22話 こんな時に
(げげぇ~! 瘴気やばすぎー!)
あんなキラキラした城の地下にこんな空間があるなんて。よく隠し通せたなと感心したのだが、やはりというか……この地下墓所はレオノーラ先生が関わっていた。
「認識阻害魔術をこの規模で……」
「どうりで誰も気づかないわけだ」
考えれば変な話だとは思っていたのだ。王宮には宮廷魔術師も騎士団の魔術部隊だっている。誰もが名のある魔術師だというのに、これまで誰もここにコレがあるなんて知らなかった。
(私もだけどッ!)
悔しい! と地団駄を踏みたいところではあるがそんな場合ではない。反省は全て終わってから!
(今日で終わりよ。何もかも)
これだけ濃い瘴気にも関わらず私もエイデンも無事なのは、ローワンが用意してくれていた特殊なランプのおかげ。聖魔法いらずでランプの灯りの範囲を瘴気から守ってくれる。ただし、この地下墓地限定だ。
(この地下墓地全体に魔術紋を刻んで聖魔術を仕込んだランプと呼応させてって……本当に先生ってすごい!)
原因は明らか——あの王女単体だったこそ成し得たと言うことらしい。
長年このランプを使って、徐々に瘴気を浄化していたそうだ。使われなくなった今でも大切に保管されていたおかげで、現在進行形で大活躍してくれている。
「あまり離れないでくださいね」
「もちろんだ」
文字通りピタリとエイデンが私のすぐ隣にくっついてきた。これだけ近くにいてくれたら何かあってもすぐに対応できる。
王城に隣接する神殿に、この地下空間へと続く隠し扉があった。私とエイデンは長い階段を降り続けていた。隙間なく刻まれた魔術紋が、ここがいかにヤバい空間か思い出させてくれる。二人の足音だけが響き、雰囲気が増し増しだ。
「なんか出そ~……ってひゃあッ!!」
一瞬で予感が現実になった。
「後ろに」
言葉より先にエイデンは私の前に移動していた。
階段下……暗闇の底から出てきたのは灰色の人間の形をした何か……いや、それだけではない、馬に鳥、蝶に魚にと、あらゆる生き物の形だけがまるで生きているかのように蠢いている。
「これがゴーストか。初めて見た。レクシアはあるか?」
少しも動揺もしないんだからこの王弟。
「前世で……けどこんなにたくさんは……あっ」
ランプの光に触れ、ゴースト達は次々にキラキラとした真っ白な粒へと変化し消えていった。
(なんだかホッとする光)
だがこの『ホッ』はゴースト達から発せられているように感じられた。本人達もあるべきところへ帰ることができると安心したのかもしれない。
ゴーストとは魂の澱だと言われている。普通はいつの間にか現れ、いつの間にか消えている。特に悪さをするでもなく、ただいるだけ。だがこの状態で長らく瘴気の中にいると次第に形が変わっていき、魔獣へと姿を変えると言われていた。
「ゴーストは強い力に引きつけられるって話だけど、なるほど。元々この瘴気に集まって来てたのが、ランプの方に引きつけられちゃったのね」
「このランプ、瘴気を分解するだけではなくゴーストの浄化の力もあるのか」
思っていた倍以上、ゴーストが集まっていた。色味も様々で、白に近いものもいれば、限りなく黒に近いものまで。
(これってつまり……)
瘴気に触れていた時間で色が変わっているのでは? という仮説を立ててしまうのは自然な流れだろう。奥に行けば行くほど、ゴースト自体の質感も変わってきた。ただのモヤだったものが、再び形を得ている。
「……気をつけましょう。ここで魔獣が生まれてるかもしれません」
「ああ」
エイデンも同じ予想は立てていたようで、剣をゆっくりと抜いていた。いつ何が襲ってきても大丈夫なように、私も散々仕込んでいた魔術を発動させようとしたところ、
「……っ!」
「ちょっ! えっ⁉︎ どうしました⁉︎」
ゆらりとエイデンが体を傾けたのだ。頭を抑え、眉を寄せている。
(私、今無意識に感謝し!? してないわよ!?)
一瞬、また呪いが発動したのかと焦った。しかし今回ばかりは思い当たる節はない。
「ちょっと立ちくらみがしただけだ……」
「大丈夫ですか!? 急いで戻りましょう!」
気合を入れてはいたが、エイデンを危険に晒すわけにはいかない。仕切り直しだ。
「いや。今日を逃せば次はないかもしれない。どこも悪くはないんだ。先へ進もう」
「えぇぇぇ!?」
その後は、たいしたことはない! さっきのはたまたまだ! 大丈夫問題ない! と、私が食い下がらないように足早に階段を降りていく。
確かにエイデンが言う通り、王は今、王都から少し離れた山岳地帯へ出掛けていた。山の恵みに感謝する神事のために。神官の多くも王に随行しているので、今日ほど私達に都合のいい日はなかなかない。
(ローワンの協力があったとはいってもこれほどあっさり忍び込めることはもうないわよねぇ)
だが心配であることに変わりはない。
エイデンの顔を凝視するが、確かに顔色は悪くなく、一度止まって彼の体調を回復魔術を駆使して確かめても、特に異常も見当たらなかった。本当にたまたまなのか?
