第四十七話 蛇の道は蛇③
「交渉はうまくいったようですね?」
矢島は江森が持っている二つのケースを見ながら労った。
「お陰さまで。全てはこの罪と罰の館があるからです」
江森は金のフレームのメガネをかけ直すと、シルクハットを受け取ってかぶった。
それからケースの一つから紙幣の束を二つ取り出し、場所代として差し出した。
矢島はやや驚き、鉤鼻をヒクヒクさせた。
「少し多いのではないですか?」
「私の気持ちです。矢島さんには、これまでも数え切れないほどお世話になってますので」
「そういうことなら、遠慮なく」
矢島が両手でそれを受け取ると、江森はさらに言った。
「それにしても、矢島さんは本当に律儀な方ですね? 会員以外の利用は絶対に許可しない。しかも、金で釣られることもない。その徹底ぶりが、私たちの安心感にもつながっています」
「そう言っていただけると嬉しい限りです。一応、それが私なりの経営哲学でもありますので」
「ほう、経営哲学ですか? もし差し支えがないようなら、ぜひ聞いてみたいのですが?」
「いえいえ、たいしたものではありませんので、わざわざ他人様に言うなどおこがましいばかりです」
「いやいや、謙遜されるとは、なおさら知りたくなってきました」
江森が引かないので、矢島はやむを得ず言った。
「以前、痛い思いをしたことがありまして、その時のことが活かされているというだけです」
「と、言いますと?」
「今のような新参の客の見せ金に乗せられて、散々な経験をしたことがあるのです。ですが、そのおかげで勉強になりました。要は、急がば回れ、ということです。目先の利益に飛びつくよりも、地道に誠意をもって商いをしていれば、いつか必ず回り回って返ってくる。江森さんとこうしてビジネスができるようになったように」
「なるほど、そういうことでしたか。やはり、うまい話には落とし穴があるということですね? ですが、幸運なのは私のほうこそです。矢島さんと出会えたのですから。その上で、今回のヒサキソウの件です。これまでのどんな薬物よりも刺激的なので、私の妻は毎日イキイキしてます。本当にありがとうございました」
「蛇の道は蛇ですよ。ここは裏の世界の取引場ですから、いろんな情報が入ってきます」
「またいい情報があったらぜひ教えてください」
「分かりました」
◇ ◇ ◇
罪と罰の館を出た江森は、店の地下にある会員専用の個室ガレージに行った。
そこには大きなヘッドライトが特徴的なワイン色のクラシックカーがとめられていた。
それが江森が日常的に使用している車だった。
さらには、隅の方に店の所有する中型のバンがあり、会員は自由に使うことができた。
そして江森は愛車のクラシックカーに乗り込むと、開いたシャッターをくぐって走り去った。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
“何となくいい感じ”と思われましたら、広告の下にある「ブックマーク」と「☆☆☆☆☆」のポイント評価をいただけると嬉しいです^^
これからも、皆さまに楽しんでいただける作品を作っていきますので、よろしくお願いしますm(_ _)m