第三話 アイアン・キングダム・トラジディ②
私は書類の整理をしながら店長に言った。
「店長とラザロさんって、どういう関係なんですか?」
「孤児院で出会っただけの知り合いですよお。特別仲が良かったわけでもありませんねえ。歳は私の二つか三つ上でしたかねえ。昔から堅物って感じで、今では修道士をしながら街の治安維持のために自警団を立ち上げて、リーダーまでしていらっしゃる」
「なんだが、店長を目の敵にしているような感じがしました」
「まあまあ、彼の仕事は祈りによる死者の鎮魂ですからねえ。同じ祈りであっても、やっていることは対極にある。それだけで目の敵にする理由は十分でしょう」
「でも、店長は人の心を救っているのに」
二度と会えなくなってしまった最愛の人に、もう一度だけ会いたいと願う気持ち。それを叶えてあげること。互いの想いが重なり合うことで実現する奇跡。
「あのー……」
この店がなくなってしまったら、依頼者達の心の傷が癒えることも無くなってしまう。
「あのー……すいません」
「わっ! ひゃい!」
考えることに夢中になりすぎて、目の前に人が立っていることに気付かなかった。というか、いつの間に入ってきたのだろう。腰に短剣を携えた、10代前半くらいの見た目をした男の子だ。
「あの……えーっと」
もじもじと恥ずかしそうにしている。古本を購入しに来たとは到底思えない。
「もしかして、噂を聞きつけて?」と私は聞いた。
「はい……」
男の子は消え入りそうな声で返事をした。
「おやおや。これはまた随分とお若いお客さんですねえ」
店長がぴょんっと跳ね、ツインテールを揺らす。
「どうぞどうぞ、中へお入りください。お話を聞かせていただきやしょう」
私達は奥の部屋に入り、ソファに腰を下ろした。私はミルクティをティーカップに注ぎ、店長と男の子に振る舞った。
「んん! アガタ氏や!」
「はいっ」
「まだまだうまうまには程遠いですが、以前より上達しましたな!」
「本当ですか! 嬉しい!」
私は思わずガッツポーズをしてしまった。
緊張した面持ちで座っていた男の子は、ミルクティを口にした瞬間、頬が緩んだ。
「あの……このミルクティ、すっごく美味しいです」
「にゃはははは! そうでしょうそうでしょう。こだわりの茶葉と我が弟子アガタ氏の努力の結晶ですからねえ!」
いつの間にか私は弟子になっていたようだ。
「して少年や。君はどこから来た何者なのですかな?」
「僕は……僕はヘンリー。ジパング大陸のネマシー、別名『鉄の要塞』から来た者です」
「ほおほお! ネマシーからとな!」
ジパング大陸とは、大蛇のように長く伸びる世界最大の大陸だ。ネマシーは大蛇の尻尾の部分にあり、ここイカサガン王国のあるミミズク大陸とは目と鼻の先にある。決して辿り着けない距離ではないが……。
「店長、もしかして、行ったことあるんですか?」
「ええ、もちろんありますとも。いやいや、お懐かしい。もっとも、私がネマシーに行ったのは10年前でして、『鉄の要塞』と呼ばれる前のことです。戦争真っ只中という感じでしたなあ」
ネマシーは世界最悪の戦争地域としても知られている。ファウスト歴730年から近隣諸国との戦争が始まり、「鉄の要塞」という、国一帯を囲う難攻不落の鉄壁が完成するまでの10年間で多くの死傷者を出した。
「いやいやそれにしても、ヘンリー氏や。その若さで大陸を超えるとは素晴らしい度胸の持ち主で。危険だらけの旅だったことでしょう。今日はどんな要件でいらしたのですかな?」
店長が言うように、こんな小さな少年が一人で大陸間移動をするのは危険極まりない。一体どうやって、どんな思いでここまで来たのだろう。
「僕がお願いしたいことは、亡くなった両親に会わせてほしい。これだけです」
ヘンリー君は静かに頭を下げた。胸の辺りがズキンと痛む。両親がいない。私と同じだ。
「僕の国では、戦争で毎日のように死者が出る。これが当たり前でした。昨日まで元気だった友達が、今日生きているとは限らない。次の瞬間には隣国の戦士が街に攻めてきて、殺されるかもしれない。物心つく前から、そんな生活で。僕の父は戦士で、母は魔法使いでした。街がまだ安全だった頃は、三人でよくシチューを食べました。温かくて、とても幸せな気分だった。でも、戦争は激しさを増し、街の安全は崩れ、両親ともに国のために命を張り、最前線で戦い続け、命を落としました。僕は孤児院で両親の帰りを待っていましたが、それが叶うことはありませんでした。『鉄の要塞』がもっと早く完成していれば……」
