第十三章 おばちゃん探偵団は人生の停車場
「いい湯だわねぇ。ふーっ、気持ちいい!あっコノハこれ使う?新製品のサンプルめちゃくちゃ泡立つわよー」
瑞穂が湯船につかりながら、満足そうに声を上げた。
「使うつかう、肌ピカピカするから!もう最高! 瑞穂、ビール絶対おいしいよ!」コノハも上機嫌だ。
「新米も食べ放題よ。あー、芋煮も食べたい。あっ、お肉も!あ~でも熱いも先でてるわ」
咲代は、すでに夕食のことで頭がいっぱいらしい。
「うーん……『月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり』って感じね」
幸子がしみじみと言った。
「……」
三人は無言。
「もう、無視しないでよ」
幸子がふくれる。
「相変わらず幸子は意味不明だわ」
三人が呆れたように顔を見合わせる。
「まあ、後で野川豆腐も食べようよ」瑞穂が笑う。
「いいね! ビール飲みながら、夜の銀山温泉で写真撮ろう!」
「賛成!」
「食べ歩きもしよう!」
「まだ食べるの?」
わいわいと話す四人。
そう、おばちゃん探偵団は、念願だった銀山温泉にやって来たのだ。
間もなく瑞穂はカナダへ戻る。しばらく会えなくなる前に、四人で少しでも長く一緒に過ごしたかった。
東京駅から山形駅まで、四人はしゃべりっぱなし。
駅からレンタカーを借り、銀山温泉へ向かう道中も、またしゃべりっぱなし。
途中で冷やしラーメンに舌鼓を打ちながらも、やっぱりしゃべりっぱなし。
それでも、まだ話し足りない。
到着すると早速、宿の温泉につかり、お揃いの浴衣に着替えて、銀山温泉のレトロな街並みを歩いた。
スマホで写真を撮りまくっていると――
「あれ? もしかして……」
幸子が声をかけられて振り返った。
そこには、見覚えのある二人のマダムが立っていた。
「あーっ! あんた、この前の!」
「ほんまや! 美容家電のイベントで会うた人やん!」
「やっぱり!」
四人が顔を見合わせる。
「いやぁ、こんなところで会うなんて、縁があるなぁ」
「ほんまやわ。偶然によう会うたなぁ」
「私ら、今日は観光やねん。あのイベントのアンケートに答えたら、旅行券が当たってん。美味しいもん食べよ思うて、ここまで来たんや。びっくりわ!」
「こんにちは。覚えてます?」瑞穂が声をかけると、
「あん時、受付におったねーさんやん!」
「いや、ほんま奇遇やなぁ!」二人は大喜びした。
幸子たちは、咲代とコノハを紹介した。
「へー、ねーさんたちもええですなぁ」
「今回も私が写真撮りましょうか?」
幸子がスマホを受け取る。
「ええの? 悪いなぁ」
「はい、二人で並んでください」二人が肩を寄せ合う。
「もっと笑って!」幸子が声をかけると、
「あかん、これ以上笑ったらシワ増えるやん!」
「何言うてんの。もう十分増えてるやろ!」
「なんやてぇ!」
みんなで顔を見合わせ、大笑いする。
「はい、撮りますよー!」
パシャッ。
「ええやん!」
「ほんま? 見せて、見せて!」
二人でスマホをのぞき込む。
「うわ、私めっちゃ若く写ってるやん!」
「そら幸子さんが上手なんや。実物より十歳くらい若いで」
「十歳は盛りすぎやろ!」
「ええやん。写真くらい夢見させてぇな」
「ほんまやわ!」
また笑い声が響いた。
今度はみんなで一緒に写真を撮ることになった。
お互いのスマホを交換して撮っていると、ちょうど宿泊しているホテルのマネージャーが通りかかった。
「すみません、写真をお願いできますか?」
「もちろんです」
マネージャーが快く引き受けてくれた。
「はい、チーズ!」
パシャッ。
