第六章 お坊ちゃま議員 山下幸弘 伊勢志摩へ
新キャラの
お坊ちゃま議員が登場します
あまちゃんですがこれから活躍してもらいます。
「佐久間、なんでこの飛行機に、あのゴッタマザーがいるんだよ~」
男が後ろを振り返り、声を潜める。
「知りませんよ。おおかた、議員の皆さまのお目付け役じゃないですか?」
「マジかよ~。しばらく親父の目の届かない伊勢志摩で、ゆっくりできると思ったのに……」
「それは無理でしょう」
佐久間と呼ばれた男は、肩をすくめた。
二人の視線の先には、後方の座席に座る一人の女性。
郷田咲代。
都庁の職員で、今回の伊勢志摩視察では、議員団に同行する担当職員の一人だった。
「そもそも、なんでこの視察についてくるんだよ。都庁に事前に聞いたら、別の職員だったじゃないか。いつの間に変わったんだ?」
「もしかして、お父様の差し金かもしれませんね」
佐久間が笑う。
「親父のやつ!」男は、舌打ちした。
「でも、ゴッタマザーのおかげで、ギリギリのところで助かったじゃないですか」
「何が?」
「反社のパーティーですよ。危うく出席するところだったじゃないですか」
「あれは俺もびっくりしたよ」男は苦笑した。
「パーティー会場に行ったら、いきなりあのおばちゃんが現れて、『帰りましょう』って。わけが分からないうちに車に乗せられて、そのまま親父の事務所へ。こっぴどく絞られてさ。あのときは何が何だか分からなかったよ」
「で、あとからニュースを見て?」
「そう。あのパーティーが問題になってるって知って、びっくりした」
「相変わらず呑気ですね」佐久間が呆れたように言う。
「だから『ぼっちゃん議員』って言われるんですよ。いい加減、しっかりしてください!」
「そうガミガミ言うなよ。俺だって、やるときはビシッと決めるんだからさ」
「その『やるとき』が、いつ来るんですかねぇ」
「お前なぁ……」
男がむっとして、再び後ろを振り返った。
その瞬間――。
咲代と目が合った。
咲代は、にっこりと笑った。
「……!」
男の肩がびくっと跳ねる。
「どうしました?」
佐久間が小声で尋ねる。
「……いや」
男は前を向き直った。
「なんでもない」
「顔汗かいてますよ」
「……あの笑顔が怖いんだよ」
後ろでは、咲代が何事もなかったように窓の外を眺めていた。
「ゴッタマザー」こと郷田咲代。
今回の伊勢志摩視察で、彼女が同行することになった理由を、このとき二人はまだ知らなかった。
飛行機の中でジタバタしている男の名は、山下幸弘。
国会議員の父を持つ、いわゆる「お坊ちゃま議員」である。
少し世間と感覚がずれているところが、なぜか若者たちには受けた。
SNSも巧みに使いこなし、飾らない言葉で発信を続けた結果、まさかの都議当選。
しかも、意外なことに「嘘をつかない議員」として、若者たちから絶大な支持を集めている。
もっとも、父親は息子が政治家になることに猛反対だった。
「お前には無理だ」
それが父親の口癖だった。
その言葉が、幸弘にはいたく気に障った。
「だったら、やってやるよ」そうして掲げた選挙スローガンが、
「未来は、もっと面白くできる。」だった・・・・
本人にも、何が面白いのかよく分かっていない。
それでも若者たちには妙に受けた。
「なんか、今までの政治家と違う」
「この人、変だけど嘘はつかなそう」
そんな声がSNSで広がり、幸弘はギリギリのところで当選してしまった。
本人にとっても、まさに想定外の結果だった。
そして――。
この、とんちんかんで、どこか頼りない山下幸弘が、物語の後半で思わぬファインプレーを見せることになる。
おばちゃん探偵団が窮地に陥ったとき、誰も予想しなかったところから手を差し伸べるのだ。
あっという間にセントレア空港に到着した。
空港ロビーには、今回の伊勢志摩プロジェクトに関わる企業や団体の関係者が集まっていた。
今回のプロジェクトは、10年前の伊勢志摩サミット以降、なかなかその成果を生かしきれず、くすぶっていた伊勢志摩を、次世代モビリティによって再び世界へ発信しようという一大構想だった。
セントレア空港を擁する愛知県と伊勢志摩、さらに奈良県を次世代モビリティで結び、観光だけでなく、産業や地域経済の活性化までを視野に入れている。
ロビーには、大きな横断幕が掲げられていた。
「世界が集った伊勢志摩から、羽ばたく未来へ」
一行は迎えに来たバスに乗り込み、空港を後にした。
山下は車内をキョロキョロと見回した。
「佐久間、ゴッタマザーがいないぞ」
そう言って、ニヤリと笑う。
「そうですね。でも、今はおとなしくしてください。私が御父上に叱られます」
