第6話 揺らぎの始まり
村の騒ぎは深夜になってようやく落ち着いた。
倒れたボアたちは外へ運び出され、冒険者たちは交代で見張りにつく。
ハルは広場の端で、ひとりメイスを握りしめていた。
(……魔獣の記憶が流れてきた?)
倒れたボアに触れた瞬間、
頭の奥に押し寄せてきた“あの景色”。
草原。
家族。
穏やかな時間。
そして、耳を切り取られた亡骸。
(先に奪ったのは……人間側だ)
その事実が胸の底に重く沈む。
「おい、そこの兄ちゃん。ぼーっとしてないで手伝ってくれ」
同じ冒険者が声をかけてきた。
仲間というほど近くはない。ただの同業者だ。
「……ああ」
ハルは短く返す。
「明日も来るかもしれねえ。
来たら叩き潰すだけだ。気を抜くなよ」
その言葉に、ハルの胸がざわついた。
(叩き潰す……か)
自分が倒したボアの呼吸は弱かった。
致命傷を与えたのは、他でもない自分だ。
だが――
あの記憶を見てしまった今、
「魔獣だから」と割り切ることはできなかった。
(もし……明日また来たら?)
ボアたちは怒りで突っ込んでくるだろう。
だが結果は同じ。
一方的に殺されるだけだ。
(どうにか……回避できないのか)
助けたいわけじゃない。
ただ、無意味な殺し合いを避けたい。
それだけだ。
だが、どうすればいいのかはわからない。
***
その頃、森の奥では。
村から戻った仲間の数を見て、
兄ボアの胸に怒りと悲しみが混ざり合っていた。
「ブヒィ……」
短い鳴き声に、群れの長が応じる。
「ブオォ……」
“今は動くな”
“焦るな”
兄ボアは地面を掘り返すように前足を踏みしめた。
(……奪われたのは俺たちだ)
家族も、仲間も、耳も。
人間は奪うだけだ。
兄ボアは夜空を見上げた。
星の光が揺れている。
(明日……必ず取り返す)
その決意だけが、兄ボアを支えていた。
夜明け前の森は静かだった。
だがその静けさの裏で、
人間と魔獣の均衡は確実に揺らぎ始めていた。




