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第二話 ブリキの戦士①

ここは古書ネクロス。死に関する古本のみを取り扱う、外見も内見も不気味な店。

私達の住むサセーボは、イカサガン王国北部ある港町だ。国内最大規模の港には、今日も大小様々な漁船がひしめき合っている。街のどこに居たって鼻を啜れば潮の匂いがするし、海沿いを少し歩くだけで体がベタつく。そんな街だ。


溢れんばかりの人口、豊富な流通経路、絵に描いたような治安の良さ……。サセーボの経済の発展はこの先数十年約束されている。

それなのに……。それなのに……!


「全くお客さんが来ないじゃないですかー!」


街外れの路地裏に位置する悪立地とはいえ、ここまで暇なものなのか。そりゃ、本に埃が溜まるのも頷ける。

レジのカウンターに両足を乗っけながら読書に勤しんでいる店長が、「そうだねえそうだねえ。まあ、いつものことだねえ」と言ってヘラヘラ笑った。

推定身長、150cm。推定年齢、18歳。透き通るような白い肌に、黒髪のツインテール。緑のエプロンと、笑うと剥き出しになる大きな八重歯。彼女がここ古書ネクロスの店主であり、かつて魔王に仕えた七匹の災害級の魔物、通称「七災」が一人、死霊王ネクロスの実の娘。ノクターン・ネクロス。らしい。

私はアルバイトのアガタ。一ヶ月前、店長の魔法の力で心を救われ、ここで働かせてもらうようになった。私もいつか、誰かの心を救えるような人間になりたい。でも……。


「店長。人が来ないんじゃ、救うも何もないです」


私は本棚の埃をパタパタと叩き落としながら言った。


「まあまあ、暇ってのはいいことだよおアガタくん。ほら、読書も捗るしねえ」


店長は『死・生命の終わり〜魂の行末について〜』という本を大事そうに抱きしめた。彼女は死者の魂を一時的にこの世界に呼び戻す魔法を使う。そのおかげで私は死んだ弟、アルベルトともう一度会うことができた。そんな奇跡のような魔法を使えるのは、きっと彼女が死霊王の娘だからだ。魔物の娘ってことは、店長も魔物なのだろうか。いや、どこからどう見ても人間にしか見えないけど……。でも人間に化ける魔物がいるって話も聞いたことがあるし、本当はおぞましい姿をしているとか……。


「アガタ氏」

「ひぃ!」


いつの間にか店長が後ろに立っていて、私は情けない声を上げてしまった。


「にゃはははは。どうしたねどうしたね、幽霊でも見たかのような声出してえ」


あなたが気配もなく近付くからです。


「ちょっくら休憩しないかい? ミルクティでも飲みながらさあ」


店長はカップを持ち上げるジェスチャーをして八重歯を見せた。私達はカウンター裏にある奥の部屋に入ってソファに腰掛けた。



私がこの一ヶ月でやった仕事。埃落とし、書類の整理、古本の在庫チェック、そして、ミルクティの作り方の修行。小鍋で沸かしたお湯に、茶葉を入れる。蓋をして蒸らしてから牛乳を加えて少し待つ。火を止め、ティーカップにミルクティを注ぐ。

店長はいつも通り角砂糖を五つ落とし、スプーンでかき混ぜた後、静かに口をつけた。


「アガタ氏」

「はいっ!」


ソーサーにカップを置く。


「まだまだですなあ」

「はぁああああ」


私はテーブルに突っ伏して溜息を吐いた。もう何百回ミルクティを作ったかわからない。ただの一度も店長の「うまうま」を聞くことができずにいる。


「にゃはは。まあまあ、そう気を落とさず。たったのひと月で美味しいミルクティを注げたら誰も苦労はしませんよお」


「精進します……」


こうして話していると、魔物だとは到底思えない。私と同じ女性で、ただの人間にしか。死霊王の娘だと聞いて不安もあったけど、バイトを始めた日から今日まで恐怖を覚えたこともなければ襲われたこともない。


