6話 個人的な趣味
「エイデン様~! どちらへお出かけですか?」
「!?」
離宮の裏手にある隠し出口から、気配を消し出て行こうとする元英雄に背後から声をかける。エイデンはビックリと目を見開いて振り返ったが、ほどなくいつものスンとした表情に戻ってしまった。
「……気配を消すのがうまいな」
「お供の方はどちらに?」
質問は聞こえないフリをし、嫌味っぽくならないようとぼけた顔をしてこちらが尋ねると、エイデンは言葉に詰まるよう口を小さく開けたままになる。つまり、自身の行動が大変マズイことだということはわかっているのだ。
(そうよね~あなた王弟だもんね~)
なのに旅人風の平民服なんて着ちゃって。わかりやすいったらない。彼はこれから文字通り『お忍び』で城下へと出かけるつもりなのだ。
いつもの『お忍び』は護衛を付けて。彼が頻繁に自らの足で国民達の暮らしを見て回っていたことは知られていた。公然の秘密というやつだ。このお出かけにはすでに私も何度も付き添っている。もちろん最初、同行を断られたが、
『この国をもっともっと知りたいのです』
なんて殊勝なことを言えば、国に対する責任感の強いエイデンは断りにくい。
だが私が彼についていくのは、もちろん彼が呪いに殺されることを防ぐためだ。案の定、この間は転んだ男の子を助けただけで、『死』が三連続で襲い掛かって来た。
「……ついてくるつもりか」
私の頭からつま先までを確認し、自分と似たような服装になっていることで気付いたようだ。
(当たり前でしょ~)
という笑顔だけを向けておく。こういう時、『私が彼に惚れている』という世間一般の勘違いを使いまわしできて便利だ。
「報われぬ愛とは重々承知しております。夜を共にして欲しいとは決して申しません。どうか哀れな女に日の光の下で共に歩くお慈悲を」
それらしい理由にオマケして罪悪感を煽る言葉も付けておく。
これは思ったより効果はあったようだ。エイデンは珍しく私から目をそらしてそのまま足元に視線を移した。
「……別に楽しいものではないぞ」
そうだよね! いいことしたら死にかけるんだもんね!
というのは冗談で、王弟妃にとって平民の格好をして出歩いても得るものがないのでは、ということだろう。
「そうとも限りません」
建前ではあるが、本心でもある。公爵令嬢の恩恵を受けて今世は生きてきたが、それはそれとして、前世での立場に縛られない自由な暮らしも恋しくはあるのだ。……いや、本当はエイデンには離宮で大人しくしてほしいけどね! だがいつ解けるかもわからないわからない呪いのために、彼の今世を縛りたくはない。……なるべく。
(せっかく平和な世界になったんだもの……)
前世の彼が願ったものだ。その世界をどうか自由に味わってほしい。……なるべく。
センチメンタルな気分に引きずられないよう、努めて明るい声をだす。
「少なくとも足手まといにはなりませんわ」
「……ああ。それは認めよう」
また顔を上げ、私を真正面から見た。一瞬私の心臓が大きく跳ねる。
(あ~……今のはズルい。めちゃくちゃ前世の姿と重なっちゃう)
眼差しが本当に前世のままなのだ。私だけではない。彼に見つめられたあらゆる人間がドキリとさせられた。静かに見える瞳の中に、彼の根本にある揺るがぬ強さを感じとったかもしれない。
(口下手なのに……あの眼差しだけで色んな人間を味方につけたのよねぇ)
前世も今世も同じ静かな朝日の色。
だが髪色は違う。彼の前世は黒髪だった。私は前世銀髪。見事に今世では髪色が入れ替わっている。彼のあの銀髪は前王妃由来のものだが、私は妙に嬉しかったのだ。縁が残っていたように感じて。
「かなり歩く。簡単には城に戻れない」
「楽しみです」
諦めて私を連れて行くことにしたようだ。小さくため息をついているのが見えた。
ここで騒がれて『お忍び』が失敗になるよりはと思ったのだろう。合理的な判断だ。
最近では私のこの性質も理解し始めたのか、あらゆる場所に付いて行く前のごねごね時間も減っている。
どこでどうやってこのルートを見つけたのか、エイデンは迷うことなく道なき道を進んだ。その間、時々チラリと彼のすぐ後ろを歩いている私の姿を確認して眉を顰める。なんで公爵家出身の令嬢が顔色も変えずこの道を進んでいるのだと言いたげに。
(そりゃもちろん鍛えてたからね!)
