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懊悩の淵  作者: 粘土
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存外世に希望無し

何気に、辞書を開いています。

 持て余している力なら幾らでも披露出来る。けれども、シュート・ザ・ムーンや、クローズを喰らってしまえばもう御終おしまい。スタートした途端にズッコケるのと同じだ。全く嫌になる。

 嫌いになった世界を去る為に歩き出しても、諸手にから。何処に辿り着こうと意味は無し。空は何時でも泣いている。偶に泣き止んでも、曇天どんてんだ。埃っぽい風に吹かれて、其れでも歩いて見る。其処へもって来て、観えるのは率塔婆そとば。せめて彼岸花で飾ってくれ。梵語ぼんごなどとても読めない。坊主よ、訳して呉れ。写経も読経も意味が無い。想いのたけを呉れ。

 何もない、何も出来ないのは罪だろうか。アブラムでさえ、何もていなかったと云うのに。其れ処か、息子を生贄にしようとしたと云うのに。カインとアベルの様なものか。カインが憤ったのは神の所為だ。ならば、神など下らない。差別をしておいて、追放するなど。バイブルでさえ当てにならない。

 詰まらない。全く以って詰まらない。語るに忍びない。皆は何うして元気に遣っていられるのだろう。其れこそ、不思議でならない。最早、物を喰うのも億劫だ。詰まり、生きている事が苦痛でならない。飲み物だけで生きていられたなら大層楽なのに。果たして、生きる事に、其の何処に意味や意義が有るのか。まるで見当の付かないと云う事は、やはり罪なのだろうか。ドフトイェフスキーに訊いて見たい。罪とは何かを。或いは、プラトンに弟子入りしたい。彼の想像力で出来た世界へ行って見たい。……

 其れ位、私は命の尊さを疑っているのだ。自身で知らん間に殺している生物は計り知れない程だ。なれば、私も同じだろう。倫理とは、畢竟、宗教から成る。だからして、先述の通り、宗教など信ずるに足らない。すると、何う遣って生きるのが正しいのか。生きる為には失望を覚え、絶望を乗り越えなければならない。

 誰ぞ、教えて呉れ。指針を示して呉れ。生きる上での正義とは何ぞや。


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