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懊悩の淵  作者: 粘土
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紛い物

 私は現代アートや、前衛芸術が大嫌いだ。「感性の赴く侭に造りました」不座ふざけんな。其れじゃ子供達の描く絵や造形と一般だろう。馬鹿者共が。自身の心を刻み込もうとする気概無くして何が芸術か。シュール・レアリズムなどと、大袈裟に口にするな。ダリはそんな事はしていない。彼は芸術の極致に其れを見出したのだ。事実、彼の絵は巧い。其れすら解らない輩が大言を吐くな。日本一有名な芸術家。言っとくが、『太陽の塔』など一寸の芸術性も無い。只の宣伝効果だ。『岡本』は感性のみの人物だ。全く、自身の思う通りに造っただけだ。椅子を並べる。石塔を建てる。気は確かか? 其れ等の何処に芸術性が有る? そんな事等子供にだって出来る。いや、詰まりは、貴様等の云う“前衛芸術”とは、子供の遊びなのか。童心に委ねる事が芸術なのか。美大、芸大の先生達よ、好い加減に目を醒ませ。写実的な絵なら、一年も有れば誰にでも描ける。感性を表すなら、子供でも出来る。其処を超えて、自らの心を現すのが芸術だ。全く、此処十年の絵描きや漫画家は糞だ。“てにをは”さえ知らない。矛盾だらけだ。

 別件だが、前衛芸術を披露しに、広島の、彼の塔に行った奴がテレビで紹介されていた。ヒントとして書くが、彼は男で、広島まで裸足で行ったそうだ。……意味が解らない。何やら理由を述べていたが、理解出来ない。悲劇を憂うなら、いっそ命の凡てを懸けて働いて、其の金を寄付した方がよっぽど好い。然し、其れをしないのだから、結局は自身の命恋しや、である。戦前に立つ決意は毛頭無く、只、自身の思いを適えたいだけなのだ。其処に芸術性は有るのか? 最終的に、彼は意味の解らぬ、陶酔の果てのダンスをしていた。芸術には絶体に欠かせないプロトコルも無しに。私は彼を馬鹿だと思った。何故なら、其れは自己満足でしかないからだ。死者の眠る彼の地で、自らの想いのみを披露した彼は、地獄の火車に導かれる可きだ。判然はっきり云おう。自らの思いのみに捉われた者は決して芸術家では無い。応えて呉れ、岡本君。君は本当に芸術家なのか?


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