第10話 残された矢
第二偵察隊は、森の奥へと静かに進んでいた。
風向きが変わるたびに、血の匂いが濃くなる。
(……間違いない。第一偵察隊に何かがあった)
胸の奥がざわつく。
だが、まだ確信には至らない。
***
しばらく進むと、
森の雰囲気が明らかに変わった。
地面には踏み荒らされた跡が広がり、
土がえぐれ、草が押しつぶされ、木の根が露出している。
「争った跡……だな」
誰かが低くつぶやく。
ハルは周囲を見渡した。
(血の匂いが……強い)
だが――
**人間の遺体はどこにもない。**
代わりに、倒れたボアが一頭だけ横たわっていた。
顔には一本の矢が深く突き刺さっている。
その矢を見た瞬間、ハルは息を呑んだ。
「……作りがしっかりしてる」
森の魔物が使うような粗雑な矢ではない。
矢羽根の揃い方、軸の真っ直ぐさ、金属の質。
「冒険者が使う矢だ」
誰かがそう言った。
(じゃあ……第一偵察隊はここで戦った)
だが、血の量に対して死骸が少なすぎる。
「……おかしい」
「これだけ血があるなら、もっと遺体があってもいいはずだ」
空気が一瞬だけ重くなる。
ハルは森の奥を見つめた。
(……冒険者がボアに負けた?
いや……“連れていかれた”のか)
胸の奥が冷たくなる。
***
その頃、森のさらに奥では。
兄ボアは、ゴブリンたちの集落近くにいた。
複数のゴブリンが、
ボアの背にまたがったまま戻ってくる。
その背には、
人間の装備が括りつけられていた。
血のついた布、短剣、弓矢、剣。
さらに――
第一偵察隊の遺体が、
ゴブリンたちによって引きずられていた。
兄ボアはそれを見て、静かに鼻を鳴らす。
(……この装備があれば、もう一つの隊も楽に倒せる)
ゴブリンの長が短く鳴き、
部下たちが動き出す。
遺体を森の奥へ続く道に配置し、
血の跡をわざと残す。
**“誘い込むために”**
配置が終わると、
ゴブリンたちは再びボアの背に飛び乗った。
「ギギッ」
短い合図とともに、
ボアたちが散開し、森の影へ消えていく。
森は静かに罠を閉じ始めていた。




