二十歳 アメリカへ
1984年7月 滝口透は、アメリカ・ロサンゼルスへ行く計画を立てた。ホームステイだ。それを、、
「はあ?」
吉成が目を丸くした。長谷川も思わず身を乗り出す。
「アメリカ?」
「はい。ロサンゼルス」
「お前、いつ決めたんだよ」
「この前、パスポートを取りました」
「もう取ったのかよ!」
長谷川が笑った。
「ずいぶん面白そうだな。でも、お金はどうするんだ?」
「貯金とホテルをやめた時、退職金が出たので、それを使います」
「なるほどな」
透は、ビールを一口飲んだ。
「一か月くらい ホームステイするつもりです」
「一か月?」
「はい。向こうで生活してみたいんです」
「で、帰ってきたら?」
吉成が聞いた。
「そのとき考えます」
あまりにも あっさりした答えだった。長谷川は呆れたように笑った。
「お前、本当に行き当たりばったりだな」
「まあ、そうかな。何とかなると思っている」
透も笑った。
「だから、恵比寿のアパートはそのままです。家賃も二ヶ月分払ってます。」
「ちゃっかりしてるな」
「帰ってきたら、また何か仕事を探します。そのときは、二人ともよろしくお願いします」
吉成は、しばらく透の顔を見ていた。そして、ぽつりと言った。
「なんか……滝口を見てると、オレたちも自分の人生、感化されそうだな」
長谷川も頷いた。
「確かにな」
そして、吉成が言った。
「まあ、気をつけて アメリカに行ってこいよ」
「はい」
透は笑った。そして、少し胸を張って言った。
「世界が、自分を待ってますから」
一瞬、二人が黙った。次の瞬間――。
「そんなわけないだろ!」
「ハハハ!」
三人の笑い声が、店の中に響いた。あの頃の日本は、浮かれていた。景気が良くなり、街にはお金があふれ、人々は未来を信じていた。そして透も、その空気の中にいた。怖いものなど、あまりなかった。仕事を辞めても、きっと何とかなる。知らない世界へ行っても、何とかなる。そんな根拠のない自信が、透の背中を押していた。今思えば、本当に、調子に乗っていたのかもしれない。けれど、あの頃の透には、それが若さの答えだった。
一度しかない人生。何事もやってみなければ 分からない。そう思っていた。
そして、時は一九八四年。夏。ロサンゼルス・オリンピックが開催された夏。日本中が熱気に包まれていた。
そんな夏の日、滝口透は、大手旅行会社が 募集していたアメリカ・ホームステイの企画に申し込んだ。
そして――。出発の日がやってきた。成田空港へ向かう電車の中で、透は窓の外を眺めていた。これから始まる アメリカでの一か月が、どんなものになるのか。
まだ、何も分からない。ただ一つだけ、確かなことがあった。
――とにかく行ってみよう。
それだけだった。やがて、バスは成田空港が近づいてきた。透は、静かに荷物を握り直した。
二十歳そこそこの青年にとって、それは初めての 大きな海外への挑戦だった。
吉成ヒトシは、滝口透という男を、こんなふうに見ていた。
――あいつは、夢が多い。
ホテルマンになったかと思えば、海外へ行きたいと言い出す。そして、実際に行動する。次は何をするのかと思えば、また新しいことを考えている。けれど、夢ばかりを 追いかけているわけではない。自分のことを、ちゃんとわかっている。身の丈の中で目標を決める。今の自分にできることを考え、その範囲で思い切り挑戦する。滝口透は、借金をしてまで 夢を追うような男ではなかった。
金の大切さも、すでにわかっている。二十歳そこそこで、そのことを 理解しているのは大きい。借金をすれば、いつか返さなければならない。そのためには、働いて金を稼がなければならない。そして、その金を稼ぐことが、決して簡単ではないことも、透は知っていた。だからこそ、今、自分が持っているものの中で勝負する。吉成は、そこを見ていた。
だから、透が何かに挑戦するときも、心配することはなかった。失敗したとしても、自分を追い込むほどの負担を背負っているわけではない。
――まあ、あいつなら大丈夫だ。
吉成は、そう思っていた。そして、心から透を応援していた。
そんな滝口透は、その日、時間どおりに成田空港へ到着した。
今回のツアー参加者は、二十三名。女性が二十名、男性が三名だった。集合場所には、これから始まる旅への期待を 抱いた人たちが集まっていた。やがて、ツアーの案内係が 全員の前に立った。
「それでは、出発前に一つだけ、大切なことをお伝えします」
参加者たちの視線が集まる。
「荷物は、必ずご自分で しっかり管理してください。当たり前のことですが、アメリカは外国です」
そこで、案内係は少し間を置いた。
「もちろん、私たちも 安全には十分気をつけます。でも、一人一人が自分のことを よく考えて行動してください」
そして、最後に笑顔を見せた。
「それでは、皆さん。いい旅行にしていきましょう」
透たちは、飛行機に乗り込んだ。
この後、アメリカで、また、いろんな人と出会うことになる。そして、、、




