第一章おばちゃん探偵団登場
おばちゃん探偵団人生の玉手箱
===-=探偵 有馬幸子」====
有馬幸子の朝は決まっている。
「幸子ちゃん! みかん持ってきたよ。」
朝一番に事務所の引き戸が開き、大きな声が飛び込んできた。
「みっちゃん、今日は病院の日じゃなかった?」
終活相談所の所長、有馬幸子は、書類から顔を上げて笑った。
「そうそう。今から行くんだよ。」
「病院へ行く人には、とても見えない元気さだけどね。」
店先から顔をのぞかせたのは、商店街の靴屋「たっちゃん」の主人だった。
「うるさいねぇ。血圧だよ、血圧。この薬がないと、そのうちポックリ逝っちまうんだから。」
「その威勢なら、あと三十年は大丈夫だ。」
事務所の中に笑い声が広がる。朝の商店街では、こんなやり取りは日常茶飯事だった。
ここは、有馬幸子が所長を務める小さな終活相談所。
本来なら遺言や相続、身元保証、墓じまいなど、人生の終わりを考えるための相談所である。……はずだった。
ところが、いつの頃からか近所のお年寄りが毎日のように顔を出すようになり、みかんや漬物、庭で採れた野菜を持ち寄っては、お茶を飲み、おしゃべりをして帰っていく。相談に来る人より、お茶を飲みに来る人のほうが多い。
気がつけば、この終活相談所は、商店街の高齢者たちにとって「憩いの場」となっていた。幸子に言わせれば、「暇つぶしのたまり場」である。
時々、「ここは終活相談所なんだから、誰か終活の相談でもしたらどう?」
幸子が呆れたように言うと、部屋中から笑い声が上がった。
「何言ってるんだい、幸子ちゃん。」
みっちゃんが湯飲みを手にしながら言った。
「ここへ来る連中はね、財産なんてありゃしないよ。息子や娘だって、『親父もお袋も元気だから大丈夫だろ』って、さっさと自分たちの生活を始めてる。財産整理だの相続だのは、お金持ちの話さ。」
「そうそう。」
靴屋のたっちゃんも大きくうなずく。
「俺たちは今日を元気に生きられりゃ、それで十分。気楽なもんだ。」
その一言に、部屋中がまた大笑いに包まれた。
幸子はため息をつきながらも、思わず笑みがこぼれる。
終活とは、何も遺言書を書いたり、財産を整理したりすることだけではない。
人生の終わりを穏やかに迎えるために、今日という一日を安心して暮らせること。それも立派な終活なのだと、幸子は思っていた。
だから幸子は、お茶を飲みながら交わされる何気ない会話も、一人ひとりの小さな変化も見逃さない。歩く速さが少し遅くなったこと。好きだった漬物を残すようになったこと。何度も同じ話をするようになったこと。
そんな日常の記録を、静かに積み重ねていく。
遠く離れて暮らす息子や娘から頼まれている人には、折を見て近況を伝える。
「最近、お父さんはよく笑っていますよ。」
「お母さん、庭仕事は少し控えたほうがよさそうです。ちょっと頑張りすぎ」
そんな一言が、家族を安心させることもある。
一方で、「親には連絡しないでほしい」と子どもから頼まれている人もいる。
そんなときは、何も言わない。ただ、その人の毎日を記録し続ける。
幸子は信じていた。人生は、特別な出来事だけでできているわけではない。
何気ない毎日の積み重ねこそが、その人だけエンディングノートになるのだと。
=====探偵 棚橋コノハ====
幸子はふと机の上のスマートフォンに目をやった。
画面には「コノハ」の文字が表示されている。
幸子はすぐに通話ボタンを押した。
コノハとは、大学時代からの親友、棚橋コノハのことである。
棚橋家は、日本橋で江戸時代から商いを続ける老舗で、時代の流れとともに小間物商から宝石商へと業を広げてきた。
コノハは、その一人娘。
現在も父が店を切り盛りしているが、いずれは彼女が暖簾を受け継ぐことになっている。夫の正一は、大手ゼネコンの次男坊だった。
棚橋コノハ 銀座の老舗宝飾店「星光堂」の一人娘そして副社長だ。
両家は古くから親交があり、幼なじみでもあった二人は見合い結婚を機に、正一が棚橋家へ養子に入った。
長男が会社継ぎ正一は専務として経理を任されていた。
「もしもし、コノハどうしたの?」
呼びかけると、受話器の向こうから間髪を入れずに返事が返ってきた。
『幸子! やっと出た!』
その声を聞いて、幸子は思わず笑みを浮かべた。
――どうやら、電話を待ち構えていたらしい。
まるで電話の前で待ち構えていたかのように、コノハは開口一番こう言った。
「幸子、占いをお願いしたい人がいるの。」幸子は思わず笑った。
「『ごきげんよう』の一言ぐらい言えないの?」
「そんなことより、お願い!」無視かいっ!