孤児院。店長やラザロさんと同じ境遇。
「孤児院のみんなの口癖は、『仕方がない』です。戦争で両親を失ったのも、家が焼かれたのも、全部仕方がない。『誰かを恨むより、死者へ祈りを捧げましょう』。シスターはそんなことまで言う。僕は、僕は仕方がないとは思えない。敵国の戦士が、僕らの生活を奪った。三人で温かいシチューを食べる。そんな当たり前のことも二度とできなくなったんです」
ヘンリー君の眼光は鋭く、語気は力強く、そこに先ほどまでの気恥ずかしげな雰囲気は微塵もなかった。
「ある時、孤児院の友人からある噂を聞きました。それは、ミミズク大陸のどこかに死者の魂を一時的に呼び戻すことのできる魔法使いがいる、という話でした。その噂がどこから回ってきたのかはわかりません。身寄りのない友人がでっちあげた嘘だったのかもしれない。だけど僕は信じることにしたんです。いつかその魔法使いに、両親に会わせてもらうおうと。伝えたいことがあるんです。だから15歳の誕生日、僕は国を出てミミズク大陸を目指し、道中で情報を集め、この街まで辿り着いたというわけです」
「ふむふむ。なるほどねえ」
「お願いします! あなたの魔法で、両親に会わせてください!」
「会わせることはできますよお。あまりおすすめはしませんけどねえ」
店長は無表情で髪の毛をくるくる巻いている。
おすすめしない? どういうことだろう。
「ヘンリー氏や」
「はい」
「君には、覚悟はあるかいな?」
「覚悟、ですか?」
「ええ、ええ。戦争で亡くなった人の魂を起こす、その覚悟です」
「それは……もちろんあります。僕には、両親に伝えなければならないことがある。二人とも、絶対に喜んでくれます」
店長はヘンリー君の目をじっと見つめた後、ミルクティを一口飲んでから言った。
「まあまあ、せっかく遠路はるばる来てくれたわけですから、死者に会う条件だけでもご説明いたしやしょう」
いつものように、天井に向けて人差し指を立てる。
「条件その一、会いたい人との思い出の品を持ってくること」
「思い出の品? それなら……」
ヘンリー君は腰に携えた短剣をテーブルの上に置いた。
「僕の国では、男の子が生まれたら短剣をプレゼントするという風習があります。幼い頃、僕は戦士になるために両親に修行をつけてもらっていました。これならきっと、条件を満たせる」
店長は表情を変えず、説明を続けた。
「条件その二、死者の魂を呼び戻せる機会はたった一度きり。今日呼び戻してしまったら、二度とお会いすることはできません。それでもよろしければ、です」
「それは噂通りですね。覚悟の上です」
「それでは最後に、条件その三、魂をこの世界に抑留できる時間は最長で1時間。そして、1分につき10万ゴールドです」
「1分につき、10万ゴールド?! た、高い。そんなお金、ないですよ……」
ヘンリー君はポケットからありったけのお金を出して数え始めたが、1万ゴールドにも満たなかった。
「いやいや、お金がないとなると仕方がありませんねえ。残念ですが、お会いするのは諦めた方がいいでしょうなあ」
「そんなっ! 店長、ヘンリー君は危険を冒してまで会いに来てくれたんですよ?! 諦めろだなんて可哀想です!」
今日の店長、なんだか様子がおかしい。私やオズワルドさんの時とは違う。どうしたのだろう。
「可哀想ったってねえ。お金がないんじゃあ」
このまま両親に会えずに帰るなんて。それじゃあこの子の想いは、心は救われない。
「じゃあ私が、私が代わりに払います」
「ほえ?! アガタ氏、気は確かですかな?!」
「彼の気持ちがわかるんです。一目でいいから会いたいってその想いを、どうしても叶えてあげたいんです」
それが、私のここで働く理由だ。私は立ち上がり、店長に頭を下げる。
「店長、お願いします! 私の給料一ヶ月、いえ、二ヶ月分、ヘンリー君の両親を蘇らせる費用に変えてください!」
「アガタ……さん」
店長は腕を組み、「うーん」と唸り声を上げた。




