第九章 お坊ちゃま議員とゴッタマザー
どこかずれているが、なぜか憎めない、人たらしのお坊ちゃま議員。なぜかたまたまファインプレーが続き、周囲を驚かせる。
「いやー、伊勢志摩は最高! 海の幸も美味しいし、松阪牛のすき焼きはやみつきだね。地酒もいいね、『半蔵』! 服部半蔵参上! なんてね。忍術で俺の過去も消し去ってほしいよ」
介護付老人ホームのチラシをみるて
「でも佐久間、このチラシ、いつの間に巻き込んだのかな。全く思い当たらない。さすが忍者ゆかりの街だ。忍びでもいるのかな? にんにん」
相変わらず、とんちんかんな幸弘である。
佐久間は、名刺の束に紛れていた一枚の名刺が気になっていた。
「サーナルリゾートホールディングス 取締役専務水本聡」
この人物と、チラシに書かれた内容に何か関係があるのだろうか。
何度も幸弘そのチラシを眺めてメッセージを見直した
「管理会社とマンション組合の理事長の関係、疑問」
と書かれていた。
チラシは介護付き老人ホームの入居者募集の案内だった。来年から入居者を募集するとあり、「かしのきの里」と書かれている。見たところ、どこにでもある老人ホームのチラシだ。
「佐久間、よく分からないけど、暇つぶしに行ってみないか? 近くに有名な海鮮丼の店、あまの小屋もあるし」
幸弘は、いつになく張り切っていた。
伊勢志摩に来てから、幸弘にとって面倒くさいおばさん――通称「ゴッタマザー」こと郷田咲代に会っていないことが、何よりの幸せだった。
幸弘と佐久間はレンタカーを借り、老人ホームの見学へ向かった。
そもそも今回の視察に、「かしのきの里」の予定はなかった。
それでも、チラシに書かれた謎めいたメッセージが、お坊ちゃま議員の無責任な好奇心を掻き立た。
そして、近くにある海鮮丼の「あまの小屋」にも行ってみたいどちらかというとこっちの方だ。
たった、それだけの理由だった。
二人はレンタカーを借りて、目的地へ向かった。
「本当にここなのか?」
幸弘が不安そうに尋ねる。
「はい。住所はここですね」
佐久間が確認する。
「どう見ても、未来の高級老人ホームには見えないぞ。ただの古いマンションじゃないか」
幸弘は建物を見上げた。
「しかし、古びたマンションだな……。庭も手入れされていないし、誰も住んでいないのかな」
「でも、最上階には誰か住んでいる気配がありますよ」
佐久間が指をさした。
幸弘が周囲を見渡した、そのときだった。
「山下先生」
背後から、聞き覚えのある声がした。
ゆっくりと振り向く。
そこに立っていたのは――。
「ひえーーーーーーっ! 出たーー!」
幸弘は思わず叫んだ。
「ちょっと! お化けじゃないんだから。驚きすぎよ」
郷田咲代は、あきれた顔で幸弘をにらんだ。
「ところで、幸弘君。ここで何しているの?」
プライベートでは、咲代は山下を「幸弘君」と呼んでいる。
「別に遊びじゃないですから! 視察ですよ、視察!」
そう言いながら、幸弘はチラシを見せた。
「何これ?」
「セントレア空港からバスで移動している途中、このチラシが土産物の袋に、なぜか紛れ込んでいたんですよ……。メッセージも意味がわからないので」
咲代はチラシを受け取り、書かれているメッセージを読む。
その瞬間、顔色が変わった。
「管理会社とマンション組合の理事長の関係、疑問……」
咲代は小さくつぶやいた。
「カン、これ見て」咲代はチラシを見せた。
その慌てぶりに嫌な予感を覚えた佐久間は、すぐに名刺を取り出し、咲代に渡した。
そこには、
「サーナルリゾートグループ
サーナルリゾートホールディングス株式会社
専務取締役 水本聡」
と記されていた。
「面識あるの?」
咲代が佐久間に尋ねる。
「まったく……。だから、どこかで会ったことがあるのか、ずっと考えていたんですけど……」
佐久間自身も、まだ釈然としない様子だった。
「今回のプロジェクトには関係のない会社ですから。今回の視察団にはいないはずですし、なんでこの名刺が紛れ込んだのか、まったくわからないんです。
ただ、今回のプロジェクトが進めば、この土地は開発候補地になる可能性があります。そう考えると、老人ホームの事業は難航するでしょうし、むしろ反対する立場なのではないかと思います」