(うーんでもこの違和感……バカにしたらダメなやつな気がする)
エイデンは何か隠している。
(なぜならさっきから目が合わないから!)
いつもまっすぐ見つめてくるくせに。
「エイデン様。こっちを見てくださいな」
「……」
チラッとだけ私の顔を見るも、すぐに顔を赤らめて目を逸らした。
(何!?)
これは何かやましいことがあるな。私に向き会えないなんて。
「も~なんなんですか~!」
と言ったところで、邪魔が入った。
「ほら来たぞ! スケルトンだ!」
焦ることなく、あからさまにピンチを脱したとホッとした様子でエイデンは骨だけの存在に剣を向ける。
「話は終わってませんからね!」
逃げられると思うなよ! だが今は目の前のスケルトンだ。骨の動きにあせたガシャガシャと言う大きな音と共に襲いかかってくる。
「凍てろ!!」
私の声と同時に急激に周辺の温度が下がっていく。私達の目の前には猛吹雪が吹き荒れ、そのままスケルトン達を氷の柱へと変えてしまった。すかさずエイデンの剣がそれらを粉々に斬り裂く。
「っ!」
最後の骨入り氷がガシャンと崩れた直後、またもエイデンが頭を押さえ始めた。
「エイデン様っ!」
うぅ、と小さな呻き声。私はそっとエイデンの体を引き寄せ、階段の端に座らせる。
「少し休みましょう」
「……すまない」
先程まで汗一つかいていなかったのに、今は冷や汗が浮かんでいる。だがやはり、魔術で確認してもどこも悪くはないのだ。
「……それで、何したんですか」
エイデンの汗を拭きながら尋ねる。
最初は、あーとか、うーとか何か言い訳を考えていたようだが、ついに観念したようで、
「ちょっ……ちょっと色々と試しただけだ……」
「なんの話ですか?」
ピンとこない。
「だ、だから! 前世の記憶を取り戻すために瞑想したり催眠術をかけてみたり記憶を刺激する魔法薬なるものを飲んでみたりしただけだっ!」
急に開き直ったかのように一息で吐き出した。
「な、な、な……」
(なに!? なになになにしたって!!?)
待って理解が追いつかない。記憶を取り戻すために、体にどんな影響があるかもわからないこと試したってこと!? ただでさえ万年死にかけてるって言うのに!?
(合理性どこいった⁉︎)
最終決戦目前だってわかってたよね⁉︎
「こんな時にっ」
「記憶を取り戻せば俺はエイデンでエイダンだと言うことになるんだろ!? それにレクシアがガルディスタ王国に帰った後に思い出したんじゃ遅いじゃないか!」
言葉を被せてきた。もうバレたのなら言ってしまえとやけくそになってない!?
「その話!?」
「この話以外になにがあるって言うんだ!」
まさかここまでこだわっていたとは。
「悔しいが、何をしても少しも効果がなかったんだ。だが急に、この地下墓地に入ってから何か時々見えるようになって……階段を降りれば降りるほどその頻度が上がっている」
それはやはり、王女の瘴気のせいだろうか。
(諸悪の根源に近づいてるわけだし)
これはこのまま降りても大丈夫だろうか。やっぱりエイデンだけでも戻した方が……。
「俺も一緒に行くぞ。何を言われても」
「……でしょうね」
説得する手間も時間も惜しい。
「じゃあもう少しペースを落としましょう」
「悪いな。少し休めばすぐに回復する。慣らしながら行けば問題ない」
スッと立ち上がりまたランプを手に持った。
(な~にが問題ない、よ!)
こっちは大アリだわ!
(エイデンがエイダンの記憶を取り戻してる……そしたら私はどうするの?)
いや、どうするも何もないのだが。妙な気恥ずかしさが湧いたのだ。
(こんな時に!)
だって今、私はエイデンの妻。これまでは相手に前世の記憶がなかったからこそ平気だった。
(まあいいや……どうせ結婚生活もあと少しよね)
記憶を取り戻せばエイデンだって、この結婚はただの合理的判断の上での関係で、大いなる問題が解決すればこの関係は解消し、一番気楽で健全な……前世のような二人に戻るのが一番だとわかるはずだ。
「ここだな」
地下空間の最下層。真っ黒に染まった扉が、私達の目の前にそびえ立っていた。