どうだすごいだろう! と言えないのが残念だ。
魔術はもちろん体力だってつけてきた。最低限、前世と同じくらい動けなければあの呪いに対抗出来ないのではないかと心配だったからだ。
百五十年前、各地にある魔王の拠点を破壊するのに私達はずっと動きっぱなしだった。同じところに止まれば、敵に見つかる可能性も高まっちゃうしね。だからこれしきのこと私にとって苦ではない。
(……この感じ、久しぶり)
こうやって黙々と歩く感じ。チラリと仲間を気遣うような朝焼け色の視線と目が合う。いや、……今は私一人だけ。他に仲間はいない。前は彼の後ろに三人いた。
「……君は……離宮中に防御魔術を施しているが、やはりこの国で暮らすのは不安か?」
不意にエイデンが話しかけてきた。まだしばらくかかるのだろう。私を邪険にすることを諦めて会話をすることにしたようだ。
「いえ。念には念を、というだけでございます。万が一でも私に何かって両国の仲に亀裂が入ってもよくありません」
両国は一応同盟を結んではいたが、国の成り立ち故に仲が悪い。最近共通の近隣国が不穏な動きをしていることもあり、国同士としては結束を固めておきたいのだ。対外的にも。
「ああは言ったが、俺は君の身を危険に晒すつもりはない。そこは心配しないでほしい」
君のことが嫌いだってやつね! いかにも元英雄がいいそうなセリフだ。どんな感情を抱いていたとしても、彼にとって守る対象なのだ、私は。
(前世じゃあ、嫌がらせしてきた別の勇者パーティすら命懸けで助けてたし)
相変わらずだと思わず笑みが漏れる。そして、
「お心遣い、感謝いたしますわ」
……しまった……! しまったぁぁぁぁぁぁ!!
(バカっ! 私のバカっ! 大馬鹿!!)
彼の近くで本人に感謝の気持ちを向けてはいけないのだ。これが『呪い』の発動条件。
「……別に当たり前のこと……だ!?」
『だ』のタイミングで私はエイデンに飛びついた。当たり前だが彼の大きな目が更に大きくなっている。むしろなんか照れてない!? が、それどころではない。
「地面!!」
彼にしがみついたまま勢いよく宙に浮き上がって大地と距離を取る。飛行魔術は長時間使えないので、急いで高い木の幹に足をつけた。
「キーヴァイパーか……毒はあるが大したことはないぞ」
一匹の小さな毒蛇がこちらを見上げている……が、私が気にしているのはそっちではない。
「違う違う違う! ロックサーペント! あっち! あっち!!」
私は足首に仕込んでいた短剣を握りしめ、もう片方の手で毒蛇の後方を指差した。エイデンもすぐにツノの生えた大蛇に気づいたようで、眉間に皺を寄せ同じように腰の剣を抜く。人間一人くらいはあの長い体の中にすっぽり収まるだろう。
音もなく地面を這う大蛇は、あっという間にまだこちらを見上げている毒蛇を一飲みした。
大好物を口にし満足すればいいものを、欲深な視線がこちらを向いている。
(ああ嫌だ! 相性が悪いのが出てきてくれちゃったわね……!)
なんて言ってられないので、短剣に雷の魔術を纏わせ手に力を込める。すると、私を制するかのようにエイデンの腕が体の前に横切った。
「あれの皮膚は魔術耐性が強い。君は下がっているんだ」
「エイデン様こそお下がりください。貴方様に何かあっては大変です」
「それは君だろう。ついさっきその話を自分でしたばかりじゃないか」
ああ言えばこう言う!
