第四話 せかいがにくい①
古書ネクロス。死者の魂と生者の願望が交わる不気味な古本屋。店の店長、ノクターン・ネクロスは一見可愛らしい女の子って感じだけど、自称、死霊王ネクロスの娘だ。
私はアガタ。三ヶ月前から、古書ネクロスでアルバイトをしている。
店長と死霊王の関係性については、未だ聞けずじまいだ。それどころか謎はどんどん深まるばかり。店長は幼い頃、孤児院で暮らしていたという事実を先日知った。この街の修道士であるラザロさんがその証人で、ということは、やはり店長は魔物ではないのだ。だって魔物だったら、ラザロさんが黙っちゃいないはずだから。
店までの道を歩く私の鼻腔を潮風が突く。港町特有の潮の香り。体がベタつくのは嫌だけど、この香りは嫌いじゃない。いつも私の心を落ち着かせてくれる、故郷の香り。でも、なんだか最近はそうもいかない。
「はあ……」
思わず溜息を吐いた。先月店に訪れたヘンリー君という少年は、戦争で亡くなった両親に会いたいという願いを抱いていた。だけど、店長の魔法、「彼岸の祈り」で呼び戻した魂は、戦争の恐怖によって暴れ出してしまったのだ。店長が暴走をおさめられなければ、私達は全員死んでいたかもしれない。
あれから毎日のように考えている。人の心を救うことは、簡単じゃない。死者に会いたいという願いに、軽々しく応えてはいけないのだ。生者が会いたくとも、彼岸で眠る死者の魂を起こすことが正しいとは限らないから。
「はあ……」
ドンッ
俯きながら歩いていると、人にぶつかってメガネが地面に落ちてしまった。
「あっ、ごめんなさい……」
その人は何も言わず、メガネを拾って渡してくれた。
メガネを掛けて顔を上げると、その人は見覚えのある男性だった。
「ラ、ラザロさん!」
「君は確か、ノクターンの店の」
「アガタです。すみません。ぶつかってしまって」
まさかこんなところで会うなんて。ラザロさんは相変わらず威圧感があって、この人の前では背筋が伸びてしまう。
「構わないよ」
「こんなところで何してるんですか?」
「街のみんなにこれを配っているんだ」
ラザロさんは抱えていた数十枚の紙から、一枚を渡してきた。その紙にはいかにも「悪人」といった感じの似顔絵が描かれていた。
「盗賊団……警戒せよ?」
「こいつらはある国の盗賊団でね。金銀財宝、あらゆる物を盗んでは売り飛ばして金儲けをしているクズどもだ。最近めっきり噂が立たなくなったと思ったら、どうやら場所を転々として盗みを働くようになっているらしい」
「それって」
「ああ。我が国、イカサガン王国も警戒しなければならない。少なくともここサセーボで盗みを働かせるわけにはいかないからね。こうして注意喚起をしているというわけさ」
ラザロさんは修道士でありながら、この街の自警団のリーダーでもある。
「私達も気をつけないと。店長にも伝えておきます!」
「ふん。最も、こいつらがあの古臭い店に強盗に入るとは考えにくいけどね」
なんたる皮肉。でも事実、古書ネクロスに盗む価値のある財宝はない。
私は頭を下げ、駆け足でその場を去った。
*
店に着くとカウンターの奥の部屋から物音と話し声が聞こえた。ドアを開けて中を覗く。
「店長? おはようございま……」
「やあやあアガタ氏! ごらんなさい! 朝から大盛況ですよお!」
部屋には体格の良い四人の男性がおり、二人がソファに座り、二人はその後ろで腕組みをしながら立っていた。
何、この人達。こわっ!