写真を確認すると、そこには全員の満面の笑みが並んでいた。
「ええ写真やなぁ」
「ほんまや。なんか、昔からの友達みたいやわ」
幸子は、その言葉に微笑んだ。
人との出会いというものは、不思議なものだ。
たった一度の出会いが、思いがけない場所で、また誰かとつながる。
そして、また別れがやってくる。
別々のレールを走っていた人生が、どこかで交差することがある。
だからこそ――その一瞬を、大切にしたい。そう幸子空を見上げた。
銀山温泉で至福の時間を過ごしたおばちゃん探偵団は、成田空港に集まっていた。
「瑞穂、元気でね……」咲代が、とうとう泣き出した。
つられてコノハまで目を潤ませる。
瑞穂は苦笑いしながら、
「今生の別れでもあるまいし。もう、泣かないでよ」
「だって……」
咲代は涙を拭いながら、
「寂しいんだもん」を繰り返す。
「もう、あのゴッタマザーが聞いてあきれるわ。山下議員に見られたら、おしまいよ。『泣く子も黙るゴッタマザー』なんだから!」
瑞穂が笑う。
「だって、別れは嫌なの。寂しくてたまらないのよ」
また咲代の目から涙がこぼれた。
「咲代、私だって寂しいよ」コノハも涙を拭う。
「また、瑞穂、会おうね。その時は翔も一緒にね」幸子が言った。
その目も、真っ赤になっていた。
「やだー。咲代だけじゃなくて幸子まで泣きそうじゃない。何、この怪しい集団!」
瑞穂が笑いながら、二人をなだめる。
「もう、時間だから行くね。日本に帰ってきたら、まず温泉に行こう!」
「約束よ!」
「絶対ね!」
「じゃあ、行ってくる!」瑞穂が手を振る。
四人は、それぞれの道へ向かって歩き出した。
おばちゃん探偵団――
それぞれの停車場が、再び動き出す時が来たのだ。
その時だった。
四人のスマートフォンが、ほぼ同時に鳴った。
――速報。
画面には、大きな文字が躍っていた。
「伊勢志摩老人ホーム開発をめぐる収賄疑惑 東京地検特捜部、サーナルリゾートホールディングスを家宅捜索」続いて、前田敏夫元国会議員の自宅にも同時に家宅捜索」
さらに――
「サーナルリゾートホールディングス水本社長、前田敏夫元国会議員、東京地検特捜部が事情聴取」
ニュースキャスターの緊迫した声が、空港ロビーに流れる。
四人は、黙って画面を見つめた。
そして――顔を見合わせる。
誰からともなく、笑みがこぼれた。
長かった。けれど、ようやく動き出したのだ。
それぞれが、それぞれの場所へ向かう。
別々のレールを走りながら、またどこかで交差するために。
おばちゃん探偵団は、それぞれの停車場から、再び走り出した。
・・・・・・・・
喫茶店「貴婦人」では、鷺坂とマスターが貸し切りの店内で、二人きりで酒を酌み交わしていた。
「先輩……あのおばちゃん探偵団、すごいですね」鷺坂がビールを一口飲む。
「だろう。あの人たちは、本当に恐るべしだな」
「はい。僕の母と同じくらいの世代なのに、あの行動力と観察力……脱帽ですよ」
「お前にとって、というよりな。今回は多くの人が救われることになったんだ。そういう意味でも、あの人たちのやったことは大きい」
「ええ。まあ、警視庁のお偉いさんたちからは、この情報をどこから入手したのかと、しつこく聞かれて辟易しましたけど……先輩のお力添えで、なんとか切り抜けられました。ありがとうございました」
「なに、礼なんかいいさ。みんな、昇進することしか頭にないからな。お前が持ってきた情報は、格好の材料になる。ハイエナに食い散らかされないよう、おやじさんへのレールを引いただけさ」
「本当に……これで途中で邪魔が入ったら、末代まであのおばちゃんたちに呪われそうですよ」
