第三話 アイアン・キングダム・トラジディ①
ここは古書ネクロス。死者の魂をこの世界に呼び戻す魔法使い、ノクターン・ネクロスが営む不気味な古本屋。しかも彼女は、かつて七災と恐れられた伝説の魔物、死霊王の娘だというのだから恐ろしい。ただ実際そんな気配は毛頭なく、野菜と果物とミルクティをこよなく愛する低身長の可愛らしい女の子って感じの雰囲気だ。
私はアガタ。この店でアルバイトを始めてはや二ヶ月が経過した。スクー叔父さんにはここでバイトをしているとは言えず、誤魔化しながらなんとかやっている。
先月、私達の店にやってきた玩具商人のオズワルドさん。帰り際の言葉が脳裏をよぎる。
「はっ! なに冗談言ってやがる。魔物には分裂や分身はできても生殖機能はねえ。娘がいるわけねえだろう。元戦士の知識舐めんなよ」
あれから魔物の生態について調べてみた。というか、ここのバイトが暇すぎて本を読むことくらいでしか時間を潰せないのだ。どの文献を読んでも、魔物には生殖機能がなく、魔王の特殊な力によってのみ増殖を可能とする、と記されていた。
ということは、店長は間違いなく人間の女性だ。死霊王の実の娘ってわけではないのだろう。それじゃあ、二人の関係って一体……?
「やあやあ、おはようアガタ氏。今日もいい天気だねえ」
奥の部屋から出てきた店長が窓の外を眺めながら言った。
「どこをどう見ても曇天ですけど……おはようございます」
にゃはははと笑い、カウンターに両足を乗せオレンジを齧る。
「店長……あの、ずっと聞きたかったことがあって」
「んー? なにかねなにかね」
私は言葉を発する前に深呼吸をし、気持ちを整えた。どんな答えが返ってきてもいいように。
「店長は、一体何者なんですか? 私には人間……特別な力を扱える人間にしか見えなくて。その、世界を恐怖に陥れた死霊王の娘だとは到底思えないんです。そんな、悪い人には見えなくて」
私の弟、アルベルトは魔物に殺された。私は、弟を殺した魔物が憎い。私だけじゃなくて、恐らく世界中の誰もが魔物に対する憎悪の情を抱いている。だって魔物は人間を無作為に殺して、世界を滅茶苦茶にしたのだから。
「以前オズワルドさんが言ってたように、魔物に生殖機能はないわけだから……。言い方は悪いかもしれないですけど、実の娘というわけではないですよね?」
店長は頭の後ろで手を組み、窓の外を見つめている。
「それに、死者に会いたいって人達の期待に応え、人の心を救う仕事をしてる。これってどう考えても悪者のすることじゃないと思うんです」
「アガタ氏、それはですねえ」
ギィと金具がしなる音が店内に響く。ドアが開き、黒い修道服を着た白髪の若い男性がツカツカと足音を立てて店に入ってきた。
「い、いらっしゃいませ!」
男性は本棚には目もくれず、一直線に私達の元へやってきた。
「おやおや。珍しいお客さんが来たものですねえ」
「ふん。ノクターン。君はまだこんなカビ臭い場所で商売をしているのか」
店長の……知り合い?
