おまけ。夏祭り
「おっ!和牛ステーキの串焼き!」
「むっ!おおだこのたこ焼き!」
「あっ!!オム焼きそば!」
「はっ!塩豆!」
「・・・さくら、腹、壊すぞ」
「何を言ってるのよ龍ちゃん!まだお祭りの半分も楽しんで無いよっ!」
俺の手には数本の串と空のプラスチック容器数個が、半透明なビニール袋に押し込められてぶら下がっている。半分は俺だが残りの半分は間違いなくさくらの分だ。
そして、真剣な顔で見上げて来る彼女の手には大きな紙コップ。
その中身はコーラと言う純然たる清涼飲料なのだが、麦とホップが原料の黄金色の発泡飲料では無いかと勘違いしそうだ。
生憎と今日は車だから同じ物だが、そうじゃないなら間違いなく後者を片手に食べそうな物ばかりだ。
「はぁ・・・次は何だ」
「次? んーーーつーぎぃーはーーー!あれっ!射的ーーー!」
俺の恋人は瞳をきらきらさせて、目的の店へと駆けて行く。
ゆかたのスソが翻っても気にしない。
赤い鼻緒の下駄で上手に走るのには少々呆れるが。
そんな子供っぽい行動と反して、ゆかた姿のさくらは大人の色気がある
淡く黄味を混ぜた白地のゆかたには、小さなくし型のスイカと渦巻の蚊取り線香、そして更に小さな蛍が淡い色彩で描かれている。
それに合わせた帯は緑色。蚊取り線香の色と良く似たくすんだ緑色だ。
緩く結い上げた髪の髪飾りや下駄の鼻緒など、所々に赤い色を入れているが、それでも10代の女性が選ぶには落ち着き過ぎているのではないだろうか。
その地味なゆかたの所為なのか、緩く結い上げた髪から覗く細いうなじの所為なのか。
邪な事を考えていた俺は、さくらの元へ辿り着くまで何人かとぶつかってしまい、些か時間がかかってしまった。
「大きいヤツだな」
彼女の手には緑色した大きな怪獣のぬいぐるみが抱き締められている。
射的で落とした景品だと思われるが、どうやったら落とせるのかと少々不思議に思う。
「・・・あのね」
ぽつりと呟いた言葉が続かない。
どうしたのかと思い彼女を見れば、俺では無い何処かをぼんやりと見つめている。
「前にね、下條さんの家でね、龍ちゃんに会ったなって。
下條さんも龍ちゃんも着物姿で、絵になるなーって思って見惚れたのを思い出したの。
それなのに、あの好い雰囲気を自分がぶち壊したなーって。
下條さんにも、龍ちゃんにも、悪いことしたのかなーって。」
さくらの言葉に耳を傾けながら、彼女の視線の先を探してみる。
其処には、さっきぶつかった水色の髪の女性が見えた。
「・・・俺の隣はさくらと決まっている。今までも、これからも、だ。」
ぬいぐるみを抱えていた一方の手を取り少しだけ力を入れて握った時、焦点を失っていた瞳が揺らぎ自分の瞳を見つめ返してくる。そして同時に彼女の白い頬が見る間に桃色に染まっていき、「うん。」と小さく頷く姿にほっとする。
そのまま手を繋いで露店を見て歩く、が先程までの元気が無い。
「何か、気になるのか」
「んー? んー。 あの時、もしかして、下條さんと、お付き合い、してた? 」
首を傾けながら見上げる顔には好奇心が見て取れる。
「それは無い」
「ふーん。即答だねぇ」
くすくすと笑う彼女に手を引かれて連れて行かれたのは、青い鳥を手に呼び込みをしている飴細工の露店だった。
『 ヒロイン 』
あの時、下條が呟いた言葉は今更思っても良く分からない。
下駄の鼻緒が切れて困っているさくらを見つけ「道明寺さんを支えて下さい」と俺に頼む前に小さく、とても小さく呟いた言葉だ。
あの日は休日だったが、弓道部の指導(大会前の特別指導)をした帰りに校舎裏の駐車場で下條と出くわした。
普段であれば正門前に迎えの車が来るのだが、何かしらの事情があってタクシーで帰るらしい。
タクシー乗り場が駐車場に隣接しているから、見て見ぬ振りをする訳にもいかず声を掛けて送って行く事にした。
俺の妹が下條と仲良くしている事も知っているし、陸上大会での事もあってあの頃は良く話をするようになっていた。
そうして下條の家に送って行ったら、何故か待ち構えていた彼女の父親から無理やり家に上げられ、着物を着せられてカメラの前に座る事となる。
何でも雑誌の取材で『男子茶道』とやらの特集を組むらしく、どうしても来られなくなった弟子の身代わりを頼まれたのである。
俺以外にあの場に居たのは大学生が2人と社会人の2人。
4人は顔見知りらしいが、仲が良いという感じもしない。
しかしこの4人、俺に敵意を向けてくるのは一緒だった。
初めこそ不思議だったが、暫く見ていればその原因が下條であると見て取れる。
