第15話 停戦
兄ボアが走り、
その背でゴブリン長が槍を構える。
「どうすれば……!」
ハルはメイスを構え直し、
迫る二つの影を正面から受けた。
ゴブリン長の槍が突き出される。
ガンッ!
ハルは斜めに受け流し、
すぐに体を回転させて二撃目に備える。
兄ボアが横を走り抜け、
その動きがゴブリン長の踏み込みを加速させる。
「はあっ!」
ガンッ!
三撃目。
ハルはメイスの柄で槍を押し返し、
距離をわずかに取る。
(速い……!
でも、まだ……)
ゴブリン長が舌打ちする。
「しぶといな、回復役のくせに」
兄ボアが走り、
ゴブリン長が槍を振り下ろす。
ガンッ!
火花が散る。
だが――
(足が……)
湿った落ち葉を踏んだ瞬間、
ハルの足がわずかに滑った。
ほんの一瞬。
だが戦場では致命的な隙。
ゴブリン長の目が鋭く細まる。
「待ってたぜ、この瞬間を」
兄ボアが走り位置を変え、
ゴブリン長の視界が一気に開けた。
弓師への射線が通る。
ゴブリン長は、
第一偵察隊が落とした装備品――
人間製のダガーを抜き放つ。
「終わりだ」
ダガーが弓師へ一直線に飛ぶ。
「っ……!」
剣士が咄嗟に剣を振り抜き、
刃で弾いた――が、重い。
ギィンッ!
剣の側面が欠け、
金属片が飛び散った。
ゴブリン長がニヤリと笑う。
「やっぱりいい武器だな、人間のはよ」
その瞬間だった。
ハルが、突然叫んだ。
「――ラグナ! ミーナ! トロア! ユナ!」
戦場の空気が止まった。
ゴブリン長が眉をひそめる。
「何言ってんだ?
最後にお別れの挨拶か?」
だが、兄ボアだけは違った。
走る足が止まり、
その巨体がわずかに震えた。
「……待て」
兄ボアの声は低く、
しかし確かに揺れていた。
「どこで……その名前を聞いた?」
ハルは息を荒げながら、
メイスを構えたまま兄ボアを見据える。
「見たんだ……
村を襲ったボアの記憶を」
兄ボアの瞳が大きく揺れた。
「記憶……?
俺たちの……?」
ゴブリン長が鼻で笑う。
「は? 何の話だよ。
おい兄ボア、惑わされんな。
こいつはただの――」
兄ボアが遮った。
「黙れ」
その声は、
今まで聞いたどの唸り声とも違った。
怒りでも、敵意でもない。
“確かめたい”という、
揺れる感情そのものだった。
ハルは続ける。
「冒険者たちが先に、あなたの父親や母親を…
兄弟は必死に隠れていたが……
最後に討伐の証拠に…」
兄ボアの呼吸が荒くなる。
「やめろ……
それ以上言うな……!」
ゴブリン長が苛立ったように叫ぶ。
「おい兄ボア! 何やってんだ!
今は戦いの最中だろうが!」
だが兄ボアは動かない。
ハルを見ている。
ハルもまた、兄ボアを見ている。
戦場の中心で、
二人だけが別の時間を生きていた。
その静寂を破ったのは――
ゴブリンたちの弓の軋む音だった。
キィ……ッ。
「兄ボア、動かねえなら撃つぞ!」
ゴブリン長の怒号。
兄ボアは、
ゆっくりとゴブリン長の方へ顔を向けた。
その瞳には、
これまで一度も見せたことのない色が宿っていた。
「……撃つな」
ゴブリン長が目を見開く。
「は?」
兄ボアは、
ハルとゴブリン長の間に立った。
「撃つなと言った」




