5話 これが呪われた元英雄の日常生活
呪われた元英雄。彼が離宮にいる間はそれほど心配はないが、それ以外では話は別。ということで、
「どこに行くのも一緒なんですってね」
「仲睦まじいお二人ですこと」
くすくすと笑い声が王宮の広い廊下を歩いている最中にも聞こえてくる。窓の外はいい天気だ。今日はガルディスタ王国から使者が来ているので、一緒に食事でもという話……というか、さりげなく私の現状を確認しに来たのだ。
なんせ私は仲の悪い隣国からやって来た女。蓋を開けたらそれなりにこの結婚に反対していた貴族もいた。エイデンの妻の座を狙っていた令嬢達の家系も面白くないだろう。
とはいえもちろん、この結婚をデュカリア王国側からゴリ押しした面々もいるわけで。
「エイデン様がご結婚を決断なさって本当に、ほんと~にようございました……!」
彼の教育係だった高齢の学者ローワン・サイラスが涙ながらにもう何度目かの台詞を口にした。とにかく、私が思っていた以上にエイデンは結婚する気が毛頭なかったようだ。
(王族の男が結婚しないってか~なり珍しいしねぇ)
ガルディスタ王国でも成人した未婚の王族は歴史上片手程度なのだ。デュカリア王国は歴史が浅いので、今のところゼロ。彼を愛する人間からすると、それはどうしても避けたい事案だったらしい。前世平民の私からすると、そこまで!? と、驚くしかない。
で、肝心のエイデンの反応はというと、
「……これも国のためだ」
不服です! 我慢してます! というのがアリアリとわかる顔。そんな顔でも絵になるほど整っているのがまた一層腹立たしい。
なので私は、
「ええもう本当に。運命の巡り合わせでございますね」
にっこにこな満面の笑みを向けてやる。
彼に好きな相手がいることに関しては本当に申し訳なく思うが、私は絶対にエイデンを死なせたくないのだ。なので、不仲説が流るのは困る。
(ガルディスタを敵国認定してる貴族とか今でもエイデンの妻の座を狙ってる令嬢がいるって聞くし)
万が一にも離縁を突きつけられたらたまらない。
そんなことはつゆとも知らず、迷惑そうな視線を返してくる夫。
(くっそ~~~呪いさえなければ~! だいたい! こいつが王女の対応後回しにしたからこんなことに!)
いや、それに関しては私も同意したから何とも言えないが……。
魔王軍勢との戦いにおいて、その合理性は確かに力の一つではあった。しかし生涯の伴侶の決定という、人間の感情が大いに関わるであろう事柄に対し、『後回しした方が合理的!』だなんて安直に判断すべきではなかったのだ。……今合意的だというだけで彼との結婚を強行したことは棚に上げておく。
さて、思い出に浸っている最中だろうがお構いなしに、やっぱりここでもはや日常と化した彼の呪いが発動する。
ローワンが足を引きずっていることにエイデンが気が付いたのだ。
「最近膝の調子が……寄る年波には勝てませぬ」
ハハハと軽やかにローワンは笑っていたが、エイデンの方は案の定、
「部屋まで送ろう」
師の前で腰を落とし、背負おうとしたのだ。
ここで、『貴方は一国の王子なのよ!?』だとか『いやいや、隣で焦ってる家臣達に頼みなさいよ』だとか『せめて車輪付きの移動椅子を使ったら?』なんてのは言うだけ野暮。
(そうはいくかー!!)
簡単に人助けさせてやらないんだからな! 私が彼に引っ付いて回っているのは、このためでもあった。
(私が代わりに人助けすれば問題ないでしょ)
私は呪われていないので。
「エイデン様。私、多少ですが聖魔術も心得ております」
それからローワンの顔を見て、
「一月程度ならきれいにサッパリ痛みを取ることができますが、よろしければ」
「おぉなんと! 身に余るお心遣いでございます……!」
またもローワンは感動して涙を浮かべたので、それを肯定と受け取ってサッと彼の膝を治療した。残念ながら老化による体の不調は聖魔術を使っても永続的に治ることはない。だがしっかり痛みは取れたはずだ。驚きの表情を浮かべ、膝を撫でている。
(ふっふっふ。全然少しも痛くないでしょ~? 聖魔術は転生してかなり訓練したのよね。万が一の時の為に!)