(だぁから! そっちは呪われてるって言ってんでしょ!!)
いや言ってないけど……! とにかくそれどころじゃないの!
「いいからここで大人しくしててください!!」
「なっ!?」
夫の腕を飛び越えて、頭から飛び降りる。
(先手必勝! 大蛇よりエイデンより先に動くのよ!)
木を登り始めていた大蛇が、私を受け止めるように大きな口を開く。食欲旺盛のようだ。その中へ勢いよく短剣を放り込むと、纏っていた雷撃が多少効いたのかバチバチと弾ける音と共に地面にドスンと落ちる。
「よし!」
これで弱点である目に一撃入れやすくなったと、指先から光の矢を放とうとしたのだが……、
「ちょっと!?」
一瞬でロックサーペントの胴体が真っ二つになったのだ。上から降ってきたエイデンの剣によって。
「危ないじゃないですか!! お立場を考えてくださいませ!」
「君がそれを言うのか?」
ええ言いますとも! ……とは言えないのだ。あちらが正論なので……。悔しい~!!
(でもでもだって! 死の呪いにかかってるのはそっちだし!! 言えないけど! 言えないけど!!)
ぐうの音も出ない私にエイデンは困惑したような表情を向けた。何度か口を開いては閉じ、開いては閉じているのでおそらく色々と聞きたいことがあるのだろう。それでとりあえず出てきた言葉が、
「……ガルディスタ王国では令嬢達も戦闘訓練を行うのか?」
だった。
「いえ。個人的な趣味です」
「誰か師はいるのか?」
意外と深掘りしてくるな。今世は魔術にも興味があるのだろうか。
(師匠ねぇ……いるにはいるけど)
前世でだ。今世のエイデンに言っても仕方ない。
「基本は独学でございます」
「そうか……いや、以前どこかで同じ魔術を見たことがある気がして……」
「!?」
心臓が大きく跳ね上がった。呼吸が乱れないよう注意しながら話題を逸らす。
「魔術は魔術師以外の方々にはどれも同じに見えるものでございます」
基本的にはそう。だがもちろん魔術には個人差があるのでハッキリした違いがある。エイデンのように戦闘に長けている者はその違いがわかることが多い。
「早く参りましょう。あまり長い時間城を抜け出せるわけではないのでございましょう?」
「ああ、そうだな」
と言いつつ、エイデンはこの周辺に他のロックサーペントがいないか念入りに探し始めた。本来、ここにはいないはずの魔獣だったからだ。
「城下を棲家にしたら大変だからな」
「あっという間に増えますからね」
結局、空が茜色になるまでひたすら痕跡を探し続け、
「見てくださいエイデン様! 脱皮を見つけました! これ、結構いい値で売れますよ!」
魔術耐性抜群のロックサーペントの皮はかなり需要が高い。百五十年前は路銀の足しに売ったこともある。今でも高額で取引されていると聞いていたので、私はウキウキしてしまう。
「ガルディスタ王国の令嬢は魔獣素材の取引きにも詳しいのか?」
という新たな疑問をエイデンに与えてしまうこととなってしまった。
「……また十日後、外に出るつもりだ」
「へ?」
思わず間抜けな声が出た。まさかエイデン自ら申告してくるとは。
「今日は予定外のことにつき合わせてしまった。君が望むなら今度こそ身分を隠して城下へ出よう」
「ま……まあ! ありがとうございます」
相変わらず律儀だ。
(多少は打ち解けたかな?)
なんとなく、刺々しさもなくなった。前世のような小さな冒険が、彼の魂をいい風に刺激したのかもしれない。
(けどやっぱり『お忍び』はやめないのねぇ)
今度は先回りしてこの辺一体に防御魔術を施しておくことにするとしよう。