「ばか。親父が怖くて議員やってられるか。まあ、とりあえず伊勢志摩まではおとなしくしてよう」
バスはサロンバスになっていて、なかなか快適だった。
地方議員や県知事も乗り込んでおり、車内は最初から賑やかな雰囲気に包まれていた。
地元の商工会議所からということで、地酒と簡単なスナック菓子が配られ、さらに名物の「モー太郎弁当」が一人ひとりに手渡された。
「なんだ、これ?」
誰かが蓋を開けた瞬間――
♪ふるさと♪
車内に、なんとも愉快なメロディーが流れ始めた。
一瞬、全員が顔を見合わせ、それからあちこちで笑い声が起こった。
緊張していた車内が、一気になごやかな雰囲気になった。
サービスエリアに立ち寄り、トイレ休憩となったときだった。
「山下議員のご子息様ですか?」
一人の男性が山下に近づいてきた。
「はー、そうですが、何か?」
「私、島根県の……」
そこから先は、あっという間だった。
山下の周りには次々と人が集まり、名刺交換が始まった。
根っからのお坊ちゃま議員である山下は、嫌な顔ひとつせず愛想を振りまき、一人ひとりと名刺を交換していく。
バスが発車するギリギリまで名刺交換を続け、
「いやー、参った」
そう言いながら、額の汗を拭いて戻ってきた。
手には、かなりの枚数の名刺が握られている。
「佐久間、よろしく」
山下はその束を佐久間に渡すと、興味を失ったように座席に身体を沈め、そのまま眠ってしまった。
佐久間はため息をつきながら、名刺を一枚ずつスマートフォンの管理システムに登録し始めた。
しばらくして――
「……ん?」佐久間の手が止まった。
一枚の名刺をじっと見つめる。「サーナルリゾート開発……?」
聞き覚えのない会社名だった。
佐久間は眉を寄せた。
「こんな企業、このプロジェクトにいたかな?」
気になった佐久間は、スマートフォンで会社名を検索し始めた。
画面を見つめるうちに、その表情から笑みが消えていった。
「……何だ、これ」
佐久間は、もう一度名刺を見直した。
ゴッタマザーこと郷田咲代は、団体とは別に伊勢志摩へ向かっていた。
今回、本来同行する予定だったのは別の職員だったが、事情を上司に説明し、急遽交代したのだ。
咲代は裏社会の情報に詳しい。だが、それを理由に本来の業務を越えることは決してしない。
一線を越えれば、今の立場をすべて失うことになる。それは、長年公務員を続けてきた咲代自身が一番よく分かっていた。
地元の商店街で中華料理店を営む両親にも迷惑をかける。夫や子どもたちにも、余計な心配をさせることになる。
だからこそ、咲代はどこまでも「普通の職員」を装っている。
勝手な行動はしない。何かする必要があれば、必ず事前に上司に相談する。
それが、長年公務員を続けてこられた咲代なりの処世術だった。
そんな咲代が、一行より一足先に伊勢志摩へ向かった。
レンタカーを借り、向かった先は、サーナルリゾート開発がリノベーションを計画しているリゾートマンションだった。
現場を自分の目で確かめておきたかったのだ
伊勢志摩へ向かう途中、咲代はバックミラーに映る一台の黒いワゴンに気づいた。
咲代が速度を落とす。黒いワゴンも速度を落とした。
「カンね」
咲代はバックミラーを見ながら、小さく呟いて微笑んだ。
「カン」とは、咲代に裏情報を提供してくれる、大切な仲間の一人だ。
咲代が大学時代に活動していたNPO法人を引き継ぎ、今では自らが子どもたちを守る活動をしている。
カンには、少し複雑な過去がある。
母親は、ある組織の男の愛人だった。
幼い頃から十分な世話を受けることもなく、やがて母親にも見捨てられた。学校にもほとんど通わず、誰にも頼らず、一人で生きてきたそんなカンが、ある事件に巻き込まれた。
警察に逮捕される寸前まで追い詰められた彼を助けたのが、咲代たちだった。
罪を犯した少年として切り捨てられるのではなく、事情を聞いてもらい、保護観察という形で、もう一度社会に戻る道を与えてもらった。
あの時、カンが感じた恐怖は、今でも消えていない。
だからこそ、彼は知っている。表社会だけでは生きていけない、しかし裏社会にも、そこにいる人間たちの事情や力関係があることを。
今では、子どもたちが犯罪や裏社会に巻き込まれそうになると、いち早く異変を察知し、必要な時には咲代たちへ情報を流している。
咲代にとって、カンは単なる情報提供者ではない。
かつて自分たちに救われた少年が、今度は誰かを救おうとしている。そのことが、咲代には何より嬉しかった。
「鬼に金棒よ!」と咲代はアクセルを踏んだ、そして
それに黒いワゴンもぴったりついてきた