彼らの顔や体には無数の傷があり、血の気の多さが窺える。私は急いで緑色のエプロンを着て、恐る恐る店長の横に腰掛けた。私の正面に座るスキンヘッドの男性が言った。
「店長さん。この嬢ちゃんは?」
「にゃはは。この店のアルバイトで私の弟子、アガタ氏です」
「よ、よろしくお願いします」
彼らは四人で身を寄せ合い、ヒソヒソと何かを話したあと、頷き合ってまた正面を向いた。
「まあいいだろう。聞かれて困ることでもねえからな」
「あの……私、いない方がいいでしょうか?」
「別にいてもいなくても構わねえ。元々俺らが用があるのはこのツインテールの店長さんだ。いや、正確に言うと、店長さんの魔法だな」
男性は睨みを効かせ、話し始めた。
「俺の名はゴロノフ。コクシ大陸にあるエミヘという国の王都で衛兵をしている者だ。こいつらは俺の部下。全員イカつい見た目をしちゃいるが、あんたらに危害を加えることはねえから安心してくれ」
彼らは「はははっ」と渇いた笑い声を上げた。
「本題に移ろう。あんたら、ここ最近あらゆる国々で盗みを働いている盗賊団の存在を知っているか?」
「あ、私、さっき知りました。ラザロさんから教えてもらって」
「おやおやアガタ氏。ラザロ氏に会ったのですな?」
「はい。さっきそこで」
「知ってんなら話は早い。俺らの国の国宝、『海神の腕輪』が盗まれた」
「ほおっ! 海神の腕輪とな!」
「あんた、知ってんのか?」
「もちろん存じておりますとも。いやいや、お懐かしい。その腕輪はエミヘ最強の戦士しか身につけることを許されない。持ち主の体力、魔力、武力を倍増させる魔法が込められている最強の武器、でしたかねえ」
「店長……詳しいですね。もしかして、エミヘにも行ったことが?」
「ありますよお。コロシアムにもねえ」
店長がニヤリと笑った。
コロシアム? なんのことだろう。
「店長さん。そこまで知ってるあんたなら、あの腕輪の価値もわかるはずだ。あれを売り飛ばせば数千……いや、数億ゴールドはくだらねえ」
「数億ゴールド?!」
思わず大声を出してしまった。そんな大金があれば、一生遊んで暮らすことができる。
「ああ。だから俺ら衛兵は、王都に保管されているその腕輪を守っていたんだが……ある時、一人の盗賊に盗まれちまってな」
「いやはや、あの国宝がたった一人の盗賊に奪われてしまうとは」と店長が言う。
「ああ。なかなかの手練れでな。しくじった俺らは盗賊のあとを追い、やっとの思いで捕えることに成功した」
「え? 捕まえたんですか? だったら……」
「落ち着きなメガネの嬢ちゃん。俺らは確かにその盗賊を捕まえた。だがその時、そいつはすでに腕輪をどこかに隠した後だったんだ」
ゴロノフさんは拳を握り締め、悔しそうな顔をした。
「だから俺らは」
ドンッとテーブルを拳で叩く。
「そいつを拷問した」
拷問……背筋が凍る。こんな屈強な男達に拷問されたら……。
「だが、俺らはまたそこでしくじった。その盗賊の口があまりに固くてな。激しい拷問の末、殺しちまったんだ」
殺した……。この人達は、人を殺した。いや、悪いのは盗賊で、この人達は衛兵。でも、殺すまでの拷問って、そこまでする必要があったのだろうか。
「俺達四人は、エミヘの王に命令されている。『海神の腕輪を取り戻すまでは帰ってくるな』と。唯一の手がかりを失った俺達は、血眼になって探し回った。国から国へ移り、魔物の減った今では珍しい武器屋や防具屋で情報を集めた。だが、何年経っても腕輪は見つからなかった。諦めかけていたある時、妙な噂を耳にした」
ゴロノフさんは、店長を指差した。
「あんたの噂さ。店長さん。あんたは死者の魂を呼び戻すことができるんだって? そんなことができる魔法使い、いるはずがねえ。最初は信じなかった。死者の魂に干渉するなんざ、七災の中でも最大の魔力を誇っていた伝説の魔物、死霊王ネクロスくらいのことだろう。だが、ネクロスは20年以上前に勇者レオンに討伐された」
ファウスト歴725年。私が生まれる2年前、勇者レオンが魔王を討伐した。死霊王ネクロスはその時やられたんだ。
「耳を疑ったぜ。死霊王に娘がいたなんてな」
「ふっふっふ。いかにもいかにも。私がネクロスの娘、ノクターンですよお」
店長は両手を広げ、自慢げに言った。ゴロノフさん達は眉を顰め、どこかイラつきを覚えているように見える。
「それが嘘であろうが本当であろうが、俺らに残された道はただ一つ。あんたの魔法で、盗賊の魂を呼び戻し、海神の腕輪のありかを吐かせることだ。場合によっちゃ、もう一度拷問するっきゃねえ」
「ちょっ、ちょっと待ってください」
私は立ち上がった。
「確かに店長は、死者の魂を呼び戻すことができる魔法使いです。条件を満たすことができれば、その盗賊の魂だって蘇らせることができるでしょう。でも」
「アガタ氏?」
「盗賊が悪いことした。それはわかります。でも、呼び戻した魂をもう一度拷問するなんて」
足が震える。怖い。この人達がその気になれば、私のことなんか一捻りだ。パンチ一発でやられてしまうだろう。それでも。
「私には看過できません!」
彼岸で眠りについている魂を無闇に起こすことは、死者への冒涜だ。ヘンリー君の一件で、痛いほど思い知った。
ゴロノフさん達は私の話を聞いた後、再び顔を寄せ合ってヒソヒソと話を始めた。やがて頷き合い、話を終える。
「メガネの嬢ちゃん。ちょっとばかし、真剣に話し合おうや」




