第四章 警視庁 鷺坂刑事と清水刑事
この章では、やがておばちゃん探偵団と一緒に事件を追うことになる、一人の刑事が登場します。
警視庁捜査一課、特別広域捜査班の鷺坂は、ご機嫌だった。
明日は、久しぶりの休みなのだ。
少し足を延ばして、静岡の大井川鐵道に乗る予定だった。
深緑の季節。大井川沿いの新緑に包まれながら、SLに揺られる――。
そう思うだけで、自然と笑みがこぼれる。
そんな鷺坂に、後輩の清水が声をかけた。
「鷺坂さん、今日はご機嫌ですね」
「まあな。明日は久しぶりの休みだからな」
「へえ。例の彼女とお出かけですか?」
鷺坂は、ぎろりと清水を睨んだ。
「お前、その情報、どこから聞いた?」
「えっ……。僕は風の噂で聞いただけですよ。やだなあ、怒らないでくださいよ」
清水が慌てて弁解する。
「まったく。個人情報の取り扱いには注意しろって言ってるくせに、誰だ、勝手に情報漏洩したのは!油断もすきもあったもんじゃない」
そう言いながら、鷺坂の顔はみるみる赤くなっていく。
鷺坂の父親は警察庁長官。いわゆるエリート一家の御曹司である。
そんな鷺坂も、いい年になった。そこで父親の紹介で、ある令嬢と見合いをすることになった。その席で趣味の話になり、鷺坂が「鉄道が好きだ」と話すと、彼女も旅行が好きだという。「それなら、ぜひご一緒したいです」
そんな話になり、次に会う約束まであっという間に決まった。
それを聞いた両親は大喜び。ところが、その話がどこからともなく警視庁内に広まり、
「ついに鷺坂に彼女が!」と、署内がざわついたとか、つかないとか。
いずれにしても、エリートのお坊ちゃんの動向は、庶民にとって格好のいじりネタである。そんな話をしながら、清水とデスクへ戻った、そのときだった。
館内に、突然、緊張が走った。
「ただいま、奥多摩で身元不明の人骨らしきものが発見されたとの通報が入った!」捜査員たちの空気が一変する。
「捜査一課は至急、現地へ向かい、現場の維持と調査を開始する。なお、今回は状況がはっきりするまで、捜査一課特別広域捜査班が担当する! 以上!」
その言葉を聞いた瞬間、鷺坂はがっくりとうなだれた。
「マジか……」
「鷺坂、清水! 至急、現場に行ってくれ」
班長から指示が飛ぶ。
「鷺坂さん、車、回します!」
清水が走っていく。
鷺坂はため息をつきながらスマートフォンを取り出した。
画面には、明日の大井川鐵道の予約画面。
しばらく、その画面をじっと見つめる。
「なんて俺は、ついてないんだ……」そう呟いたところで、ふと顔を上げた。
「……いや、待て!」
まだ事件と決まったわけじゃない。
「そうだ。まだ、事件と決まったわけじゃない」自分に言い聞かせるように呟く。
「大丈夫だ。明日はSLに乗れる、そして名もなき駅弁と限定の日本酒を飲むのだ!」
そう思い直すと、スマートフォンをポケットにしまい、鷺坂は急いで車へ向かった。
鷺坂と清水は、奥多摩の旧キャンプ場にある工事現場に到着した。
近年の大雨で、この付近の地形は大きく変わっていた。
大雨が降れば、上流から流れ込んだ濁流が下流へ押し寄せる危険がある。そのため、堤防を築くなどの対策工事が必要となり、梅雨を前に工事が始まったばかりだった。
鷺坂と清水は、工事関係者から発見時の状況を聞いた。
「以前、コテージがあった場所なんですが、土砂崩れの跡があってね。その土砂を取り除こうと、ショベルカーで土砂を移動させていたんです」
工事関係者が、少し離れた場所を指差した。
「そうしたら、白いものが出てきて。最初は動物の骨かなと思ったんですが、もう少し掘ってみたら、人間の頭蓋骨らしきものが出てきたんです」
「それで、警察に?」
「最初は、誰かがいたずらで人間の人骨模型でも埋めたのかと思いました。でも、手作業で周りを掘り返してみたら……」
工事関係者は、言葉を詰まらせた。
「骨の一部に、赤い布みたいなものが付いていたんです。それで怖くなって、警察に連絡しました」
「なるほど」
現場ではすでに鑑識が入り、発見された骨の位置を確認しながら、写真撮影や記録作業を進めていた。
ほかの捜査員たちも手分けして、周辺の調査を始めている。
清水が、骨のある場所を見ながら小声で言った。
「殺人事件ですかね……」
「いや、先入観はいけないな。事故かもしれないじゃないか」
鷺坂は周囲を見渡した。
「ここはキャンプ場だ。もしかしたら、昔、熊と遭遇して……」
「鷺坂さん」清水が口を挟んだ。
「このキャンプ場、五年前から使われていないんですよ。それに、この骨……どう見ても、つい最近熊に襲われたって感じじゃないですよ」
「……だな」鷺坂は黙って骨を見つめた。
そして心の中で、静かにつぶやいた。
――さらば、大井川鐵道。また会える日まで、元気に走ってくれ。
鷺坂は小さく息を吐くと、鑑識の班長のところへ向かった。
「ざっくり見て、この白骨、どのくらい前のものか分かるか?」
鑑識班長は、骨を確認しながら答えた。
「はっきりしたことは、詳しく調べてみないと分かりません。ただ、ここまでで発見された骨の大きさからすると、おそらく子どものものではないかと思います」
「子ども……」
「それと、かなり古いもののようです。少なくとも、最近埋められたものではないでしょう。二十年から三十年くらい前の可能性もあります」
「二十年から三十年……」
「ただし、埋まっていた場所については、まだ何とも言えません。この辺りは近年、土砂崩れが多いですからね。別の場所にあったものが、土砂と一緒に流されてきた可能性もあります」
班長は鷺坂の顔を見ると、念を押すように言った。
「ただ、捜査に先入観は禁物です。今の話は、あくまで現時点での見立てですから。ここでの話は忘れてくださいよ」
「了解」鷺坂は頷いた。
けれど、その視線は再び、土の中から現れた白い骨へ向けられていた。
奥多摩の旧キャンプ場で見つかった、一体の白骨。それは、ただの古い白骨ではありませんでした。
いつ、誰が、なぜそこに埋められたのか。そして――その人物は、いったい誰だったのか。
一方その頃、幸子たちの身近では、伊勢志摩の介護付き有料老人ホームをめぐる、どこか腑に落ちない話が動き始めています。
さらに、藤波若葉をめぐる出来事も、少しずつ別の方向へと進んでいきます。




