ホテルの仕事を辞める
バブル時代、みんな思い思いに夢を見ていた。しかし、現実は、仕事に追われる日々、さて、透は この後、、、
そして、滝口、青山の順番に、黙ってシャワーを浴びて、部屋に戻ってきた。
また沈黙になった。透は何か言おうとした。けれど、何を言えばいいのか分からない。青山も同じなのか、黙ったまま立っている。やがて青山が、小さな声で言った。
「……今日、楽しかったですね」
「うん」
「ずっと二人でしたね」
「そうだね」
また、目が合った。今度は、どちらもすぐには 目をそらさなかった。ほんの数秒。それだけなのに、透には妙に長く感じられた。
「……疲れたね」
透がそう言うと、青山は小さく笑った。
「はい」
結局、その夜はベッドの端と端に 離れて横になることになった。部屋の明かりを消す。透は、どうすればいいか困っていた。暗くなると、昼間とは違って、お互いの存在が 妙に近く感じられた。窓の外から、京都の夜の音が かすかに聞こえている。
透は天井を見つめた。隣から、かすかに布団が動く音がする。青山も眠れていないのだろうか。そう思った。
「……滝口さん」
突然、暗闇から声がした。
「ん?」
「起きてます?」
「……起きてるよ」
「そうですか」
それだけだった。また沈黙。透は隣を見た。暗くて表情までは見えない。けれど、青山もこちらを見ているような気がした。
しばらくして、青山が小さく笑った。
「なんか、変ですね」
「何が?」
「昼間はあんなに普通だったのに」
透は返事に困った。
「……まあ、ホテルだからな」
「そうですね」
それ以上、二人は何も言わなかった。しばらくして、青山が寝返りを打った。透も目を閉じた。それでも、なかなか眠れなかった。――なんだ、この感じ。透にとっては、青山えつ子は友達だ。透にとっては、それだけの関係のはずだった。けれど、今夜だけは、その「友達」という言葉が、妙に遠く感じられた。やがて、隣から静かな寝息が聞こえてきた。透は目を開けた。暗がりの中で、青山の横顔を見た。穏やかな表情だった。透はしばらくその横顔を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
――寝よう。
そう思って目を閉じた。そして、その後、何も起きなかった。
翌朝。透が目を覚ますと、隣には穏やかな表情で眠っているえつ子がいた。その顔を見ながら、透はふと思った。
――これで、よかったのか?
何が「よかった」のか、自分でもよく分からなかった。ただ、昨夜は何もなかった。それでよかったのだと思う。
二人は朝食を済ませ、東京へ戻った。一泊二日。独身男女の友達京都旅。あっという間の京都旅行だった。
帰りの列車の中でも、えつ子はずっと楽しそうだった。
「楽しかったですね!」
「うん。楽しかったな」
東京駅に着いてからも、えつ子はニコニコしていた。透はその横顔を見ながら思った。
――女の子の気持ちって、よく分からないな。
えつ子が自分を どう思っているのか。透には、まだ分からなかった。ただ、今はそれでいいと思った。友達として一緒に旅行をして、笑って、帰ってきた。それだけでも十分だった。東京駅で彼女と別れて、透はふと思った。
――これが青春っていうものなのかな。
そう思うことにした。そして、最後に一つだけ 心の中でつぶやいた。
――まあ、いい思い出にはなった。
京都の旅は、こうして終わった。
仕事を辞める
透は、王室ホテルを辞めた。入社してから、二年と三か月。決して、ホテルの仕事が 嫌いになったわけでは、なかった。むしろ、ホテルマンとして働いた日々は、透にとって大切な時間だった。先輩たちに仕事を教えてもらい、同期と出会い、少しずつ社会人としての 自分をつくっていった。それでも、透は辞めることを決めた。時代が、そうさせたのかもしれない。バブルへと向かう日本では、街に活気があふれていた。仕事なら、また見つかる。そんな空気が、確実に世の中にはあった。そして何より、透自身がそう思っていた。
――一度しかない人生だ。
いろんなことに挑戦してみたい。若さというものは、ときに無謀だった。しかし、その無謀さが、人を前へ進ませることもある。
王室ホテルの同期に、長谷川浩二という男がいた。背が180センチと高く、すらっとした痩せ型の 青森県出身の高卒採用で、透と同い年だ。彼は客室課で働いていた。
その彼もまた、透の気の合う仲間の一人だった。その長谷川も、男子寮を出て、目黒区に引っ越してきた。ある日、透のところへ、その長谷川がやって来た。
「おう、滝口。オレも引っ越してきたぞ」
「おお、本当か」
「どうだ。飲みに行かないか?」
「いいな」
せっかくなので、吉成さんも誘うことにした。三人は恵比寿駅の近くで落ち合い、居酒屋に入った。久しぶりに顔を合わせた三人は、ビールを飲みながら、仕事のことや寮生活のことを 懐かしそうに話した。
やがて、吉成が透に聞いた。
「なあ、滝口」
「はい」
「ホテル辞めて、これからどうするんだ?」
長谷川も、グラスを持ったまま透を見る。二人とも、まだ王室ホテルで働いている。透は、少しも、もったいぶることなく答えた。
「はい。二十歳になったので、この目で アメリカを しっかり 見てこようと思ってます」
何となくであるが、アメリカに行ってみたいと、透は思った。行動することで、見えてくるものがある。そう透は思っていた。そして、、、