俺は所詮欠員分の補充に過ぎない。
だから、下條の父親と弟子達と共に行動をする事もなく、縁側でのんびりと寛いでいた。
そして茶器を挟んだ隣には下條が座り、他愛もない話をして庭を眺める。
下條が俺の器に茶を注ぎ足す、と背後で小さな溜息がこぼれる。
下條が小さな笑声を上げれば、少し遅れて咳ばらいが聞こえる。
更に、下條が俺の肩に触れた時、背後でガタリと何かが落ちる音がする。
俺は、笑い出しそうになるのを必死に堪えた。
下條が笑ったのは、俺の友人であり下條の担任の袴田聡の話であるし、肩に触れたのは単に糸くずを取ってくれただけの事なのだ。
その内、向こうの誰かが「喉が渇いた」という一言から休憩する事になり、下條が家人の1人を伴って茶の準備を始め出したら、彼らは途端に上機嫌で下條を構い始めたのである。
彼女は人気があるんだな。
その様子が別の誰かを思い出させてしまい、若干苛立ちを感じた頃―――多分五分と掛かっていなかったのでは無いだろうか―――に下條は縁側へと戻って来た。
まだ残暑が残る日だったので、用意されたのは冷たい緑茶であったらしい。
俺に気を遣わなくて良いぞと言ってみたが、にこりと笑っただけで其処を動かなかった。
下條の好意には気づいていた。
正直に言えば悪い気はしなかった。
じゃあ嬉しいかと聞かれたら ・・・ 嬉しいとも言いきれないのがあの時の自分だろう。
// ブーン ブーン //
帯に挟んだ携帯が震え出し、新着メールを知らせた。
多少の期待と多くの諦めから確認すれば、袴田聡などと言うヤツからの大して中身の無いメールだった。
休憩が終わり、最初に俺のインタビューや写真撮影。
後はする事が無いらしいので早々に退散する事に。
いい加減、下條を彼らに返さないと面倒事になりそうだ。
しかし下條は「お話したい事があるんです」と言って、俺の前を歩き出したのである。
目の前には水色の三つ編みから覗く白いうなじ。
なで肩で丸みを帯びた背中。
たまに振り向いては恥ずかしそうに頬を朱に染める小さな顔。
参ったな。
今までは感じられなかった「色気」というものに中てられそうだ。
結局何もしゃべらないまま長い廊下を歩いた。
そして自慢の庭なのだと嬉しそうに話した頃には、目の前一面に紫色のりんどうの花が咲いていた。
そして、そのりんどうの花の中に、場違いに陽気なひまわりが一本咲いていたのである。
あの時は夢を見ているのかと思った。
紫色の花の中から黄色いひまわり、に見えた黄土色の着物を着たさくらが一本足でぴょんぴょんと跳ねて来るのだ。
俺の目の前で止まったかと思えば、さらりと愛の告白である。
あの時は流石にボー然としたな。
「龍ちゃん、龍ちゃん? どうしたの? 飴細工に興味があるの?」
さくらにバシバシと腕を叩かれて現実に戻された。
「眉間に皺作って飴細工を睨むなんて・・・はっ!もしかしてあの技術を盗もうとしてたの?おじさんに弟子入りする?」
露店の中では赤色の飴を握りばさみ一つで形作るおやじが顔を引き攣らせている。
そのおやじの手の中にはアンパンの顔をしたヒーローが片手を上げて笑っていた。
「あのアニメが始まった頃、あんぱんが好きだったのに食えなくなったんだ。俺がこのあんぱんを食べたが為に彼の顔が用意出来なくなったら困るだろうと思ってな。」
「りゅ、龍ちゃん! 何それ可愛いーーー!」
そう言うなりさくらは、露店のおやじから出来立ての飴細工を買い取っていた。
今まで忘れていたが、あの時下條が話したかった事は何だったんだろうな。
俺もあの後直ぐに帰ってしまったから、申し訳ない事をしたと思う。
翌日からの出張、そしてさくらからの衝撃な告白で、俺は暫くの間頭の中が混乱していたのだと思う。
あれ以来下條と会う事がめっきり減り、話をする事も無くなって忘れていた。
ヒュルヒュルヒュル~~ ドーーーン!
大きな音から僅かに遅れて夜空に大きな花が咲いた。
「あっ! 花火が始まったよ! 」
いつも通りに戻った彼女の手が俺の手を掴む。
その手に引かれて歩くのも、悪くない。
end
龍太郎君、実は撫子ちゃんにさくらと同じ匂いを感じていたらしい。10代なのに大人っぽい雰囲気とかいろいろ。
でも、俺はロリコンじゃないぞ(多分?)みたいな感じでそれなりに思い悩んでいたらしい。
今までの女性関係を思い出してみても同年代ばかりだし、10代の女性で気になるのはさくらだけだったのだ。
「俺、まじで変態なのか?」
一時、思い悩んだのは本当らしい。
*15話茶事参照