実は幸子には、もう一つの顔があった。趣味の占いである。
もっとも、その腕前は趣味の域をはるかに超えていた。口コミで評判になり、紹介だけで依頼が絶えない。
周囲からは、
「儲からない終活相談所なんかより、占い一本で食べていけるんじゃないの?」と、よく言われるほどだった。
だが幸子は、あくまでも占いは人の背中をそっと押すためのものだと言って、本業にするつもりはなかった。
「いいけど、ちゃんと報酬はいただくわよ。」
「もちろん! だから、とにかく空いてる日を教えて。」
コノハの勢いに押されながら、幸子は机の上のスケジュール帳を開いた。
予定は……見事なくらい真っ白だった。それでも幸子は少し考えるふりをして、「そうねぇ……。」と、わざともったいぶる。
「明後日なら大丈夫よ。」
「ありがとう! じゃあ午後一時、お店に来てね。」
それだけ言うと、コノハは嵐のように電話を切ってしまった。
ツー、ツー、ツー……。
受話器から聞こえる無機質な音を聞きながら、幸子は苦笑した。
「まったく、コノハは昔からせっかちなんだから。」
老舗の一人娘と聞けば、世間はもっとおっとりしたお嬢様を想像するだろう。
けれど、棚橋コノハは、その期待を見事に裏切る女性だった。
===探偵 徳田瑞穂===
徳田瑞穂は、イベント会社「徳田カンパニー」の社長である。
従業員は数十名。会社をむやみに大きくするつもりはない。「人は増えればいいというものではない。理念を共有できる仲間と、顔の見える距離で仕事がしたい」。それが瑞穂の経営哲学だった。
夫はカナダ人投資家のリュック・ルブラン。瑞穂は再婚で、一人娘の名前は「翔しょう」という。
幼い頃は「男の子みたいな名前だね」とからかわれることもあった。しかし、その名前には、「世界で女性一人でも力強く生きていける人になってほしい。性別という枠を超えて羽ばたいてほしい」という瑞穂の願いが込められていた。その願いどおりと言うべきか、娘は世界中を飛び回り、現在はJICA海外協力隊として各地で活躍している。
瑞穂自身も、日本より夫の暮らすカナダにいることが多い。海外で見つけた「日本で受けそうなイベント」を日本へ誘致するプロモーターが主な仕事である。日本へ戻ると、熱海にある温泉付きマンションでゆっくり過ごすのが楽しみだ。もちろん、そのマンションの管理をしているのは、コノハの夫の会社である。瑞穂は大のビール好きで、特にクラフトビールには目がない。
最近は珍しく日本に長く滞在しており、温泉とクラフトビールを心ゆくまで満喫しているようだ。
そんな折、スマートフォンに咲代からLINEが届いた。
「瑞穂、日本にいるなら、みんなで久しぶりに集まらない?」
短いメッセージだった。瑞穂はすぐに返信した。
「OK! 場所と時間は任せる。」
==探偵 郷田咲代==
郷田咲代――泣く子も黙る任侠の人。
そう聞くと、まるでテレビドラマに出てくるような人物を思い浮かべるかもしれない。だが実際の咲代は、ごく普通の地方公務員である。
ただ一つ、人と違うところがあるとすれば、裏社会の事情に驚くほど詳しいことだった。
大学時代、咲代はあるNPO法人でボランティア活動をしていた。そのNPOは、家出した少年少女や居場所を失った子どもたちを支援する団体だった。理事長は、ある組織の組長の息子である。父親の生き方に反発し、「子どもたちを救いたい」とNPOを立ち上げたものの、当初は思うような成果を上げられずにいた。
そんなある日、
「あなた、面白いことしているわね。手伝う!」そう言って、一人の女子学生が事務所へ入ってきた。最初はスタッフも、「何だ、この子は」と戸惑った。しかし、咲代の料理の腕前は並外れていた。実家は町中華の店を営んでおり、幼い頃から両親が働く姿を見て育った。味付けのセンスも両親譲りで、どこか懐かしく、心まで温まる料理を作ることができた。食べ物がおいしいと、人は自然と集まってくる。最初はひとり親家庭の子どもたちばかりだったが、そのうち、家にも学校にも居場所を失った子どもたちまで、咲代の手料理を食べに来るようになった。
咲代の口癖は、「ちゃんと、ごはん食べてる?」その笑顔でそう尋ねられると、子どもたちはもちろん、理事長やスタッフまでもが自然と笑顔になった。
咲代が活動に加わると、NPOはみるみる成果を上げていった。特に夏休みには、家出した少年少女を狙う悪質な連中から、多くの子どもたちを救い出した。そして、あの頃助けた子どもたちは、今ではそれぞれが大人になり、自分の人生を歩んでいる。表社会で活躍する者もいれば、裏社会で生きる者もいる。しかし、咲代にとっては、その違いに意味はなかった。
「一度でも出会った子どもは、決して見放さない。」
それが、咲代が今も変わらず胸に抱き続けている信念だった。
その子どもたちは今でも、ときおり咲代のもとへ連絡を寄こす。表から届く情報もあれば、警察では決して知り得ない裏社会の情報が舞い込むこともあった。