「それはそうとアガタ氏や」


店長が指先で髪の毛をくるくる巻く。


「あれから、心の調子はどうだい?」


いつになく真剣な眼差しだった。私はハンカチで口元を拭いた。


「おかげさまで、スッキリしてます。心のモヤモヤを解放できたような、今はそんな気持ちです」


弟が魔物に殺され、私の心はズタズタに引き裂かれた。塞ぎ込んでいた私は、スクー叔父さんの八百屋の手伝いをすることで少しずつ立ち直っていった。生きていくために、立ち直らなければならなかった。日常の中であの出来事を思い出さないよう、心に鍵を掛けて。


「そうかいそうかい。そりゃあ何よりですなあ」

「ありがとうございます」


やっぱりこんなにいい人が、魔物なわけがない。いっそのこと聞いてしまおうか。


「あの、店長って」


その時、バンッと勢いよく入り口のドアが開いた音がした。店長が「来客だねえ」と言い立ち上がる。


「私、行ってきます」


部屋から出ると、カウンターの前に小太りの男が立っていた。黒いハットに黒いタキシード、赤い蝶ネクタイ。整えられた口髭が、いかにも商人らしい。


「いらっしゃいませ!」


男は私の足元から頭のてっぺんまでを舐め回すようなじっとりとした目で見て、「メガネの嬢ちゃん。あんたがこの店の店主かい?」と偉そうな口調で言った。


「はい? 違いますが」

「店主はどこにいる。話がしたい」


人に物を聞くにしてはあまりに失礼な態度で頭に来る。でも久々のお客さんだし、丁寧に接しないと。


「店長は今休憩中でして。お目当ての本があれば、私が代わりに探しますが」

「ふんっ。本などに興味はないな。今すぐ店主を呼んできてもらおう。金ならある」


男は胸ポケットから札束を取り出し、カウンターの上に投げ捨てた。さすがに頭に来た私が言い返そうとした時、背後のドアが開き、隙間から店長がぴょこっと顔を出した。


「おやおや、お客さんですな? いらっしゃいませえ。古書ネクロスへようこそ」

「あんたが店主だな。話がしたい」


男がカウンターの内側に入ってきた。私は制止しようとして「ちょっと!」と言ったけど、私の声なんかまるで聞こえていないかのように振る舞われた。


「アガタ氏。構いませんよ。どうせ暇ですしねえ。それに、久々のお客様です。ささ、どうぞ奥へいらしてください。とっておきのミルクティをお出ししましょう」


男はズカズカと奥の部屋に入っていった。私は怒りを鎮めるために一度深呼吸をしてから、男に続いて部屋に入った。



私は店長の横に腰掛けた。小太りの男は私達の対面で大股を広げて座っている。

ミルクティを振る舞った後、店長が口を開いた。


「それでそれでえ、今日はどんなご用件でいらしたのですかな?」

「単刀直入に言う」


男は足元にある大きなケースをテーブルにドカッと置き、開いた。中には溢れんばかりの札束が入っていた。


「死んだ娘に会わせてくれ。金ならある」


札束がボトボトとケースから落ちた。


「俺は東の都ムサシからやってきた商人、オズワルドだ。ある物を売りながら世界中旅してきた。行く先々で生活を送っていると、あらゆる噂を耳にするんだ。たった一人で無敵の鉄の国を作り上げた男の話。世界を裏で操る褐色肌のキューリュー人の話。そして」


男は一息ついて、言った。


「死者を蘇らせることができる魔法使いの話」


私は横を見た。店長は表情ひとつ変えず、黙って男の目を見つめている。


「あんたがそうなんだろう? 商人の情報筋と嗅覚を舐めちゃいけねえ。金ならいくらでもあるぞ。このケースの分で足りなければ、白紙の小切手を渡そう。娘に会わせてくれるならな」