死ななくとも怪我をすることがあるかもしれない。そんな時のために聖魔術を学んだのだ。
「またお辛い時は遠慮なくおっしゃってくださいね」
これも転生してから磨いた特技、余所行き用の笑顔を向ける。エイデンはローワンのことを慕っており彼の意見には耳を傾けるので、今しばらく私達の婚姻を維持する為にローワンの機嫌は取っておきたい。
こっそりエイデンの方を確認すると、驚くほど穏やかな笑顔でローワンが喜ぶ顔を見ていた。
「これほどに美しく、聡明で、さらに聖魔術をも極めたお方がエイデン様のお隣にいてくださるとは……ああこれで私もいつ天から迎えがきてもかまいませぬっ」
整えられたグレイヘアを振り乱さんばかりな動きに加え、滝のような涙を流し始めてしまった……。
「まあまあ! そんなことを仰らないでくださいませ」
なんて言いつつ、しめしめローワンからの評価はバッチリだと私はほくそ笑んでいた。エイデンもいつもの無表情さはどこへやら、明らかにご機嫌だ。
「今度また遠乗りに行こう。まだまだローワンには教わりたいことがたくさんある」
「ああ! まっこと私は幸せ者にございます……!」
感動的なシーンなのだが、なぜか私の背筋がゾクリと震えた。嫌な予感というやつだ。
「エイデン様には感謝してもしきれませぬ……! このような役立たずの年寄りにまで気にかけていただき、いつだってお優しい……!」
――今このご老人、“感謝”って言った!?
ガシャンと音を鳴らし、廊下の窓ガラスが砕け散る音が耳に届く。この時点で、私は右腕を大きく振り、辺り一帯に防御魔術を展開した。目の端に、大きな影が映る。
「木ぃ!!?」
文字通り、木が一本丸ごとエイデン目がけて飛んできたのだ。根っこごと。何がどうしてそうなった!?
もちろん私の防御魔術によってエイデンへの直撃はなかったが、現場は大混乱。
「一体何ごとだ!?」
「敵襲か!?」
「エイデン様! お逃げください! レクシア様もこちらへ!」
完全に虚を突かれ、険しい表情の兵達が集まり始めた。
「……落ち着け。俺は大丈夫だ」
そう言いながら私に目くばせする。防御魔術を解除しろと言いたげに。
(あと十秒待って……!)
この呪い、発動して一分が経過すればとりあえず安心できる。たまに、一分以内に死の呪いが二度三度とやってくることがあるが、どれも一度目から一分以内だった。
のろのろと……いや、まだ少し不安です……というフリをしながらゆっくりと魔術を解除する。
「至急原因を調査しろ。もちろんこの木がどこから来たか……それに、この廊下の防御魔術が何故消えているか」
「防御魔術は発動しておりましたが」
「……城のものではない。……レクシア嬢……レクシアによるものだ。……皆、感謝するように」
また“感謝”という単語が出てドキリとするが、私への感謝は問題ない。
「なんと! 魔術がお得意とは伺っておりましたが、ここまでとは……!」
尊敬と感嘆のざわめきと視線によって私の自己肯定感が上がり始めていたところだったが、
「陛下への報告も忘れるな」
エイデンの無感情な一言を聞いた兵達は足早に去って行った。
後日、その木の出所が判明した。私はちゃっかりエイデンの執務室に居座る日を最近増やしているのだ。……あまりに彼が死にかけるので。
兵からの報告書を覗き込み、私の口があんぐりと開く。
「隣街から!?」
王都はそれほど広くないとは言っても、信じられない距離だ。木がビューンと飛んできたのは単純に言うと事故だった。
「間伐のための魔術実験か……」
眉間に皺を寄せながらエイデンが呟く。
最近は世界的に用途に合わせた細かな魔術の開発が進んでいるので、時々こうやって大きな事故が起こっているのだ。
「あまり制限はかけたくないのだが……陛下に法整備を進言した方がいいかもしれないな」
さらに難しい顔になり、指先で眉に触れる。
(前世もよくやってた癖だ)
懐かしいな。なんて昔を思い出していたせいか、顔が緩んでいたのが彼は気に入らなかったらしい、
「……君はいつまでここにいるつもりだ。報告は終わった。いるべき部屋へ帰ってくれないか」
「は~い」
いつものツンツンした態度。たまには私の前でもローワンに見せた姿でいてくれていいんですけどね……!
(感謝されるのはダメだけど、感謝するのは大丈夫なんだからね!?)
な~んて意味のないことを考えたってしかたがない。
(わかりましたよ。今日はこの辺にしとくか。あまりしつこくし過ぎてもね)
離縁なんてこと考がえられたら困る。
ゆっくりと執務室を後にし、自分の防御魔術が誰かの勘違いで勝手に解除されていないか確認しながら自室へと戻った。
だからまさか、エイデンが私をしばらく目で追っていたなんて……全く思いもしなかった。




