天世・二
最早憤る事も無く、まして、怒る気にも成れなかった。只々、今の己の境遇にだけが、気に掛かった。
己は死んだのか。再び坊主に問うた。
坊主は、今度は真面目くさった表情に成った。そして、死んだと思うのかね? と、我が問いに返した。まるで、解らない。要領を得ない。なので、死んだとするなら、此処は天か地獄か。と、問うた。坊主は頭を掻いて、さて、何方かの、と、曖昧な返事を返すのみであった。好い加減、負の感情に身を躍らされる私ではない。では、此処は黄泉かと尋ねると、坊主の顔色が変わった。成程、此処は黄泉か、そう思い、再び声を掛けた。死した魂は黄泉に留まると云うが、貴様は其の管理をしているのではあるまいな。坊主は途端に驚いた様子を見せ、そんな訳が無い、拙僧は此処に居て、来る者と話をするだけだ。と、応えた。私は輪廻を信じない。又、生まれ変わりを信じない。ならば。己は全体何処へ行くのだ、何う成るのだ。と、坊主に問うた。坊主は明らかに動揺した様子を見せ、背後の仏に縋り、仏の御心の侭に。と、苦しそうに云った。私は笑いを禁じ得なかった。私は無信教であるのだから。そう、云って遣ったのに。最早、仏像すら、苦し気な顔をしている様に見えた。其れでも、坊主は苦々し気に応えた。生きてはいない、死んでもいない、と。黄泉と云う言葉で凡てが片付いた様だ。詰まり、死んではいないが、生きてもいないと云う事だ。ならば、生きると云う選択肢も有る訳だ。
やい、坊主、よくも騙して呉れたな。貴様は地獄の貨車に引き摺り込む気だったのだろう。己は気付いたぞ。貴様は地獄の遣いだと。すると、坊主は笑い出した。拙僧の口車に乗れば地獄へ引かれていた。よくぞ気の付いたものだ。拙僧の背後に在る仏像は飾りだ。其処に見出す喜び有らば、直ちに地獄へ送る処だった。貴公は云ったな、私が地獄の遣いだと。当たらずとも遠からずだ。そうか、では己は貴様に打ち勝ったのだな。坊主は猶もにやにやしている。何か可笑しい事が有るか。己は坊主に強く問うた。可笑しくは無いが、少しく違っている。そう云う坊主に、止めを刺そうと、己は口を開いた。己は生きる事を選ぶ事が出来るが、貴様には其れが出来ないのだろう。坊主は観念した様に、正しく、と、応えた。




