ブリキの戦士
ここは古書ネクロス。死に関する古本のみを取り扱う、外見も内見も不気味な店。
私達の住むサセーボは、イカサガン王国北部ある港町だ。国内最大規模の港には、今日も大小様々な漁船がひしめき合っている。街のどこに居たって鼻を啜れば潮の匂いがするし、海沿いを少し歩くだけで体がベタつく。そんな街だ。
溢れんばかりの人口、豊富な流通経路、絵に描いたような治安の良さ……。サセーボの経済の発展はこの先数十年約束されている。
それなのに……。それなのに……!
「全くお客さんが来ないじゃないですかー!」
街外れの路地裏に位置する悪立地とはいえ、ここまで暇なものなのか。そりゃ、本に埃が溜まるのも頷ける。
レジのカウンターに両足を乗っけながら読書に勤しんでいる店長が、「そうだねえそうだねえ。まあ、いつものことだねえ」と言ってヘラヘラ笑った。
推定身長、150cm。推定年齢、18歳。透き通るような白い肌に、黒髪のツインテール。緑のエプロンと、笑うと剥き出しになる大きな八重歯。彼女がここ古書ネクロスの店主であり、かつて魔王に仕えた七匹の災害級の魔物、通称「七災」が一人、死霊王ネクロスの実の娘。ノクターン・ネクロス。らしい。
私はアルバイトのアガタ。一ヶ月前、店長の魔法の力で心を救われ、ここで働かせてもらうようになった。私もいつか、誰かの心を救えるような人間になりたい。でも……。
「店長。人が来ないんじゃ、救うも何もないです」
私は本棚の埃をパタパタと叩き落としながら言った。
「まあまあ、暇ってのはいいことだよおアガタくん。ほら、読書も捗るしねえ」
店長は『死・生命の終わり〜魂の行末について〜』という本を大事そうに抱きしめた。彼女は死者の魂を一時的にこの世界に呼び戻す魔法を使う。そのおかげで私は死んだ弟、アルベルトともう一度会うことができた。そんな奇跡のような魔法を使えるのは、きっと彼女が死霊王の娘だからだ。魔物の娘ってことは、店長も魔物なのだろうか。いや、どこからどう見ても人間にしか見えないけど……。でも人間に化ける魔物がいるって話も聞いたことがあるし、本当はおぞましい姿をしているとか……。
「アガタ氏」
「ひぃ!」
いつの間にか店長が後ろに立っていて、私は情けない声を上げてしまった。
「にゃはははは。どうしたねどうしたね、幽霊でも見たかのような声出してえ」
あなたが気配もなく近付くからです。
「ちょっくら休憩しないかい? ミルクティでも飲みながらさあ」
店長はカップを持ち上げるジェスチャーをして八重歯を見せた。私達はカウンター裏にある奥の部屋に入ってソファに腰掛けた。
*
私がこの一ヶ月でやった仕事。埃落とし、書類の整理、古本の在庫チェック、そして、ミルクティの作り方の修行。小鍋で沸かしたお湯に、茶葉を入れる。蓋をして蒸らしてから牛乳を加えて少し待つ。火を止め、ティーカップにミルクティを注ぐ。
店長はいつも通り角砂糖を五つ落とし、スプーンでかき混ぜた後、静かに口をつけた。
「アガタ氏」
「はいっ!」
ソーサーにカップを置く。
「まだまだですなあ」
「はぁああああ」
私はテーブルに突っ伏して溜息を吐いた。もう何百回ミルクティを作ったかわからない。ただの一度も店長の「うまうま」を聞くことができずにいる。
「にゃはは。まあまあ、そう気を落とさず。たったのひと月で美味しいミルクティを注げたら誰も苦労はしませんよお」
「精進します……」
こうして話していると、魔物だとは到底思えない。私と同じ女性で、ただの人間にしか。死霊王の娘だと聞いて不安もあったけど、バイトを始めた日から今日まで恐怖を覚えたこともなければ襲われたこともない。
「それはそうとアガタ氏や」
店長が指先で髪の毛をくるくる巻く。
「あれから、心の調子はどうだい?」
いつになく真剣な眼差しだった。私はハンカチで口元を拭いた。