「それもそうね。サーナルリゾートには不利よね」
咲代はもう一度、チラシに目を落とした。
「カン、どう思う?」
「そうですね。いずれにしても、このメッセージは放っておくわけにもいかないので、調べてみましょう」
「そうね。実際、このマンションには理事長が住んでいるはずだから、改めて出直しましょう」
「幸弘君、ナイスだわ!」咲代が幸弘を見る。
「やっぱり、持っているわね。只者じゃないと思っていたけど、さすが!」
幸弘には、咲代が何を言っているのか、さっぱり分からなかった。
ただ、珍しく褒められていることだけは分かった。
そう言い残すと、咲代はカンとともに立ち去っていった。
あっけにとられた幸弘は、咲代の車が見えなくなるまで見送った。
そして、ゆっくり振り返る。
「佐久間、ゴッタマザーいなくなった?」
「はい」
「もう帰ったんだよな?」
「はい」
「やった! 俺は自由だー!」
幸弘は両手を上げた。
「何でもできるぞ! 遊びまくるぞー!」
佐久間は、あきれた顔で幸弘を見つめた。
とはいえ、佐久間自身、あの名刺のことが気になって仕方がなかった。だが、咲代に渡したことで、少しだけ肩の荷が下りた気がした。
「佐久間、海鮮丼食べに行こう!」
無邪気な幸弘に引っ張られるように、佐久間もついていった。
二人が向かった「あまの小屋」は少し混んでいたが、ちょうど海側の席が空き、そこへ案内された。
さっそくメニューを開き、あれこれ悩んだ末、
「海鮮丼!」
幸弘は元気よく注文した。
料理を待っている間も、幸弘は落ち着かない。
「佐久間、やっぱり刺身の盛り合わせも食べたい」
「天ぷらもいいな」
次々とメニューを指差す幸弘に、佐久間は笑った。
「せっかくですから、頼みましょうか?」
ところが、その直後に運ばれてきた海鮮丼を見た瞬間、
「……いや、やめておきましょう」
二人とも、追加注文しなくて正解だったと確信した。
「佐久間、インスタ用の写真!」
幸弘は海鮮丼を前に満面の笑みを浮かべた。
佐久間はスマートフォンを取り出し、写真を撮る。
そして幸弘は、さっそくその写真をインスタに投稿した。
一方、咲代とカンは幸弘たちと別れ、地元の小さな喫茶店で遅めの昼食をとっていた。
「こういう地方の喫茶店って、昔から地元の人に愛されている味があるのよね」
咲代は、昔ながらのケチャップ味のナポリタンを頬張った。
「この味、なんだか落ち着くわ」
咲代の実家も、昔から続くちいさな中華店だ。
一時は客足が落ち込んだものの、近年の「町中華ブーム」で盛り返した。しかし、ブームも落ち着き、今ではまた昔からの常連客がゆっくり食事を楽しむ、馴染みの店に戻っている。
両親も高齢になり、今は「ぼちぼちがちょうどいい」と笑っている。
そんな話をしながらナポリタンを食べていると、カンがスマートフォンを見ながら笑った。
「ねーさん、山下議員、インスタ上げましたよ。あまの小屋の海鮮丼を抱えてます。『伊勢志摩ニンニン』……相変わらずですね」
「どれどれ。お坊ちゃまのお昼を拝見しましょうか」
咲代がカンのスマートフォンをのぞき込む。
「本当、おいしそうね。この満面の笑顔。この笑顔に、みんな惚れちゃうのよね。ほんと、人たらしだわ」咲代は、思わず微笑んだ。
――その瞬間だった。
咲代の表情が変わった。
「……カン、スマホ貸して」
カンからスマートフォンを受け取ると、咲代は写真をじっくり見直した。
「カン……何か、興味深いものが映ってるわ」
そう言って、咲代は写真の一部分を指差した。
「何かありましたか?」
カンが咲代の指先を見る。
「これは……」
カンが画面を見つめ、咲代を振り返った。
「お坊ちゃま、またファインプレー! かも」咲代は、にやりと笑った。
「ねーさん、まずはここからですね」カンも、同じようにニヤリと笑った。
幸弘が何気なく撮った一枚の写真。
たまたま都議に当選したお坊ちゃま議員のたまたま投稿したインスタにそこには、本人さえ気づいていない「何か」が、しっかりと写り込んでいた。




