4話 君のことが嫌いだ
私とエイデンは王宮から程近い離宮で生活することになった。それほど大きくないが、よく手入れされた温室と庭がとても魅力的だ。華美ではないが品がよく、どこを見ても絵になる。そんな場所での前世英雄の第一声は、
「ハッキリと伝えておこう。君を愛するつもりはない。俺は……君のことが嫌いだ」
だった。初めて二人きりになった時に言った言葉がこれ。いつも通りの真顔で。
「しかたがなく婚姻を結んだということを忘れないでいて欲しい」
「ええもちろん! 私のような人間を受け入れてくださって……エイデン様の懐の深さに感服いたしました」
すぐさま私は愛想良く返事をした。彼がこの結婚に乗り気でないのは知っているので今更な話だし、押せ押せで彼との婚姻をモノにした私に反感や不信感を抱いていたことも気づいている。
私の表情と声色を聞いて彼の眉がピクリ動いたが、
「結構」
一度だけ深く頷いた。凛々しい表情が前世を思い起こさせる。
(そういえば……デュカリア王国の二代目の王は、英雄の姪っ子と結婚したんだっけ)
騎士階級出身だった英雄。その一族はきっと、魔王討伐の最大の功労者である彼が婚約者であった王女に殺されてしまったことをどこかで知ったのだろう。真実を隠した国に思うところもあって、故郷を去り、王弟が新たに作ったデュカリア王国へ鞍替えしたのだ。
ちなみに私の祖先には『前世の私』の生き別れの弟がいた。今回、デュカリア王国がこの結婚を後押しした理由の一つでもある。英雄に連なる一族というのは百五十年後、結婚相手として大変人気があるのだ。
(それにしても『嫌い』ときたか~)
ちょっとそれは極端すぎませんこと? と、言いたいが彼の事情を知った今は何とも言えない。それだけのことを私はしたのだ。
——彼の恋路を邪魔してしまった。
「殿下に愛する方がいらっしゃることは私も承知しております。両国のため、何卒ご容赦を」
「愛する……? ……そんな者はいない」
キッパリと言い切ったエイデンだが、私は確信している。彼が恋をしたと。
(なんせ呪いが発動しちゃってますからねっ!!)
なんなら、胸元の棘のような呪いの痕の形が変わっていた。
(なにあれ! 薔薇みたいな花開いてるしっ!!)
本当に予想外のタイミングでエイデンの呪いが発動したのだ。彼を見つけたあの交流パーティではまだ大丈夫だったのに。
(王弟の結婚式でデュカリア王国裏社会の抗争が突然勃発するなんてあり!?)
気づいたきっかけは……仰々しいドレスの裾を踏んで転びそうになった私を、誰にもそれがバレないよう、ごくごく自然に彼が支えてくれた時。無意識にエイデンに対して感謝の気持ちを向けた……まさにその直後だった。
招いた客の中に、敵対し合う二つの組織の首領が紛れていたのだ。お互いお粗末な暗殺者を雇っていたのかそれぞれが失敗し、何を血迷ったか堂々と、
『この場で葬ってくれる!』
なんて息巻いて隠し持っていた短剣を抜く始末。
もちろん厳かな式典はひっちゃかめっちゃか。兵達の怒号と貴族の悲鳴が混じりあって大混乱を招いた。
『まあ! 私達の婚姻がきっかけでこの国の悪が一掃されたのですね!』
まさか結婚式の最中、花嫁の私が純白のドレスを着て大立ち回りをすることになるとは……。何とか場が落ち着いた後、無理やりな発言をして大した事はなかったと振る舞うしかなかった。そんなわけはないのだが……。
私が至極真面目な顔をしてお互いの祖国のために、と伝えたからか、
「……いやすまない。言い過ぎた。身を挺して俺を守ろうとした君に対して使う言葉ではなかった」
難しい顔になって、真正面から私を見た。英雄もこう言う風に謝ることが多々あったことを思い出す。
(そういえば彼、守られるのめちゃくちゃ嫌いだったな~)
プライドが許さないのかと思っていたが、自分を守ることで他の誰かが傷つくのが耐えられないのだと、前世の彼は渋々話してくれた。
——英雄の弟は英雄を庇って死んでいる。今世の彼にまで影響を残すほど、魂に刻まれてしまうほどの悲しみ。
(生まれ持った性ってことになるのかしら……)
魔王討伐に命を賭けたのも、ただ自分が今の世界じゃ落ち着かないからなんてサラリとした理由を言っていたが、実際のところは……。
「いえいえ。エイデン様の身のこなしも流石でございました」
暗殺者の投げた短剣があっちこっちにぶつかって、真反対にいるエイデンに向かってきた時に呪いの厄介さを理解した。隙あらば殺しにかかってくる。
同時にエイデンが元英雄の生まれ変わりなのだと改めて実感した。あの身のこなしと剣さばきはそのまんま前世から引き継いでいる。何度も見た光景だった。
扉がノックされ、廊下から声が聞こえる。
「……とにかく、俺に愛する者などいないし、今後も誰も愛さない」
もちろん君のことも、と朝日と同じ色の瞳が言いたげだった。なので私もしつこく返事はせず、ただゆっくりと頷いておく。それが嘘だと知っているので!