男は前のめりになり、店長を睨みつけた。

しばらく続いた無音の時間を破ったのは店長だった。


「にゃはは。ムサシの国とはお懐かしい。カゲの奴は元気かなあ」

「店長?」


男がさらに前のめりになり、「あんた、ムサシに行ったことがあんのかい」と言った。


「いやいや、これは失礼。昔の話でございやす」


店長はテーブルの上の札束を手に取った。


「オズワルドさんのおっしゃる通り、私が噂の魔法使いです」

「やはりか?! 俺の勘は間違っちゃいなかった!」

「噂ってのは一体、どこから漏れ出すんですかねえ」と札束を叩きながらニヤける。

「娘さんに会わせて差し上げます。ただし、三つの条件を飲めれば、です」


店長は天井に向けて人差し指を立てた。


「条件その一、会いたい人との思い出の品を持ってくること」


続けて中指を。


「条件その二、そもそも私の魔法は死者を蘇らせるのではなく、一時的に魂を呼び戻すだけです。そして、その機会はたった一度きり。今日呼び戻してしまったら、二度とお会いすることはできません。それでもよろしければ、です」


最後に薬指。


「条件その三、魂をこの世界に抑留できる時間は最長で1時間。そして、1分につき10万ゴールドです」


引き出しから契約書と問診票を取り出し、テーブルに置く。


「これらの条件を飲んでいただきましたら、こちらの書類にサインを」


男は書類を見つめたまま動かない。怯えているのではない。恐らく、頭の中で条件と書類の内容を整理しているのだ。

そもそも、条件二と三は別として、条件その一、思い出の品については持っていない可能性がある。私は偶然肌身離さず持ち歩いていたからよかったが、ない場合は魂を呼び戻すことはできない。


「たった一度、か」


男は反り返り、天井を見上げた。


「頼む。やってくれ」

「あいよう! 承りましたっ! アガタ氏! テーブルの上を片付けとくれい!」

「はっ、はい!」


私は立ち上がり、テーブルの上のカップを急いで片付けた。



男は二枚の書類を記入し終え、どちらも店長に手渡した。


「条件その二については了承した。条件その三についてだが、最長の1時間。つまり600万ゴールドをこの場で支払う。そして最後に、条件その一だが」


男は足元に置いてあるもうひとつのケースをテーブルに置いた。


「思い出の品は、これだ」


ケースを開く。


「こっ、これって」


中には、大量のブリキの玩具が入っていた。


「俺は玩具商人オズワルド。別名、ブリキのオズワルドだ」

「これも……これも、これも! 全部うちの家にもありました! 弟が大好きで!」


ケースから出てきた玩具はどれも弟のアルベルトが遊んでいたものだった。


「はーっはっはっは! そうだろう! 俺の玩具は世界中に広まっている大人気商品だからな! 全て俺が一から作ったものだ! この玩具達で俺は億万長者になったのよ!」


男は得意げに、そして豪快に笑った。


「どうだ店主。これだけあれば、娘にも会えるだろう」

「ふむふむ。まあ、それは娘さんの魂に聞いてみるしかないですねえ」


店長は玩具のうちの一つを両手で優しく包み込み、おでこに当てがった。目を瞑り、祈るようにして呟く。


「魂の交信」


その瞬間、床から天井に向けて風が吹き上げた。ツインテールが浮き上がる。


「うおっ! なんだあ、こりゃあ!」

「わわっ!」


テーブルがガタガタと揺れる。


「彼岸の扉、開門」


店長が目を見開くと、部屋一面に眩い光が拡散した。数秒後、光と風が止み、部屋に静寂が戻る。


「……」

「……」

「……?」


私は辺りを見回した。ところが、私達三人の他に人影は見当たらなかった。


「店長、これってどういう……?」

「あー。えーっとね」


店長は頬をぽりぽりと掻き、気まずそうな表情で言った。


「娘さん、あなたに会いたくないみたいですよお」

「えっ?!」


男を見る。一瞬驚きの表情を浮かべた後、みるみるうちに顔が曇り、やがて落胆したように項垂れた。私にとってその反応は意外だった。出会ってほんの数十分しか経っていないけど、この人の性格からして、「俺を騙したな! このインチキ野郎が!」と怒り狂ってもおかしくない。なのに、項垂れたまま動かなくなったということは……。


「いやいや、お客さん。訳ありですねえ? 問診票に、『謝りたい』と書いてありますが?」


きっと何か、秘密があるに違いない。

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