アメリカ ロサンゼルスでホームステイ
いざ、ホームステイを初めて見ると、アメリカの大きさだけでなく、、、
やがて機体が滑走路を走り出す。窓の外の景色が、ゆっくりと後ろへ流れていく。飛行機は、大きな音とともに 空へ舞い上がった。
透は窓の外を眺めながら、これから始まるアメリカ旅行に 胸を躍らせていた。この先、ロサンゼルスで、思いもよらないトラブルが 待っていることなど――このときの滝口透は、知る由もなかった。
アメリカへ
一行は、ロサンゼルス空港に到着すると、そのまま用意されたバスに 乗り込んだ。向かった先は、指定された公園だった。ここで、それぞれの ホストファミリーとの引き渡しが 行われることになっていた。今回のツアー参加者は、全部で二十三名。内訳は、女性が二十名、男性が三名だった。ホストファミリーへの振り分けは、女性二十名が二人ずつ、十組に分かれることになった。一方、男性は三名しかいない。そのため、男性は二人組と一人に分かれ、それぞれ別の家庭で お世話になることになった。
透は、その二人組の一人として、早稲田大学に通う吉田マコトと 一緒になることになった。
二人は、このときが初対面だった。
「滝口透と言います。よろしくお願いします」
「吉田マコトです。こちらこそ、よろしくお願いします」
短い挨拶を交わす。やがて、二人を迎えに来た ホストファミリーの車に 乗り込んだ。透たちには、思いがけない幸運が待っていた。ホストファミリーの奥さんが、なんと、日本人の女性だったのである。車の中では、さっきまで感じていた緊張が 少しだけ和らいだ。
そして、ロサンゼルスでの最初の夜。夕食を終えた頃、奥さんが二人に話しかけてきた。
「ようこそ、アメリカへ」
「ありがとうございます」
二人が頭を下げると、奥さんは笑顔で続けた。
「でもね、せっかくアメリカまで 来たんだから、明日からは英語で話しかけてね」
「英語……ですか?」
「そう。日本語で話しかけても、私は答えないようにするから」
二人は思わず顔を見合わせた。
「そのほうが勉強になるでしょう?」
「……はい」
「大丈夫。間違ってもいいから。頑張ってね」
「はい」
二人は、そう答えるしかなかった。
部屋に戻ると、透はベッドに腰を下ろした。――日本人の奥さんで、よかった。正直、そう思った。最悪の場合、どうしても困ったときには、日本語で助けてもらえる。そう考えると、少し安心した。
しかし、その安心感に甘えてはいけない。透は、すぐにそう思い直した。せっかくアメリカまで来たのだ。英語がうまく話せなくてもいい。間違えてもいい。とにかく、自分から話してみよう。透は、心の中でそう誓った。
――何とかなる。いや、何とかするしかない。不思議なことに、そう考えると、少し気持ちが楽になった。
そして透は、この旅行で一つのことを 学び始めていた。人は、実際に行動してみなければ、何も始まらない。案外、一歩踏み出してみると、物事は思っていたよりも いい方向へ進むことがある。ロサンゼルスでの最初の夜。透は、そんな小さな手応えを感じながら、静かに眠りについた。
最初の十日間は、大学の空き教室を使って、午後まで英語の勉強が続いた。授業が終わると、ホストファミリーが、指定された公園まで 迎えに来てくれる。そして、一緒に家へ帰る。それが、毎日の決まりだった。
そんな生活が始まって 三日目のことだった。いつものように 公園で待っていると、ホストファミリーが、少し慌てた様子でやって来た。どうやら、何かトラブルがあったらしい。急遽、もう一人の男子を、このホストファミリーが 引き受けることになったという。しばらくすると、ホストファミリーは 一人の青年を連れて帰ってきた。京都出身の、水島ヒロシという若者だった。
家には、すでに二つの部屋しか 用意されていなかった。
「透さん、もう一人と同じ部屋でも大丈夫?」
ホストファミリーにそう聞かれ、透は迷わず答えた。
「僕は大丈夫です。一緒の部屋でいいですよ」