「おかげさまで、スッキリしてます。心のモヤモヤを解放できたような、今はそんな気持ちです」
弟が魔物に殺され、私の心はズタズタに引き裂かれた。塞ぎ込んでいた私は、スクー叔父さんの八百屋の手伝いをすることで少しずつ立ち直っていった。生きていくために、立ち直らなければならなかった。日常の中であの出来事を思い出さないよう、心に鍵を掛けて。
「そうかいそうかい。そりゃあ何よりですなあ」
「ありがとうございます」
やっぱりこんなにいい人が、魔物なわけがない。いっそのこと聞いてしまおうか。
「あの、店長って」
その時、バンッと勢いよく入り口のドアが開いた音がした。店長が「来客だねえ」と言い立ち上がる。
「私、行ってきます」
部屋から出ると、カウンターの前に小太りの男が立っていた。黒いハットに黒いタキシード、赤い蝶ネクタイ。整えられた口髭が、いかにも商人らしい。
「いらっしゃいませ!」
男は私の足元から頭のてっぺんまでを舐め回すようなじっとりとした目で見て、「メガネの嬢ちゃん。あんたがこの店の店主かい?」と偉そうな口調で言った。
「はい? 違いますが」
「店主はどこにいる。話がしたい」
人に物を聞くにしてはあまりに失礼な態度で頭に来る。でも久々のお客さんだし、丁寧に接しないと。
「店長は今休憩中でして。お目当ての本があれば、私が代わりに探しますが」
「ふんっ。本などに興味はないな。今すぐ店主を呼んできてもらおう。金ならある」
男は胸ポケットから札束を取り出し、カウンターの上に投げ捨てた。さすがに頭に来た私が言い返そうとした時、背後のドアが開き、隙間から店長がぴょこっと顔を出した。
「おやおや、お客さんですな? いらっしゃいませえ。古書ネクロスへようこそ」
「あんたが店主だな。話がしたい」
男がカウンターの内側に入ってきた。私は制止しようとして「ちょっと!」と言ったけど、私の声なんかまるで聞こえていないかのように振る舞われた。
「アガタ氏。構いませんよ。どうせ暇ですしねえ。それに、久々のお客様です。ささ、どうぞ奥へいらしてください。とっておきのミルクティをお出ししましょう」
男はズカズカと奥の部屋に入っていった。私は怒りを鎮めるために一度深呼吸をしてから、男に続いて部屋に入った。
*
私は店長の横に腰掛けた。小太りの男は私達の対面で大股を広げて座っている。
ミルクティを振る舞った後、店長が口を開いた。
「それでそれでえ、今日はどんなご用件でいらしたのですかな?」
「単刀直入に言う」
男は足元にある大きなケースをテーブルにドカッと置き、開いた。中には溢れんばかりの札束が入っていた。
「死んだ娘に会わせてくれ。金ならある」
札束がボトボトとケースから落ちた。
「俺は東の都ムサシからやってきた商人、オズワルドだ。ある物を売りながら世界中旅してきた。行く先々で生活を送っていると、あらゆる噂を耳にするんだ。たった一人で無敵の鉄の国を作り上げた男の話。世界を裏で操る褐色肌のキューリュー人の話。そして」
男は一息ついて、言った。
「死者を蘇らせることができる魔法使いの話」
私は横を見た。店長は表情ひとつ変えず、黙って男の目を見つめている。
「あんたがそうなんだろう? 商人の情報筋と嗅覚を舐めちゃいけねえ。金ならいくらでもあるぞ。このケースの分で足りなければ、白紙の小切手を渡そう。娘に会わせてくれるならな」
男は前のめりになり、店長を睨みつけた。
しばらく続いた無音の時間を破ったのは店長だった。
「にゃはは。ムサシの国とはお懐かしい。カゲの奴は元気かなあ」
「店長?」
男がさらに前のめりになり、「あんた、ムサシに行ったことがあんのかい」と言った。
「いやいや、これは失礼。昔の話でございやす」
店長はテーブルの上の札束を手に取った。
「オズワルドさんのおっしゃる通り、私が噂の魔法使いです」
