な違和感を覚えた。まるで此方の存在に気が付いていないかの如く、老人は下って行った。変だなと、そう思いながらも、先に行くハンミョウに追い付くと、彼は其処から動かなくなった。何故だろうと、不思議な感情に包まれた其の時。線香の匂いがした。すると、彼が又跳ね飛んだ。着いて行くと、真新しい地藏が在った。其処に線香と、手向けの花が供えられていた。まさか。私は、もう。……

 あの美しい海には戻れない。其処に住まう人達とは、交われない。此の先何うすれば好いのか、ハンミョウに訊いて見たかったが、彼は既に姿を消していた。此処からは路を教えて呉れないらしい。いや、自身の咎を乗り越える路など無いのだろう。ならば、せめて、此処から、美しい海と、人々の暮らしを見詰めていよう。其の事に苦は感じない。願わくは、ハンミョウよ、私と同じ事に成らぬ様、人を導いて呉れ。



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