(無自覚の可能性もあるしね~)
そもそも彼は生涯独身を貫き通すつもりだったようだが、関係が微妙な国の(ここが何より重要だったらしい)公爵令嬢との婚姻となれば、それなりに強固な結びつきになる。年齢も近く、更に私が超乗り気。エイデンに惚れ込んでいるなら御し易いだろうと、これ以上ないいい条件の相手だったのだ。
(いやはやしかし、惚れた相手は誰なんだろ? やっぱあのパーティ会場に来てたどこかの令嬢?)
タイミングを考えるとその可能性が高い。
「失礼いたします」
少し間をおいて従者が髪を靡かせて入って来た。彼の名前はキシュケルという。穏やかな性格で、エイデンとは違い、初対面からずっと私を気遣ってくれていた。
足早にエイデンに近づき耳打ちしている。どうやらかなり急ぎの用事らしく(間違いなく結婚式での大騒動絡みだろう)、従者の方が私にひたすら謝っていた。式の直後だと言うのに……と。
「どうぞ。大切なお仕事なのでしょう?」
お気になさらず。という態度で彼らが出ていくのを見送る。この部屋からすぐ近くにある彼の執務室に。
(ふっふっふ。すでにガチガチに防御魔術はかけさせてもらってるからね!)
この離宮内であれば呪いによる『死の群行』から彼を守ることができるのだ。もちろん、条件はある。私が敷地内にいること、彼が私が渡した指輪を身につけていること。そして、私が眠っていないこと。
(眠っちゃうと離れた所は効力が落ちちゃうんだよね……)
ただし、私が寝ていても近くにいれば問題ない。同一空間内にいればいいのだ。この魔術は魔王討伐の旅の中でも毎晩使っていた。お陰で私達は激しい戦いの最中、怯えず眠ることができたのだ。
(睡眠、めちゃくちゃ大事!)
現在、私とエイデンの寝室は隣り合っており、室内のそれぞれの部屋を繋ぐ扉が付いている。もちろんその扉は閉まったまま。更に鍵付き……なので、
——ガチャン
指先から魔術を流し込み、蝶番と鍵穴部分をほんの少しだけ壊しておく。半開きの扉の出来上がり。これで簡単には閉まらない。
(魔術の効果は私の認識によるとこが大きいからねぇ)
扉半分でも開いていたら同一空間と認識できる。ギリギリ。
もちろん、早急に修理をという話になったが、
「せっかく簡単に行き来ができるのですから、どうぞそのままで」
「何を言っている。行き来する必要などないということは昼間の話で理解したはずでは?」
夜遅く、エイデンが部屋に戻ってくるなり案の定苦々しい顔になった。
もちろんわかっていますとも、大きく頷いてみせる。そして深刻そうに声を低くし、
「あそこが開かずの扉などと言われ、私が名ばかりの王弟妃ということが祖国に知られては面目が立ちません……大喜びで送り出してくれた父母の顔を思うと……あのままでいいとエイデン様が言ってくだされば、きっとそんな疑惑が湧くことすらないでしょう」
「……」
むむっと口をつぐんでエイデンは扉の方を見る。
(ほ~ら考えろ考えろ! こういうそれらしい理由がある方が周囲からアレコレ言われなくて楽だな~って考えろ~!)