「やはりか?! 俺の勘は間違っちゃいなかった!」
「噂ってのは一体、どこから漏れ出すんですかねえ」と札束を叩きながらニヤける。
「娘さんに会わせて差し上げます。ただし、三つの条件を飲めれば、です」
店長は天井に向けて人差し指を立てた。
「条件その一、会いたい人との思い出の品を持ってくること」
続けて中指を。
「条件その二、そもそも私の魔法は死者を蘇らせるのではなく、一時的に魂を呼び戻すだけです。そして、その機会はたった一度きり。今日呼び戻してしまったら、二度とお会いすることはできません。それでもよろしければ、です」
最後に薬指。
「条件その三、魂をこの世界に抑留できる時間は最長で1時間。そして、1分につき10万ゴールドです」
引き出しから契約書と問診票を取り出し、テーブルに置く。
「これらの条件を飲んでいただきましたら、こちらの書類にサインを」
男は書類を見つめたまま動かない。怯えているのではない。恐らく、頭の中で条件と書類の内容を整理しているのだ。
そもそも、条件二と三は別として、条件その一、思い出の品については持っていない可能性がある。私は偶然肌身離さず持ち歩いていたからよかったが、ない場合は魂を呼び戻すことはできない。
「たった一度、か」
男は反り返り、天井を見上げた。
「頼む。やってくれ」
「あいよう! 承りましたっ! アガタ氏! テーブルの上を片付けとくれい!」
「はっ、はい!」
私は立ち上がり、テーブルの上のカップを急いで片付けた。
*
男は二枚の書類を記入し終え、どちらも店長に手渡した。
「条件その二については了承した。条件その三についてだが、最長の1時間。つまり600万ゴールドをこの場で支払う。そして最後に、条件その一だが」
男は足元に置いてあるもうひとつのケースをテーブルに置いた。
「思い出の品は、これだ」
ケースを開く。
「こっ、これって」
中には、大量のブリキの玩具が入っていた。
「俺は玩具商人オズワルド。別名、ブリキのオズワルドだ」
「これも……これも、これも! 全部うちの家にもありました! 弟が大好きで!」
ケースから出てきた玩具はどれも弟のアルベルトが遊んでいたものだった。
「はーっはっはっは! そうだろう! 俺の玩具は世界中に広まっている大人気商品だからな! 全て俺が一から作ったものだ! この玩具達で俺は億万長者になったのよ!」
男は得意げに、そして豪快に笑った。
「どうだ店主。これだけあれば、娘にも会えるだろう」
「ふむふむ。まあ、それは娘さんの魂に聞いてみるしかないですねえ」
店長は玩具のうちの一つを両手で優しく包み込み、おでこに当てがった。目を瞑り、祈るようにして呟く。
「魂の交信」
その瞬間、床から天井に向けて風が吹き上げた。ツインテールが浮き上がる。
「うおっ! なんだあ、こりゃあ!」
「わわっ!」
テーブルがガタガタと揺れる。
「彼岸の扉、開門」
店長が目を見開くと、部屋一面に眩い光が拡散した。数秒後、光と風が止み、部屋に静寂が戻る。
「……」
「……」
「……?」
私は辺りを見回した。ところが、私達三人の他に人影は見当たらなかった。
「店長、これってどういう……?」
「あー。えーっとね」
店長は頬をぽりぽりと掻き、気まずそうな表情で言った。
「娘さん、あなたに会いたくないみたいですよお」
「えっ?!」
男を見る。一瞬驚きの表情を浮かべた後、みるみるうちに顔が曇り、やがて落胆したように項垂れた。私にとってその反応は意外だった。出会ってほんの数十分しか経っていないけど、この人の性格からして、「俺を騙したな! このインチキ野郎が!」と怒り狂ってもおかしくない。なのに、項垂れたまま動かなくなったということは……。
「いやいや、お客さん。訳ありですねえ? 問診票に、『謝りたい』と書いてありますが?」
