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第二話 ブリキの戦士②

男はミルクティを啜り、カチャリと音を立ててソーサーに乗せた後、静かに語り出した。


「20年前の話だ」


ファウスト歴725年。俺はムサシの国を守る戦士として魔物との戦いに明け暮れていた。そんな中、キューリュー大陸の勇者レオンが魔王討伐に成功したとの報告が上がった。報告の通り、それから国を襲う魔物達の数は徐々に減っていき、平和が訪れた。まあそれも仮初だったがな。


同じ年に娘、リーサが生まれた。宝石のように輝く目をした、可愛らしい女の子だった。俺は戦士を引退し、酒場の経営を始めてリーサのために働いた。


リーサが5歳の誕生日に、俺は思いつきでブリキの玩具を作って渡したんだ。戦士の形をした、お世辞にもかっこいいとは言えねえ、不細工な玩具だった。大層喜んでくれてな。俺の作ったブリキの戦士で毎日のように遊んでいたよ。


お前達も知る通り、魔物の数が減ってから、今度は世界中で人間同士の戦争が始まった。資源の奪い合いさ。ムサシも例外じゃなかった。あちこちの国から攻め入ってくる人間どもを相手に、戦士達が戦い続ける。リーサだけじゃない。国中の子供達が怯え上がり、やがて笑顔を失った。


俺は考えた。どうにかしてもう一度リーサや子供達に笑顔を取り戻せないかってな。ある時、閃いたんだ。玩具だ。リーサを笑顔にしたこのブリキの戦士の玩具を国中に広めれば、こんな世の中でも子供達は楽しんでくれるんじゃないかって。


俺はそれから酒場を閉め、玩具屋を開いた。結果は上々。たったの数年で、俺の作ったブリキの玩具達は国中に広まり、子供達は笑顔を取り戻した。その時、俺は思ったんだ。ああ、これが俺の役割なんだ。人間同士で争い合うこんな醜い世の中に、みんなの笑顔を咲かせる。


やる気に満ちた俺は危険を顧みず、ブリキの玩具を世界に広めることにした。当時10歳だったリーサの命を危険に晒すわけにはいかない。俺はリーサを置いて、国を出た。735年のことだ。


「ほおほお! 735年とな! それは世界平和のため、私が仲間と共に旅を始めたのと同じ年ですよお」

「店長、それ本当ですか……? 735年って今から10年前だから、まだ8歳くらいじゃ」

「ふっふっふ。まあまあ、昔の話でございやす。さあさあ、続けてくださいな」

「よくわかんねえが、続けるぞ」


俺は武器を片手に、世界各地を回って商売をした。玩具を売っては国を移り、売っては国を移っていった。5年が経ち、俺がここミミズク大陸を旅していた時のことだ。妻から電報が届いた。それは、娘の訃報だった。まだ15歳だった。


リーサは俺に会うため、ムサシを出てこの大陸に向かう道中、魔物の群れに襲われて死んだ。俺が……俺がこんな遠くまで旅をしていなければ。俺が玩具なんか売らずに、リーサのそばに居てやれば。悔やんでも悔やみきれなかった。失意の中、俺はこの5年、国にも戻らずフラフラと各地を旅していた。


ある夜のことだ。酒場で酒を煽り、酔い潰れかけていたその時、妙な噂を耳にした。


「それが、店長の」

「ああ。死者を蘇らせることのできる魔法使いがいるって話さ」


ヤケクソだった。そんな奴いるはずがねえ。単なる噂話だってこともわかってる。それでも探さざるを得なかった。リーサに謝りたい。その気持ちでいっぱいだった。謝ることもできず、このまま野垂れ死ぬわけにはいかねえ。


