煙(ケブ)
僕は雨が嫌いだ。濡れるとか云う、そんな理由では無く。
御墓へ行き、線香を焚く。其の煙は風に乗って天へと昇る。僕等の想いを籠めて、繋ぎ、そして、昇る。彼岸に想いも何も無いかも知れない。只の自己満足かも知れない。けれども、生きて、僕を愛して呉れた人に、届けば好いと願って止まない。だのに、雨は無情だ。煙を掻き消してしまう。生きる者にとっては甘雨となるが、死してしまった人への弔いを、いとも容易く打ち消してしまう。生きる為には水が必要だ。けれども、死してしまった人への想いを断ち切ってしまう存在として在る雨には嫌悪を抱く。僕は其れが気に入らないのだ。例えば裏盆会、精霊会に雨が降ったなら、僕等には成す術が無い。死者を弔う踊りさえも出来ない。仮のテントに飾られた遺影に幾らかの線香を焚くより他無い。其れでも好いのかも知れない。けれど、僕には納得が行かないのだ。折角還って来た魂に対して余りにも失礼だ。僕等の生きているのは、“彼等”の、努力の賜物だ。而して僕等は、香の煙に播かれて然る可きだ。煙々羅とは、能く云ったものだ。煙に播かれている時こそ、彼岸に近付ける。其の時こそ“彼等”と解り合える。其れは異能でも何でも無い。何時か、とか、何れ、とか、そんな気持ちだ。知り得る凡てを用いても、一向に辿り着けぬ世界の存在と手を繋げるのだ。そして、其れは、自身にとって何よりも大切な、代え難い人なのだ。
僕は其の人を無視して生きている。結果的にそうなったのだとしても、絶対に赦せない。自分を赦せない。其れに変わりは無い。
人は思う通りに生きている。過去に縛られずに。其れはとても自由だ。けれども、僕はそうは行かないらしい。悔いてばかりだ。他者と違うのは、自身が大切か、そうで無いかだ。僕は後者であるから、之まで縛られて来たのだろう。悔いは無い。悔いは無いが、世間体も有る事を鑑みれば、何時でも笑って居なければならない。其れが、所謂仕事である。……時代を間違えた。生まれる時代を。何れ程辛かろうと、貧しかろうと、僕には百姓が似合っているのである。最早、酒に身を委ねる事しか出来ない僕は、幾億本もの香に焚かれ、煙に誘われるのが至当で、其の内に生を認め、死を甘んずるしか無いのである。
初めまして、閻魔様。