きっと何か、秘密があるに違いない。
*
男はミルクティを啜り、カチャリと音を立ててソーサーに乗せた後、静かに語り出した。
「20年前の話だ」
725年。俺はムサシの国を守る戦士として魔物との戦いに明け暮れていた。そんな中、キューリュー大陸の勇者レオンが魔王討伐に成功したとの報告が上がった。報告の通り、それから国を襲う魔物達の数は徐々に減っていき、平和が訪れた。まあそれも仮初だったがな。
同じ年に娘、リーサが生まれた。宝石のように輝く目をした、可愛らしい女の子だった。俺は戦士を引退し、酒場の経営を始めてリーサのために働いた。
リーサが5歳の誕生日に、俺は思いつきでブリキの玩具を作って渡したんだ。戦士の形をした、お世辞にもかっこいいとは言えねえ、不細工な玩具だった。大層喜んでくれてな。俺の作ったブリキの戦士で毎日のように遊んでいたよ。
お前達も知る通り、魔物の数が減ってから、今度は世界中で人間同士の戦争が始まった。資源の奪い合いさ。ムサシも例外じゃなかった。あちこちの国から攻め入ってくる人間どもを相手に、戦士達が戦い続ける。リーサだけじゃない。国中の子供達が怯え上がり、やがて笑顔を失った。
俺は考えた。どうにかしてもう一度リーサや子供達に笑顔を取り戻せないかってな。ある時、閃いたんだ。玩具だ。リーサを笑顔にしたこのブリキの戦士の玩具を国中に広めれば、こんな世の中でも子供達は楽しんでくれるんじゃないかって。
俺はそれから酒場を閉め、玩具屋を開いた。結果は上々。たったの数年で、俺の作ったブリキの玩具達は国中に広まり、子供達は笑顔を取り戻した。その時、俺は思ったんだ。ああ、これが俺の役割なんだ。人間同士で争い合うこんな醜い世の中に、みんなの笑顔を咲かせる。
やる気に満ちた俺は危険を顧みず、ブリキの玩具を世界に広めることにした。当時10歳だったリーサの命を危険に晒すわけにはいかない。俺はリーサを置いて、国を出た。735年のことだ。
「ほおほお! 735年とな! それは世界平和のため、私が仲間と共に旅を始めたのと同じ年ですよお」
「店長、それ本当ですか……? 735年って今から10年前だから、まだ8歳くらいじゃ」
「ふっふっふ。まあまあ、昔の話でございやす。さあさあ、続けてくださいな」
「よくわかんねえが、続けるぞ」
俺は武器を片手に、世界各地を回って商売をした。玩具を売っては国を移り、売っては国を移っていった。5年が経ち、俺がここミミズク大陸を旅していた時のことだ。妻から電報が届いた。それは、娘の訃報だった。まだ15歳だった。
リーサは俺に会うため、ムサシを出てこの大陸に向かう道中、魔物の群れに襲われて死んだ。俺が……俺がこんな遠くまで旅をしていなければ。俺が玩具なんか売らずに、リーサのそばに居てやれば。悔やんでも悔やみきれなかった。失意の中、俺はこの5年、国にも戻らずフラフラと各地を旅していた。
ある夜のことだ。酒場で酒を煽り、酔い潰れかけていたその時、妙な噂を耳にした。
「それが、店長の」
「ああ。死者を蘇らせることのできる魔法使いがいるって話さ」
ヤケクソだった。そんな奴いるはずがねえ。単なる噂話だってこともわかってる。それでも探さざるを得なかった。リーサに謝りたい。その気持ちでいっぱいだった。謝ることもできず、このまま野垂れ死ぬわけにはいかねえ。
「それから俺は情報を集め、やがてこのイカサガン王国サセーボに辿り着き、あんたを見つけた」
男は床に手をつき、頭を擦り付けた。
「頼むっ! この通りだ! あの子に……リーサに会わせてくれ!」
店長は髪の毛をくるくる巻き、「うーん」と唸り声を上げた。
「その気持ちは山々ですけどねえ。娘さんが会いたくないって言ってるからねえ」
「理由は……会いたくねえ理由はなんなんだ?! やっぱり、俺を恨んでいるからなのか?! 理由だけでも聞くことはできねえか?!」