「そうだな」
マスターはグラスを傾け、ぼそりと続けた。
「……呪われるだけなら、いいがな」
「やめてくださいよ」鷺坂は本気で身震いした。
そもそもの始まりは、あの日だった。
突然、マスターから連絡を受けて「貴婦人」にやって来た鷺坂を待っていたのは、幸子だった。
しかも、腕には分厚い書類の束を抱えている。
「はい、これ。貸しよ!」
いきなり渡された書類に、鷺坂は目を丸くした。
「……これは?」
「伊勢志摩の老人ホーム投資の件よ」
幸子は当然のように言った。
そこには、老人ホームの計画がいかにいい加減なものだったのか、そして、当初地域貢献で始まったこのプロジェクトが利権を得ようとするものたちが寄ってたかって、群がり地域から利益を吸い取ろと行脚する内容に変わってしまったのか、
さらに、その裏で誰が何を狙い、どんな仕組みで利益を得ようとしているのか――。
おばちゃん探偵団が、それぞれの人脈と足を使って調べ上げた膨大な資料が、そこにはまとめられていた。
「高齢者を狙った老人ホームへの投資よ。私の大切な人が、危うく被害に遭いそうになったの」
幸子の声が、いつになく真剣だった。
「市民、ひいては、この国に暮らす人を守るのが国家の役目でしょう。でも、私たちが正面から訴えたところで、どこかで握りつぶされる可能性もある。だから――」
幸子は、鷺坂の目をまっすぐ見た。
「あなたに託すわ」
「えっ……僕にですか?」
鷺坂は戸惑った。
「私の仲間で、警察官といったら、あなたしか頼れる人はいないもの。ここは、あなたを信じるしかないのよ」
「いや、その……僕に、どうしろと?」珍しく鷺坂の言葉が詰まる。
幸子は一歩、鷺坂に近づいた。
「この資料をもとに調べて。もし問題があるなら、司法のちからで裁いてほしいの」
「でも、まだ事件かどうかも……」
「それを調べるのが警察でしょう?」ぴしゃりと言われ、鷺坂は黙った。
「事件になってから動くんじゃ遅いの。被害が出る前に防ぐことだって、警察の仕事でしょう?」
幸子は書類の束を、もう一度鷺坂の胸元へ押しつけた。
「これ、無駄にしたら――」そこで一呼吸置く。
「おばちゃん探偵団が承知しないわよ」
「……」
「これ以上、被害が広がらないうちに火消しをするの。いい? 頼んだわよ!」
それだけ言うと、幸子は振り返り、さっさと「貴婦人」を出ていった。
「…………」
残された鷺坂は、しばらく書類の束を見つめていた。
「先輩……」
マスターが声をかける。
「なんだ?」
「どうします?」
鷺坂はため息をついた。
「どうするも何も……」
書類を一枚めくる。
そこには、複数の企業名、土地の所有関係、投資計画、契約内容、そして開発プロジェクトの資料が、細かく整理されていた。
「……ここまで調べてきたものを、見なかったことにはできないだろう」
「ですよね」
「それに……」
鷺坂は資料をめくる手を止めた。
「幸子さんが、あそこまで必死になる理由も気になる」
こうして鷺坂は、半ば幸子の勢いに押し切られるようにして、捜査を始めることになった。
だが、資料を読み進めるにつれ、単なる老人ホームの投資トラブルではないことが、少しずつ見えてきた。
そして――。大きなうねりとなり、特捜が動くまでになったのだ。
マスターはグラスを磨きながら、隣に座る鷺坂をちらりと見る。
「先輩……」
「ん?」
「やっぱり、あのおばちゃんたち……すごいですね」
鷺坂は苦笑した。
「……ああ。俺たち警察より、よっぽど捜査向きかもしれんな」
「ですね」
二人は顔を見合わせ、静かに笑った。




