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懊悩の淵  作者: 粘土
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白銀の母娘

 僕はしがない大学の学生だった。一応、其の当時は最先端の技術を学ぶ大学であったが、如何せん、たった二年の歴史しか無い大学だったので知名度も低く、ましてや、留学生の一人も居なかった。其れ処か、先生よりも腕の立つ学生も居た。

 数学の苦手な僕は、文系の学部に在籍していた。そもそもが、大学へ行ける様な学力を持っていなかったので、合格通知が来た時には、雄叫びでも上げたい気持ちだった。何んなに下らない大学でも、其れを通過するのは、親の夢であり、僕の夢でもあったのだ。

 努力とは幸いするもので、僕は筆頭位の成績であった。無論、其れを鼻に掛けたりはしなかった。もっと、もっと、と、そう思っていた。そんな時であった。最寄りの駅に、明らかに不釣り合いの母娘ははこを認めたのだ。母娘と云えども、其れ程までに似通うものかと思う程、まるで、生き写しの様な二人を視たのである。顔も視た。横顔であるが、但し、距離が有ったので判然はっきりとは観ていない。然し、二人共洋装の喪服で、髪が純白、いや、白銀しろがねの様であった。余りにも美しく、声を掛けたい衝動に襲われたが、何故だか、其れはまずい気がした。何うにも、此の世界に居る存在では無いと思ったからだ。如何に新幹線が止まる駅とは云え、其処は、在来線の自転車置き場だ。こんな場所には似合わない二人。美しさだけで、そうと解る様に、現実の世界は汚れていた。対照的に、二人は余りにも美し過ぎた。こんなみやびな人達が居る筈が無いと思った。其れ程に綺麗で、然し、喪服を着ている。きっと、誰かを迎えに来たのだろう。辻褄つじつまを合わせるなら、そんな理由しか無い。そして、迎える可き人は、此の世界の住人ではないのだろう。

 話し掛けなくて正解だったと思う。手を引かれる事も有るからだ。若し、話し掛けていたなら、今此の世界に僕は居なかったろうと思う。

 そんな二人を視てから、其処には悲惨な出来事が有った。直ぐ傍の公園で人が殺されたのだ。然も、其処で目撃された透明な人。僕も、其の公園の近くで紅いおばさんを視た。恐怖は感じなかったが、明らかに人ではなかった。きっと、あの地には、何かが有るのだろう。其れ故、白銀の母娘が居たのだろうと、今では思う。然し……。あの二人は之までに無い美しさを覚えた。体験した事の無い感情を抱いた。若し、今、あの二人に出会ったなら、僕は迷わず声を掛けるだろう。其の先に何が有ったとしても。


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