「店長……」
私は店長の横顔を見つめた。
「できないこともないけどねえ」
「本当か?! 頼む! 金ならいくらでも出す!」
男の必死の訴えに、私はこの店で働き始めた理由を思い出した。そうだ。私は、誰かの心を救いたいんだ。
「私からも、お願いします!」
頭を下げる。
「メガネの嬢ちゃん……」
「はあ、仕方がないですねえ。会うつもりのない魂と交信するのは、至極体力を消耗するので極力やりたくはないんですが」
店長は再びブリキの玩具を握り締めた。
「魂の交信っ」
床から風が吹き上げ、ツインテールが浮き上がり、目を瞑ったまま話し出す。
「私はノクターン。うん。うん。リーサ。あなたと話がしたい。うん。理由が。うん。ああ。そうだね。うん。なるほどなるほど。それはそうだね。うんうん。わかった。ありがとうねえ」
風が止む。店長は切らした息を整え、やがて話し始めた。
「オズワルドさん。娘さんからするとね、あんたは何もわかっちゃいないってさ」
「何も……わかっちゃいないだと……?」
男は俯き、ポタポタと涙を流した。
「そうか……そうだよなあ。謝って済む話じゃねえんだ。あの子が俺を許すはずもねえ。国を出る時、あの子の制止を振り切って出てったんだからな。うっ……ふぐう……。金なんか、金なんかいくらあったって意味はねえ……。こんなもんがあったところで、リーサに会えなけりゃあ……ぐっ……ふぐうっ……」
それからしばらく、男は泣き続けた。私はただ震える肩を見つめることしかできずにいた。
*
「邪魔したな」
男は二つのケースを手に持ち、ドアの前に立った。
「いえいえ。私は何もしておりませんで」
「……」
「メガネの嬢ちゃん」
「……はい」
目を腫らした男が笑顔で言う。
「俺の玩具で遊んでくれて、ありがとな。弟くんによろしく伝えておいてくれ」
「……はい。もちろんです」
ドアを開け、男が出ていく。その背中はどこか寂しげで、悔しげで。
本当に。本当にこれでいいのだろうか。私に、何かできることはないのだろうか。
私は部屋から飛び出し、本棚を通り過ぎる男を呼び止めた。
「あのっ! オズワルドさん!」
「ん?」
「あの……考え直してみませんか?」
リーサさんは、オズワルドさんのことを恨んでいるのだろうか。わかってないって、何かわけがあるのではないだろうか。
「考え直す?」
「リーサさんが会ってくれない理由です! オズワルドさんは、リーサさんが自分のことを恨んでいるって決めつけていませんか? 何か別にわけがあるのかもしれません!」
声が震える。私のしていることは、正しいことなのだろうか。
「私の弟は、あなたの作ったブリキの戦士に夢中でした。リーサさんと同じく、夢中で遊んでいました。笑顔で、毎日のように」
自信はない。確信もない。それでも。
「もし私がリーサさんだったら、世界中に笑顔を咲かせたあなたのことを、誇らしく思うはずです! いえ、絶対誇らしく思っています!」
「リーサが……俺を、誇らしく思っている……? そんな馬鹿な話」
その瞬間、部屋一面に眩い光が拡散した。あまりの眩しさに目を閉じる。
「うおおっ」
「わっ!」
光が消える。
「お父さん」
オズワルドさんの背後に、宝石のように輝く目をした女性が立っていた。
「リーサ……ああ……」
ケースを床に落とし、一歩、また一歩と足を進める。
「リーサァ!」
オズワルドさんは彼女を抱き締めようとし、すり抜けて床に倒れ込んだ。
「お父さん! 大丈夫?!」
「リーサ! ごめん……ごめんなあ! お父さんがそばに居れば、お前のことを守ってやれたのにっ! うう……うわあああ!」
嗚咽が店内に響く。泣き崩れたオズワルドさんの背中に、彼女は静かに手を置いた。
「お父さん。あのね。このメガネの女性の言う通りなの」
リーサさんは私を見て微笑んだ。