「それから俺は情報を集め、やがてこのイカサガン王国サセーボに辿り着き、あんたを見つけた」


男は床に手をつき、頭を擦り付けた。


「頼むっ! この通りだ! あの子に……リーサに会わせてくれ!」


店長は髪の毛をくるくる巻き、「うーん」と唸り声を上げた。


「その気持ちは山々ですけどねえ。娘さんが会いたくないって言ってるからねえ」

「理由は……会いたくねえ理由はなんなんだ?! やっぱり、俺を恨んでいるからなのか?! 理由だけでも聞くことはできねえか?!」

「店長……」


私は店長の横顔を見つめた。


「できないこともないけどねえ」

「本当か?! 頼む! 金ならいくらでも出す!」


男の必死の訴えに、私はこの店で働き始めた理由を思い出した。そうだ。私は、誰かの心を救いたいんだ。


「私からも、お願いします!」


頭を下げる。


「メガネの嬢ちゃん……」

「はあ、仕方がないですねえ。会うつもりのない魂と交信するのは、至極体力を消耗するので極力やりたくはないんですが」


店長は再びブリキの玩具を握り締めた。


「魂の交信っ」


床から風が吹き上げ、ツインテールが浮き上がり、目を瞑ったまま話し出す。


「私はノクターン。うん。うん。リーサ。あなたと話がしたい。うん。理由が。うん。ああ。そうだね。うん。なるほどなるほど。それはそうだね。うんうん。わかった。ありがとうねえ」


風が止む。店長は切らした息を整え、やがて話し始めた。


「オズワルドさん。娘さんからするとね、あんたは何もわかっちゃいないってさ」

「何も……わかっちゃいないだと……?」


男は俯き、ポタポタと涙を流した。


「そうか……そうだよなあ。謝って済む話じゃねえんだ。あの子が俺を許すはずもねえ。国を出る時、あの子の制止を振り切って出てったんだからな。うっ……ふぐう……。金なんか、金なんかいくらあったって意味はねえ……。こんなもんがあったところで、リーサに会えなけりゃあ……ぐっ……ふぐうっ……」


それからしばらく、男は泣き続けた。私はただ震える肩を見つめることしかできずにいた。



「邪魔したな」


男は二つのケースを手に持ち、ドアの前に立った。


「いえいえ。私は何もしておりませんで」

「……」

「メガネの嬢ちゃん」

「……はい」


目を腫らした男が笑顔で言う。


「俺の玩具で遊んでくれて、ありがとな。弟くんによろしく伝えておいてくれ」

「……はい。もちろんです」


ドアを開け、男が出ていく。その背中はどこか寂しげで、悔しげで。

本当に。本当にこれでいいのだろうか。私に、何かできることはないのだろうか。

私は部屋から飛び出し、本棚を通り過ぎる男を呼び止めた。


「あのっ! オズワルドさん!」

「ん?」

「あの……考え直してみませんか?」


リーサさんは、オズワルドさんのことを恨んでいるのだろうか。わかってないって、何かわけがあるのではないだろうか。


「考え直す?」

「リーサさんが会ってくれない理由です! オズワルドさんは、リーサさんが自分のことを恨んでいるって決めつけていませんか? 何か別にわけがあるのかもしれません!」


声が震える。私のしていることは、正しいことなのだろうか。


「私の弟は、あなたの作ったブリキの戦士に夢中でした。リーサさんと同じく、夢中で遊んでいました。笑顔で、毎日のように」


自信はない。確信もない。それでも。


「もし私がリーサさんだったら、世界中に笑顔を咲かせたあなたのことを、誇らしく思うはずです! いえ、絶対誇らしく思っています!」

「リーサが……俺を、誇らしく思っている……? そんな馬鹿な話」


その瞬間、部屋一面に眩い光が拡散した。あまりの眩しさに目を閉じる。


「うおおっ」

「わっ!」


光が消える。


「お父さん」


オズワルドさんの背後に、宝石のように輝く目をした女性が立っていた。


「リーサ……ああ……」


ケースを床に落とし、一歩、また一歩と足を進める。


「リーサァ!」


オズワルドさんは彼女を抱き締めようとし、すり抜けて床に倒れ込んだ。


「お父さん! 大丈夫?!」

「リーサ! ごめん……ごめんなあ! お父さんがそばに居れば、お前のことを守ってやれたのにっ! うう……うわあああ!」


嗚咽が店内に響く。泣き崩れたオズワルドさんの背中に、彼女は静かに手を置いた。


「お父さん。あのね。このメガネの女性の言う通りなの」


リーサさんは私を見て微笑んだ。


「私、お父さんのこと、心底尊敬してたのよ。世界中で大ヒットしたブリキの戦士も、他の玩具も、全部私のお父さんが作った物なんだって。誇らしかった。確かにいなくなっちゃった時は寂しかったけど、恨んじゃいないわ」