詳しい事情は、あとで聞けばいい。そう思っていた。ただ、水島ヒロシの表情を見ていると、かなり困っていることだけは、透にもすぐに分かった。何があったのだろう。透は、何も聞かずに、ただ静かに彼を見つめていた。
「ごめん……今、ちょっと頭の中を整理してる」
部屋に入ってから、しばらく黙っていたヒロシが、ようやく口を開いた。
「オレは大丈夫だから。ゆっくりでいいよ」
透がそう言うと、ヒロシは小さく頷いた。
「……実はさ。最初から、ちょっと変だったんだ」
「変って?」
「ホストファミリーの家に着いたら、男が三人いたんだ」
「三人?」
「うん。最初は、家族なのかなと思った。でも、すぐに違うって分かった」
ヒロシは、当時のことを思い出すように、ゆっくりと言葉を続けた。
「『ここに一か月住むんだから、家の手伝いをしてもらう』って言われた」
「手伝いって……?」
「皿洗いとか、掃除とか。いろいろだよ」
「それって、最初から説明されてたの?」
「いや……聞いてない」
透の表情が変わった。
「じゃあ、急に?」
「そう。家に着いたら、いきなりだった」
ヒロシは少し俯いた。
「その時点で、なんかおかしいと思ったんだ。でも、まだ初日だったし……オレの考えすぎかも しれないって思った」
「それで?」
「皿を洗ってくれって言われて……やった」
「……」
「でも、やってるうちに、だんだん怖くなってきた」
ヒロシは顔を上げた。
「これ、普通の ホームステイじゃないんじゃ ないかって」
透は黙って聞いていた。
「それで、その日のうちに、日本の父親の会社に電話したんだ」
「お父さんの会社に?」
「うん。直接 父親と話せるようにしてもらった」
ヒロシは、少しだけ苦笑した。
「電話がつながって、父親に全部話した」
「なんて?」
「『今いる家、おかしい。聞いていたホームステイと違う』って」
「お父さんは?」
「……ものすごく怒った」
ヒロシは、少し間を置いた。
「『お前、一人で大丈夫なのか?』って聞かれて」
「それで、、、、」
「『大丈夫じゃないかもしれない』って答えた」
その言葉を聞いて、透は息を呑んだ。
「そしたら父親が、すぐに旅行代理店へ電話した」
「そんなに早く?」
「うん。うちの父親、かなり怒ってたらしい」
ヒロシは、父親の言葉を、思い出すように話した。
「『大事な一人息子を、海外に預けたんだぞ。いったい何をしているんだ』って」
「……」
「それから、『もし息子に何かあったら、ただじゃ済まさない。訴えるぞ』って」
透は思わず眉を寄せた。
「かなり怒ったんだな」
「うん。オレも電話越しに分かった」
ヒロシは、そこで一度黙った。
そして、少しだけ安心したように続けた。
「その連絡が、ロサンゼルスの 事務所にも入ったんだ」
「それで?」
「しばらくしたら、事務所の人から連絡が来た」
「ヒロシのところに?」
「そう」
ヒロシは頷いた。
「『今から迎えに行きます』って」
透は黙ったまま、ヒロシの話を聞いていた。
「それで、本当に迎えに来てくれたの?」
「うん」
ヒロシは小さく息を吐いた。
「その時、やっと助かったって思った」
「……そりゃ、そうだよな」
「うん」
ヒロシはベッドの端に座ったまま、しばらく床を見つめていた。
「たぶん、父親がすぐ動いてくれなかったら、どうなってたか分からない」
透は何も言わなかった。
ただ、ヒロシが無事に ここへ来られたことだけは、本当によかったと思った。
「だから……」
ヒロシが顔を上げる。
「今日は、かなり助かったよ」
「何が?」
「ここに来られたこと」
透は少し照れくさそうに笑った。
「まあ、同じ日本人だし。気にするなよ」
そう言って、透は立ち上がった。どうやら、この部屋でヒロシと一か月、一緒に過ごすことに なりそうだった。透は心の中で、ひとことだけ呟いた。
――まあ、いいか。異国の地で、突然始まった共同生活。それが二人にとって、どんな一か月になるのか。この時の透には、まだ分からなかった。
人生は、動くことで 見えてくるものがあることを、透は知った。そして、ホストファミリーは、とても良い人たちだった。透たちは、感謝の気持ちで、、、




