第十章 幸子鷺坂刑事と出会う
この章では、ついに鷺坂刑事と幸子が出会います
サーナルリゾートの秘密のベールに、だんだんほころびが
幸子は、コノハとの待ち合わせ場所である駅前の喫茶店「貴婦人」で、コーヒーを飲みながら待っていた。
この店のマスターは、元刑事であり、筋金入りの機関車オタクだ。
鉄道ファンならお気づきだろう。
「貴婦人」とは、蒸気機関車C57の愛称。すらりとした細身の車体と優雅なフォルムが貴婦人を思わせることから、鉄道ファンの間ではそう呼ばれている。
幸子は、以前から駅弁フェアなどでマスターと顔を合わせるうちに意気投合。駅前の便利な喫茶店ということもあり、いつの間にか半分、事務所代わりに使わせてもらっていた。
「マスター、この間いただいた笹ずし、久しぶりで美味しかったわ」
「私もね、北陸新幹線に乗りたくてね。結局、定番の笹ずしとビールになりましたよ」
マスターが楽しそうに笑う。
「サンダーバードも懐かしかったよ」
「そうだね……」
二人はしばらく鉄道談義に花を咲かせていた。
そこへ、コノハが入ってきた。
「マスター、アイスティー!」
そう言うと、幸子の向かいの席に腰を下ろした。
「コノハ、待ってたわ。どうだった?」
コノハは息を切らしながら、
「その前に、まず水! 急いできたから喉がカラカラ」
そう言って、出された水を一気に飲んだ。
「コノハさん、そんなに慌てて……この間みたいにならないでくださいよ」
マスターが笑う。
「あれね! 咲代の顔に吹き出しちゃった事件!」
コノハも笑い出した。
「あれは大学時代からなのよ。ちょうど口の中にご飯を入れた瞬間に、みんな面白い話をするんだもの。ほんと困るわ」
「で!」
幸子が待ちきれないように話を促す。
「はいはい。行ってきましたよ、水本社長のご自宅。それはそれは広くて、自宅にプールまであったわ」
「へえ。さすがリゾート開発会社の社長さんね」
「父の名代ということだったから、あまり長居はできなかったけど……腑に落ちないことがいくつもあった。それが今回の収穫ね」
コノハはアイスティーを一口飲んだ。
「今回は、お嬢様がこんな形で発見されたから、身内だけの葬儀だと聞いていたんだけど、実際には、かなりの人が弔問に訪れていたわ」
「へえ。やっぱりニュースになったから、世間も放っておかないわね」
「それでね。驚いたことに、弔問客の中に若葉さんの息子さんがいたのよ」
「えっ! 知り合いだったの?」
幸子が意外そうな顔をする。
「ちょうど奥様とお話ししているところだったから、『あの方は?』って尋ねたの。そうしたら、『藤波家のご長男よ』って」
「それで?」
「『藤波家とは昔からのお付き合いでも?』って聞いたら、長男の専務が、東京都の若手経営者の懇親会で知り合ったんですって。それ以来、交流が続いているらしいの。なぜか気が合うみたいで、仕事のことなんかも、いろいろ相談し合っているそうよ」
「へえ……相談し合う仲間ね」
幸子はアイスティーのストローをゆっくり回した。
だが、コノハはさらに続けた。
「それでね。ちょっと不可解なのが、その若葉さんの息子さんと、水本家の長男の顔が、妙に似ているのよ」
「似ている?」
「他人の空似って言えば、それまでなんだけど……最初に見たとき、従兄弟同士かと思ったくらい」
「ふーん。そんなに似ているの?」
「そうなの。だから遠回しに、『藤波家と親戚関係なんですか?』って聞いてみたんだけど、そういう関係ではないみたい。まあ、私の思い過ごしかもしれないけどね。ほら、最近ちょっと老眼も入ってきたし」
「老眼って……!」
幸子が吹き出しそうになる。
コノハは素早く身を引いた。
「幸子、気をつけて!」
「ごめん、ごめん」
幸子は笑いながらも、心の中では別のことを考えていた。
――若葉を占ったとき。
未来の若葉を示す場所に出た、「隠者」。
孤独。
閉ざされた心。
そして、自分の内側にある真実を、誰にも語らず抱えている人。
あのカードは、何を意味していたのだろう。
「幸子? どうしたの? ぼーっとして」
「あっ、うん。なんでもないわ」
幸子は我に返った。
「それでね……これは、まだ本当のところは分からないんだけど」
コノハが少し声を落とした。
「先日、水本家の奥様がお店にいらしたの。そのとき、『今度、さるお方のお嬢様との婚約が正式に決まったら、こちらで婚約指輪を作りたい』っておっしゃったのよ」
「さるお方?」
「そう。だから『もちろん、お待ちしております』って答えたんだけど、お焼香のあと休憩室でお茶をいただいていたら、今度は別の話が聞こえてきたの」