「それでも……俺はあのまま、国に留まっておくべきだった! 金なんて稼いでも、どれだけ玩具を流通させても、お前がいなければ意味なんてないんだ」


リーサさんは膝を折り、オズワルドさんを優しく抱き締めた。触れられてはいない。でも確かに重なり合っている。


「そんなこと言わないで。お父さんはね、世界に笑顔を咲かせた、私にとって最高の戦士なのよ。そしてそれはこれから先も変わらない。これからもずっと、ブリキの玩具をたくさんの子供達に届けてあげて」


しばらくの間、オズワルドさんは泣き続け、彼女は背中をさすり続けた。



店先には馬車が停まっていた。


「邪魔したな。そして、感謝する。娘に会わせてくれたこと。というかあんた、一体何もんだ? この店の名前もそうだが、死霊王と関係があんのか?」

「ふっふっふ。よくぞお聞きなさった。私はかつて魔王の手先として世界を恐怖のどん底に陥れた七災が一人、死霊王ネクロスの娘ですよお」


背筋が凍った。いくら他言無用とはいえ、魔物被害者の親族にそれをバラすのはまずいのでは。私が言えることではないけれど。


「はっ! なに冗談言ってやがる。魔物には分裂や分身はできても生殖機能はねえ。娘がいるわけねえだろう。元戦士の知識舐めんなよ」


そうなのか。じゃあ一体、店長は何者? 死霊王の娘っていうのは嘘?


「にゃはははは」

「全く」と言いながら、オズワルドさんが馬車に乗り込む。

「メガネの嬢ちゃん」

「はい」

「ありがとな。あんたのおかげでリーサの気持ちに気付くことができた。この恩は一生忘れねえ。俺にできることがあったら何でも言ってくれ。そん時は力になる」

「はいっ! ありがとうございます!」

「それはそうと、オズワルド氏や」


店長が呼び止めた。


「ん? なんだ?」

「お支払い、済んでませんけど」

「あっ」


どこからか突風が吹き、馬がヒヒンッと鳴き声を上げた。


「リーサさんに会いたくない理由を伺った時間1分、リーサさんの魂がこの世界に戻っていた時間60分。合計61分で610万ゴールドのお支払いとなりやす」

「あっ……ああ、610万ゴールドね。もっ、もちろん支払うつもりだったさ。ちょっと待ってな」


オズワルドさんは馬車から降りてケースを開き、せっせと札束を地面に積み上げていった。



馬車が去った後、私達は店を閉め、店長が注いだミルクティを飲んだ。


「うまうま」


私には一つ、確かめたいことがあった。


「店長」

「んん? なんだねアガタ氏」

「店長は、最初からわかっていたんじゃないですか? リーサさんがオズワルドさんに会いたがらなかったわけを」


店長はいつものように髪の毛をくるくる巻き、首を傾げた。

リーサさんと魂の交信をした後、オズワルドさんには「何もわかっていない」とだけ伝えたけど、きっとリーサさんは店長に全てを伝えたはずだ。その上で、店長は言わなかった。


「さあ、それはどうですかねえ」

「はぐらかさないで教えてくださいよぉ」

「まあまあ、これだけは言えます」


ミルクティを啜る。


「自分で気付くこと以上に、大事なことはありません。そして彼は気付いた。きっかけを与えたのは、他でもないアガタ氏。あなたです」


心臓が大きく脈を打ち、体がポカポカと温まる感じがした。


「あなたは今日、誰かの心を救ったのかもしれませんねえ。微力ながらも」


にゃははははと、八重歯を剥き出しにして店長が笑った。

私はもっと、強くなりたい。強くなって、もっと大勢の人々の心を救いたい。テーブルに置かれたこのブリキの戦士みたいに、世界中に笑顔を咲かせられるような、そんな人間に。

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