元々、私はできるだけ彼の側にいたい。一方、彼の方は最初から『白い結婚』のつもりなので寝室を共にするつもりはない! と譲らなかった。とはいえ彼も両国の友好を目的としたこの結婚に同意している以上、無闇に私の立場を潰すようなことはしない。
「……夜中に突然やって来るのはなしだぞ」
「寝込みを襲うような真似はいたしませんっ!」
緊急時を除き……という言葉は飲み込んだ。とりあえず無事、扉は壊れたままでヨシということになったことだし。
しかしあちらは私が完全に惚れこんでいると思っているようだ。実際、あのパーティで一目惚れした私からの申し出でこの結婚が決まったということになっている。
(やだ~~~なんだか恥ずかしい……そしてなんか悔しい……っ!)
前世では普通に一緒に寝ていたというのに(野営することも多かったしね!)、夫婦となり大きく豪華なベッドを前にすると、恥ずかしいというより照れくさい。まあ、これは余計な心配だった。あちらは完全にこちらを警戒している。
(もっと他に警戒することあるからね!?)
自分が善行を行うたびに死にかけちゃうんだからな!
フンっと鼻から息を吐き出す。余計なことを考えている場合でもない。呪いがついに発動したのだ。
私用の部屋へと場所を変え、ガルディスタ王国から持ち込んだ私物の中から、一冊の分厚い古い本……いや、賢者グラディアの手記を取り出した。
「……先生」
私に魔術を教えてくれた師、レオノーラ・グラディアによって書かれたものだ。彼女はガルディスタ王国の歴代最高の賢者と呼ばれていた人物で、出会った時すでにかなり高齢だった。前世の私が死んだ後も、この『呪い』について十年以上かけて調べ尽くしてくれていた。
無事転生した私も、エイデン探しと並行して、この本を頼りに私も呪いを解く方法を探していたのだが、
(百五十年経っても難しいか……)
あの呪いは黒魔術によるもの。現代ではその恐ろしい魔術の影すら見えないが、百五十年前でも禁忌とされ、滅多に見ることはなかった。その魔術のほとんどが一個人の魔術師によってアレンジされ、特殊な条件下でのみ発現、または解除される。
「っていうか、この手記……他にもあるわよね……」
レオノーラ先生の没年から考えると少なくとも一冊はある。日記のように書いているが、私の魔力を流し込むと研究日誌へと文章を変えるのだ。最後まで読むと終わりが中途半端なのがよくわかる。
【現地調査がよさそうだ。少し長旅になるかもしれないが、問題はないだろう】
実は先生の亡くなった場所はわかっていない。その辺りの記録が曖昧……というより、ガルディスタ王国が賢者レオノーラ・グラディアが亡くなったことを対外的に知られたくなかったらしく、公的な記録がかなり大雑把なのだ。
(もう本当……そういうとこだぞ!!)
自分が世話になった出身国に対してあまり嫌なことは言いたくないが――そんなことだから王弟が見限って別の国作っちゃうんじゃん!
今私の手元にある一冊は、彼女の魔術によって転生した私の元に届くようになっていた。だが残りはそうする時間もなかったのだと考えられる。
(やることいっぱいだ)
目の前の机の上にある、金箔で縁取られた美しい用紙に視線を落とす。枚数が、枚数が多い!
これから……呪い云々を考えつつ、今日の礼状を書かなければならないのだ。私はこういった令嬢達が当たり前に学び経験を積んできたことが非常に苦手である。
前世の英雄を探し続けた二十年、あらゆることを想定してきたつもりだったが、こんなことをすることになるとは全く思いもしなかった。
(散々な結婚式だったってのに!?)
だがこれはエイデンの妻としての務め……粗相をして離縁の口実を与えたくもない。少なくとも今はまだ。
「うっ……うっ……こんなことになるなんて……」
半泣きになりながら手を動かす。こんな風に、私とエイデンの結婚生活は始まったのだ。