「いやいや、当然じゃあないですかあ。この店は街の皆さんに愛される大人気の古本屋なんですよお」
お客さん、ほとんど来てないですけど……。
白髪の男性は髪を掻き分け店長を睨みつけた後、私を見て言った。
「メガネの君」
「は、はい!」
威圧感のある声に思わず背筋が伸びる。
「ノクターンと同じエプロンをしているのを見るに、君はこの店で働いているね。給料はもらっているのかな?」
「あ、はい。いただいてますけど」
「ふん。妙だな。客もほとんど来ず売り上げも立っていないような店が、一体どういう了見で従業員を雇い、給料を支払っているのだろう」
「それは……」
「にゃはははは。いやいや、相変わらずいやらしい男ですなあ、ラザロ氏。言いたいことがあるならハッキリと言うべきじゃないですかねえ。それから」
店長が立ち上がる。
「アガタ氏とは初対面なんですから、自己紹介くらいしてはどうですかな?」
ラザロという男性は本を一冊手に取りパラパラとページを捲って、退屈そうな表情を浮かべた後本棚に戻した。
「ふん。いいだろう。メガネの君。失礼した。私はラザロ。ノクティス修道院で修道士をしている。そこのノクターンとは古くからの知り合いでね。今日は彼女に話があってここを訪れたんだ。これでいいかい?」
「はあ。私は全然、構いませんが……」
「ラザロ氏と私は同じ孤児院出身なのですよお」
「こ、孤児院? 店長って孤児院出身だったんですか?」
ということは、やっぱり魔物じゃない。ううん、死霊王と血の繋がりはないってことで間違いなさそうだ。
「ええ。修道院に併設されている孤児院でねえ。そうだラザロ氏。シスターはお元気ですかな?」
「シスターは失踪した。もうあそこにはいない」
「ありゃありゃ。何かあったんですかねえ」
「君には関係ない。そんなことより本題に移ろう」
ラザロさんは淡々と、無表情のまま言った。
「ノクターン。君が死者の魂をこの世界に呼び戻す魔法、『彼岸の祈り』を使って金儲けをしていることを私は把握している。無論、このメガネの彼女の給料もそこから支払っているのだろう。そこで一点」
人差し指を立てる。
「ここ古書ネクロスは確かに営業許可を得て商売をしている。だがその書類に、『魔法を使った商売をする』という文言は一切ない。つまり君のビジネスは無許可営業。立派な違法行為だ。すぐにでも店をたたむ必要がある。そしてもう一点」
中指を立てる。
「そもそも、我々が眠らせた死者の魂を目覚めさせ、呼び戻すなど言語道断。倫理に反する行為であり、死者への冒涜だ。即刻やめてもらう必要がある。最後に」
薬指を立てる。
「メガネの君。もし君がノクターンの金儲けに加担している場合、君も立派な犯罪者だ。直ちに捕え、牢獄へ送らなければならない」
「ちょっ、ちょっと待ってください! 店長は」
「にゃはははは! まあまあ、落ち着きなされアガタ氏や」
店長は私の肩を抑えると、ラザロさんに詰め寄った。
「ラザロ氏、さっきから妄想が激しすぎますなあ。確かに私の店は閑古鳥が鳴き叫び夜も眠れないくらい暇ですけどねえ。このアガタ氏への給料は私の貯金からお支払いしておりまして、もちろんそのお金はクリーンな労働から得たものなのですよ。それに、この街で一体どれだけの店がちゃーんと営業許可を得て商売をしているのですかな? こんなしょぼくれた店お一つを閉店に追い込むよりも、闇市の取り締まりが先では? それからそれから、私が『彼岸の祈り』を使って金儲けをしているという証拠がどこにあるのです? あるなら今すぐにでも見せてほしいものですなあ。あっ、もしかして。私が魔法を使う瞬間をそこの窓から覗き見してたとか? いやいや、堅物に見えるラザロ氏にも人並みにえっちな趣味がおありなようで安心しましたよお。んー? どうなんですかラザロ氏やあ」
ラザロさんの顎を指で突き、店長が不敵な笑みを浮かべる。何故だか私の背筋に悪寒が走った。
「ふん。飄々とした態度が売りの君にしては随分と喋るなノクターン。私にはまるで何かを隠しているかのように見えるが?」
「にゃはは。いやあ、これは失敬。私としたことが、お懐かしい知り合いと会えてやや興奮してしまったようですなあ。まあまあ、いずれにしても証拠がないんじゃ、店をたたむ義理はありませんよお」
二人の間に緊張が走る。しばらく睨み合った後、ラザロさんは振り返り、ドアの方に歩きながら言った。
「証拠がないと踏んでいる君のその思考の浅さ。昔から変わらないようで安心したよ。私の目には、君があの褐色肌のキューリュー人と出会ってから人が変わったかのように映っていたからね。外の世界で何を見たのかは知らんが、とにかく」
店のドアを開く。
「君のやり方は間違っている」
そう言い残し、ラザロさんは去って行った。




