無限想見
目の前に、薄汚れた犬が居る。物欲しそうな顔をして。僕は、無視をした。何う成ったって構わないと思ったからだ。
不図、地を視たら、抜け毛の酷い猫が居た。何かを訴える様に鳴く其れも、僕は無視をした。何うなっても関係無いと。
練習、努力、精進。煩悶、苦悩、懊悩。人として生まれたからには、須らく味わう可き事だ。然し、其の凡てを得ても、決して幸せには辿り着けない。大に辟易する。
僕等は、等しく幸せに成る為に生まれて来たのでは無いのだ。自分にとって何が幸せなのか。其れを問われているのだ。不幸な犬も居る。哀しき猫も居る。然し、僕等には文明が有って、其れに因って助けられている。下らない話だが、刑務所へ行けば、最低限ではあるが、命の保証が約束されている。脱走す可き壁は、実は身の安全を護る物なのだ。犬にも猫にも、そんな処が有れば、無為に死する事は無い。生き永らえて行ける筈だ。突然だが、其れは鳥達にも云える。嘴を噛み合い捻じれる雀。何が気に入らないのか、番いで戦う烏。何うして、こうも争いが止まないのか。やはり、闘争の果てに、自らを見出せと云う事なのか。
僕等は忙しく働いている。けれども、先に挙げた通り、動物達の方が命懸けである。僕等は、稼いだ金で以って飯を喰えるが、動物達は命懸けなのだ。一粒の米を争って死ぬ事も有る。“相方”の発見を盗んだダーウィンの云う棲み分けさえ、人の世界では通用しない。長い草を食む動物。其の後に、根っこごと喰う動物。とげの生えた植物でさえ喰う、首の長い動物。恐れられてはいるが、簡単に餓死する大猫。……
凡てが間違っている。よく三角図に例えれるが、間違っている。正確に例えるなら、三角では無く“円”だ。僕等は(動物も含め)円の中に居て、廻り廻って終局に到るのだ。円の線上こそ、正しき命の行く路だ。……
目の前に、薄汚れた犬が居る。物欲しそうな顔をして。僕は、無視をした。何う成ったって構わないと思ったからだ。
不図、地を視たら、抜け毛の酷い猫が居た。何かを訴える様に鳴く其れも、僕は無視をした。何うなっても関係無いと。けれど……。其れはきっと間違いだ。僕は、僕等は、其処に目を転じ、重なろうとしなかったのだ。之も七大悪の一つなのだろうと、僕は思う。