「別の話?」
「なんと、水本家の専務は、営業部長の菊池陽子と結婚するっていう噂なの」
「えっ?」
幸子が目を丸くする。
「奥様はまだ、その婚約を公にしたくない様子だったから、わざわざ『さるお方のお嬢様』なんて言っているのよ。でも、女性社員の間では、相手の名前はもうはっきりしているみたい」
「それが、菊池陽子?」
「そう。だから私、『菊池陽子が“さるお方のお嬢様”ってことはないでしょう』と思ったのよ」
「確かにね……」
幸子は腕を組んだ。
「『さるお方』も気になるし、菊池陽子も気になるわね」
「でしょ?」
二人は顔を見合わせた。
そのとき――
カラン、コロン……
喫茶店の入り口で、ドアベルが鳴った。
二人が振り返る。
一人の男が店に入ってきた。
男は迷うことなくカウンター席へ向かうと、腰を下ろした。
「ビールをお願いします」
マスターが男の顔を見る。
「はいよ、ビールね。一仕事終わった顔だな」
「ええ……なんとか」
幸子は、どうもその男が気になった。
しかし、さすがに図々しいおばちゃん根性も、今はなりを潜めている。
マスターはそんな幸子の様子を見ながら、くすくす笑った。
「幸子さん、好奇心いっぱいの蒸気機関車になってますよ」
「えっ、そんなことないです」
幸子は首をすくめた。
マスターは男に向き直る。
「おい、鷺坂。あいさつしろ」
「えっ、なんで?」
そんな顔でマスターを見る鷺坂に、マスターは笑いながら言った。
「この人たちは、これからのお前の助けになると思うぞ」
そして幸子たちに向き直る。
「幸子さん、こいつ、私と一緒で鉄道オタクでね。昔の後輩なんですよ。可愛がってやってください」
「まあ、後輩なの? ということは……刑事?」
「まあ、そんなところです」
鷺坂は立ち上がり、頭を下げた。
「鷺坂といいます。マスターには新人のころ、徹底的にしごかれました」
そう言って、少し照れくさそうに頭をかいた。
「こちらこそ、こんにちは。私は有馬幸子こちらは」
「棚橋コノハです。どうぞお見知りおきを」
幸子とコノハも頭を下げる。
「ところで、鷺坂さんも鉄道オタクなの?」
「えっ、まあ……オタクと言えるかどうかは分かりませんけど、とにかく小さいころから好きで。大学時代は、全国の鉄道を乗り歩きました。でも今は、なかなか休みが取れなくて……」
鷺坂は苦笑した。
「まあ、社会人になるとね、なかなか難しいわよ」
幸子が同情する。
「そうなんです。この間も大井川鐵道に乗ろうと思って予約したんですけど、事件で……あっ、仕事で行けなくなって。結局キャンセルしました。次はいつ行けるかなあって……」
「まあ、仕事柄、それは仕方がないわね」
幸子はそう言って笑った。
「私も仕事をしていると遠出はなかなかできないから、駅弁で楽しんでるわ」
「あっ、駅弁で思い出した!」
幸子はバッグからチラシを取り出した。
「今年も商店街で全国駅弁祭りをやるの。マスター、食べたい駅弁のリスト、よろしくね」
そう言って、チラシをマスターに渡す。
「鷺坂さんも、ぜひ。これまで食べ損なった駅弁、どんどん書いてね」
今度は鷺坂にチラシを渡した。
「へえ、今年ももうそんな時期か。早いなあ」
「そうそう。いくつ書いてもOKよ。日本屈指のプロモーターが仕切りますから」
「レンジャー瑞穂! だな」
マスターが笑う。
「そう! レンジャー瑞穂が全国から駅弁をかき集めるから、乞うご期待!」
「ははは、今年もすごそうだな」
幸子は時計に目をやった。
「あっ、こんな時間。そろそろ帰ろうか」
「マスター、いつもおいしいアイスティー、ありがとう!」
コノハも立ち上がり、帰り支度を始めた。
幸子は店を出る前に、ふと思い出したように振り返る。
「そういえば、鷺坂さんは警視庁にお勤めなの?」
「ええ……まあ、はい」
どうにも人見知りなのか、鷺坂の返事は歯切れが悪い。
「まあ、とにかく、これからよろしくね!」
幸子はそう言い残すと、コノハとともに店を出ていった。
しばらく、店内は静かだった。
マスターが、グラスを拭きながら笑う。
「パワフルな人たちだろ?」
「ほんとですね。おいくつくらいなんですかね?」
「さあ、聞いたことはないが……あの前進する力とパワーは、さながらデゴイチかな」
マスターが苦笑する。
「へえ……そうなんですか」
鷺坂が相槌を打つ。
マスターは、ふっと表情を変えた。
「ところで鷺坂。あの探偵団さんたち、面白いことを調べてるぞ」
「探偵団……ですか?」
「そこらの刑事より情報通だ。大事にしろよ」
マスターはそう言って、鷺坂に真剣な眼差しを向けた。




