厄介事
僕は子供の頃から霊媒体質で(寄り代とでも云ったらいいか)、色んな苦労をして来た。僕に関係の無い“連中”を連れて来る友人と家族。もう、何度憑かれたか知れない。山、川、そして、神社に御寺。一番マズいのは墓地だ。僕の友人は山の探索、墓地への参拝と、非常に困った趣味を持っている。だから、彼と会う度に連れて来られる。其れ等を何回祓ったか知れない。唄を唄い、己に宿った霊や、怪の類を祓った回数など、最早数えきれない。然し、唄を唄う事で、満足して頂けただけマシなのかも知れない。本来なら、写経や、読経を行う可き処であるのだから。
近頃、霊媒だけで無く、見鬼の才も備わって来た様で、様々な物を視る。初めは学生の頃だ。寂れた最寄りの駅に、明らかに外国の母子を視た。二人とも西洋の喪服を着ていて、髪は純白だった。其の時は驚きも有ったが、素直に美しいと思ってしまった。其れ以来、二人を視る事は無かった。其の後、色々な人間の習性を見出す様になった。独り言にしては不可思議な「ぶーん」と云っているオッサンや、盛大な欠伸を以って女性に愛されようとするオッサン。男性に限らず、電車の中で意味も無く臀部を押し付けて来る女性も居た。訴える訳でも無く。きっと、そんな中に“本家”か“分家”を宿している人が居たのだと思う。詰まり、其処で何方かに魅入られてしまったのだろうと思う。実際、悪い時には、部屋の空気がとても重かった。息苦しいと云えば解ると思う。
大学を出て、有り付いた仕事場は、肉を扱う工場だった。其処では、ハサミが飛び回ったり、女性の悲鳴が聴こえたりと、かなりマズい状況にあったらしく、専門の除祓師に祓って貰ったそうだ。然し、冷蔵室や、普通の通路にも、影だけが歩いていて、まるで意味を為していなかった。そんな頃、八百万の神が憑くようになった。之は逆に幸を齎して呉れた。金回りが好くなったのである。唄えば唄う程に、喜んで呉れていたらしい。ひょっとすると、音の怪だったのかも知れない。なので、其れ以来、唄う事で、祓って来た。然し、今はそうも行かなくなった。紅いおばさん、青いおじさん。変なものを視る様になった。そして、視た後は、必ず具合が悪くなった。血を吐いた。下血もした。車に轢かれ、筋を痛め、肋骨も三本折れた。故に、先達て書いた御祓いを受けたのである。
之から、何うなるだろう。好くなるのであろうか。何となく、此の性分を受け入れるしか無い気もする。厄年と云うが、正に今がそうなのであろう。持って生まれた性質を恨んでも仕様が無い。何とか、其れに応ずる方法を見付けなければならないのだろう。……メンドイな。と、思うが仕様が無い。 まぁ、充分に生きたので、余生と思って笑うしか無いのだろう。其れで、好いか。好いだろう。