「私、お父さんのこと、心底尊敬してたのよ。世界中で大ヒットしたブリキの戦士も、他の玩具も、全部私のお父さんが作った物なんだって。誇らしかった。確かにいなくなっちゃった時は寂しかったけど、恨んじゃいないわ」
「それでも……俺はあのまま、国に留まっておくべきだった! 金なんて稼いでも、どれだけ玩具を流通させても、お前がいなければ意味なんてないんだ」
リーサさんは膝を折り、オズワルドさんを優しく抱き締めた。触れられてはいない。でも確かに重なり合っている。
「そんなこと言わないで。お父さんはね、世界に笑顔を咲かせた、私にとって最高の戦士なのよ。そしてそれはこれから先も変わらない。これからもずっと、ブリキの玩具をたくさんの子供達に届けてあげて」
しばらくの間、オズワルドさんは泣き続け、彼女は背中をさすり続けた。
*
店先には馬車が停まっていた。
「邪魔したな。そして、感謝する。娘に会わせてくれたこと。というかあんた、一体何もんだ? この店の名前もそうだが、死霊王と関係があんのか?」
「ふっふっふ。よくぞお聞きなさった。私はかつて魔王の手先として世界を恐怖のどん底に陥れた七災が一人、死霊王ネクロスの娘ですよお」
背筋が凍った。いくら他言無用とはいえ、魔物被害者の親族にそれをバラすのはまずいのでは。私が言えることではないけれど。
「はっ! なに冗談言ってやがる。魔物には分裂や分身はできても生殖機能はねえ。娘がいるわけねえだろう。元戦士の知識舐めんなよ」
そうなのか。じゃあ一体、店長は何者? 死霊王の娘っていうのは嘘?
「にゃはははは」
「全く」と言いながら、オズワルドさんが馬車に乗り込む。
「メガネの嬢ちゃん」
「はい」
「ありがとな。あんたのおかげでリーサの気持ちに気付くことができた。この恩は一生忘れねえ。俺にできることがあったら何でも言ってくれ。そん時は力になる」
「はいっ! ありがとうございます!」
「それはそうと、オズワルド氏や」
店長が呼び止めた。
「ん? なんだ?」
「お支払い、済んでませんけど」
「あっ」
どこからか突風が吹き、馬がヒヒンッと鳴き声を上げた。
「リーサさんに会いたくない理由を伺った時間1分、リーサさんの魂がこの世界に戻っていた時間60分。合計61分で610万ゴールドのお支払いとなりやす」
「あっ……ああ、610万ゴールドね。もっ、もちろん支払うつもりだったさ。ちょっと待ってな」
オズワルドさんは馬車から降りてケースを開き、せっせと札束を地面に積み上げていった。
*
馬車が去った後、私達は店を閉め、店長が注いだミルクティを飲んだ。
「うまうま」
私には一つ、確かめたいことがあった。
「店長」
「んん? なんだねアガタ氏」
「店長は、最初からわかっていたんじゃないですか? リーサさんがオズワルドさんに会いたがらなかったわけを」
店長はいつものように髪の毛をくるくる巻き、首を傾げた。
リーサさんと魂の交信をした後、オズワルドさんには「何もわかっていない」とだけ伝えたけど、きっとリーサさんは店長に全てを伝えたはずだ。その上で、店長は言わなかった。
「さあ、それはどうですかねえ」
「はぐらかさないで教えてくださいよぉ」
「まあまあ、これだけは言えます」
ミルクティを啜る。
「自分で気付くこと以上に、大事なことはありません。そして彼は気付いた。きっかけを与えたのは、他でもないアガタ氏。あなたです」
心臓が大きく脈を打ち、体がポカポカと温まる感じがした。
「あなたは今日、誰かの心を救ったのかもしれませんねえ。微力ながらも」
にゃははははと、八重歯を剥き出しにして店長が笑った。
私はもっと、強くなりたい。強くなって、もっと大勢の人々の心を救いたい。テーブルに置かれたこのブリキの戦士みたいに、世界中に笑顔を咲かせられるような、そんな人間に。




