7話 英雄の名①
仕切り直しの『お忍び』は予定通りあの日から十日後。早朝、続き間の壊れた扉がノックされ、
「十分後に出られるか?」
「十分後!?」
あのね、私は今王弟妃なの。前世で髪振り乱して魔術ぶっ放してた魔術師じゃないの。十分で準備って……!
(やるけど!? やるけどね!?)
慌てて魔術で隠していた平民服をベッドの下から取り出し、長い髪を梳かしていつもより高く結ぶ。こんなバタバタした出発は前世以来だ。
「お待たせしましたっ!」
「しっ」
指を唇に当て、エイデンは扉の方に視線を向けている。従者や護衛達の気配を探っているようだ。
「……今日は寝室で君と二人、ゆっくり過ごすと伝えている」
「……え……?」
全く表情を変えずに言うじゃないか。この間は飛びついただけで顔を赤らめてたのに。
(前世じゃああんな感じの接触は恥ずかしがってたのに。今世は大丈夫なのかな~?)
よっぽど私が間抜けな顔をしていたからか、困惑したように眉を下げ、エイデンは声を顰める。
「君にとっても好都合だと思ったのだが、嫌だったか?」
ブンブンと慌てて頭を振って嫌ではないと伝えた。ただ言葉にするだけなら、彼は恥ずかしいも何もないのだ。
私達は対外的に『仲良し』の方が都合がいい。実態がこれでも。
(こりゃ離宮を抜け出すのに使えるいい理由ができたぞって思ってそうね~)
こんなことまで合理的だと思えば利用しちゃうんだから……王女から呪われるきっかけとなったあの時から変わらない……。
(こういうとこだぞ!!)
私の予想通り、今後何度も同じ理由を使って私達はここを抜け出すことになるのだが、それはまた別の話……。
◇◇◇
手慣れた様子で離宮を抜け出し、私達は無事城下へと辿り着いた。今日は道中、私もドジを踏むこともなく……道すがら、淡々とエイデンが自分について話をしてくれたのは大きな収穫だ。
「自分の立場については理解している」
え? 本当に? 本当に!? 理解しててそれ!? と、明らかに疑問に思っている私の視線にエイデンは気づいたのか、
「行動が伴っていない、と言われるとその通りだ。王族としての生活が性に合っていないのだと思う。……俺一人ぐらい、民がどのような生活を送っているか、その目で見てもいいだろう」
後半は彼自身も言い訳とはわかっているような、ちょっと拗ねるような口ぶりだった。
最近、私という存在に慣れてきた……気がする。そういえば前世も人見知りなところがあった。持ち前の凛々しさで硬派で厳しい人柄なのだと勘違いされていたが。
(身分以外は前世と大きく変わってないってのがよ~~~くわかったわ……)
いくら呪いによって因果に縛られているとは言っても、まさかここまで同じだとは。いや、薄々は感じていたけど……。
「なぜそんな風に笑うんだ?」
「へ?」
慌てて自分の頬を触る。確かに、口元が上がっていた。
「なんだか嬉しそうだ。……俺は……君が落胆すると思っていたんだが……こんな男だと知っていたなら婚姻など望まなかっただろう」
私の反応が納得いかないのか、本気で不思議そうに頭を傾けていた。今現在、王族らしい生活とは程遠いことをしている。
「王族としての生活が合わないのは世界に一人だけとは限りませんことよ。ほらだって! ここに来たのは私の意思ですわ」
多くの人で賑わう城下町が目の前に広がっていた。様々な店が軒を連ね、少し遠くに見える中央広場には英雄の像も建てられている。久しぶりの賑わいに心の底からワクワクとしてきた。
今世は平和な時代の公爵令嬢として生まれたので、ありがたいことに衣食住に困ることなく。とはいえ、前世の記憶は引き継いでたため、あの自由な空気が恋しくもあった。
「そうか」
ふっとエイデンの表情が緩む。
(おぉ! ムスッとするのはやめたのね!)
やはり多少は私に心を許したようだ。前世では見慣れた、『いつもの表情』になっていた。具体的に言うと、無表情には変わりないのだが、少し角の取れたリラックスしたような『無表情』。
な~んて、油断するとは。私もまだまだ……。
……そう、つまりはいつも通り。
(ちょっと~~~!!?)
この人だかりの中、やることなすこと人助け。
旅人へ道案内、喧嘩の仲裁、迷子の親探し、大荷物を持った商人を手伝い、コソ泥まで捕まえていた。
もちろん。ええ、もちろん! 『死の呪い』が絶え間なくエイデンを襲うっ!!
(もぉぉぉぉぉぉっ!!)
私のワクワクなどすぐに吹っ飛んでいった。全力で神経を研ぎ澄ませて、あらゆる『死』から彼を守る。
例えば、
旅人の鞄に引っ付いていた毒草の種子がエイデンの口目掛けて飛んで行くのを遮ったり、
建物の三階から落ちてきた花瓶を空中で受け止めたり、
バランスを崩した荷物に圧死されないよう支えたり、
……コソ泥が短剣を出した時は即座にエイデン自ら叩き落していたが……。
(まあその後どこからか飛んできた刃こぼれしまくってる矢はすぐに焼き払ったけど!)
どの呪いも気持ちいいほど正確に、エイデンだけに降りかかっていたのだ。そしてそれを彼にバレないよう振り払うのがまた難しい。
元英雄、今世では戦いとは無縁で生きていたのかと思いきや、剣術の訓練は当たり前として、この間のように野良魔獣の討伐に出ることが多々あったらしく、実践訓練もかなり積んでいた。
(勘もいいし、エイデンだけでも『死の呪い』にはある程度は対抗できそうだけど)
だが決して完璧ではない。強いからと言って全ては防げない。
(だから魔王討伐だって仲間が必要だったワケだし)
一人では成し遂げることが困難なこともあるのだ。
離宮内ならまだしも、こうして外に出られると一時たりとも気を抜けない。正直、もう! もう! もう!! と、本人に面と向かって言いたくなるのだが、
(人助けするな!!)
なんて、やっぱり言えない。悪いことをしているわけでもなく、実際助かっている人が大勢いる。
彼はそもそも誰かに感謝されたいわけではない。彼がそうしたいからそうしているだけなのだ。前世の元英雄曰く、
『ただの自己満足』
ということらしい。
私の中でも葛藤はあるが、誰かのためでなく、彼自身のためにやっているのなら、出来れば尊重してあげたい。前世の彼はこれからやりたいことをやるのだ、という時に命を落としてしている。
(やっぱり一刻も早く呪いを解かなきゃ)
私が難しい顔をしていたのを疲れたのだと勘違いしたのか、エイデンはハッとしたような顔をして軽く咳払いをし、
「……手伝ってくれて助かった。少し休もう」
これまた慣れた足取りで小さな食堂へと入っていく。店の中には地元民も旅人もおり、楽しげな声と美味しそうな香りが充満していた。
そしてここでも死の呪い。エイデンにしてみれば、店を出て行く老人の為に扉を開けておくのは当たり前のこと。




