20話 恋心とは?
呪いを解く準備は整った。長い年月をかけてこの状況が作り上げられたのだ。俺のために、かつての仲間達が力を尽くしてくれた。
(そんなに立派な男だったのか?)
俺は世間のいう英雄エイダンのことが好きではなかった。彼の英雄譚よりも仲間が活躍する物語が好きで、ローワンにはいつも魔術師レクシーや神官ネイヴァン、戦士オグマの話をせがんだ。そんな彼らが『エイダン』のことを大切に思っているのが伝わって来る。
(そうか……いいやつだったんだな)
……だめだ。やはりあのエイダンが自分だとは思えない。
レクシアから俺が英雄の生まれ変わりだときいてもピンとこなかった。ただ同時に合点がいくこともある。彼女を見て懐かしく感じたこと、それからいつか瞼の裏で見た黒髪の青年と銀髪の女性。あれがきっとエイダンとレクシーだったのだ。
(では、俺がずっと探していた女性は……)
心の奥底からなにかがこみ上げてきた時だった。
「失礼いたします」
キシュケルが今日二度目の報告を持って執務室に入って来た。すでに対魔獣歩兵団は王都周辺領地へと向かっており、先行部隊による現地領兵との調整も進み、各地の状況の報告が続々と入ってきている。
(だめだだめだ! 今考えることは別にある!)
優先順位を考えろ! 魔獣の接近状況を確認し対策をたてなければ。数日後には俺は城の地下へと行かなければならない。魔王の遺品はすでにこの手にあるのだから。
「お疲れのところ申し訳ありません……」
眉間に皺を寄せているのに、手元の書類が頭に入っていないことがキシュケルにはバレていた。昨日旅から……というより、帰路は魔獣討伐続きだったので俺が疲れているように彼には見えたようだ。
「いや大丈夫だ」
気を取り直して報告書の文字を目で追う。思ったよりも状況は悪くない。バログラ周辺から王都を目指している魔獣を除けば、ほとんどが単体か少数で移動を続けているようだ。それであれば現在の戦力で十分賄える。
「お二人による帰路の討伐戦がかなり効いています。攻略の難しい魔獣が多かったので」
「そうか」
不思議なほどレクシアとの連携がうまくいったのはやはり前世のせいだろうか。
(いかん。どうしても思考が……)
ギュッと目をつぶってどうにか集中しようと頭を振った。
「……レクシア様もお疲れのようですし、殿下もお休みになっては? この件で大きな動きがあればお声がけいたしますし……」
「大丈夫だ」
レクシアは体を休めているというより、力を溜めるために部屋に籠っている。
『ぜっっったいにとんでもない所ですよ! 王女の墓所!!』
ローワンから話を聞いた後、随分と鼻息が荒くなっていた。
俺もキシュケルと同じく、彼女の疲労を心配したので、休息をとるように言ったのだが、
『この離宮から出ないと約束するから、どうか体を休めてくれ』
『ほんとですか!? じゃあ今から魔力を練りに練っときます!!』
闘志を燃やすような答えが返って来ただけだった。
『これが本当の本当に最終決戦ですからね!!』
とも。
(これが終わったら、レクシアはどうするんだ……?)
本当に俺と離縁してガルディスタに戻るつもりなのか?
(黒魔術を使って転生までしたというのに?)
目的を――エイダンへの恩返しができたら、王弟妃という肩書すら捨て去ってもかまわないと事もなげに言っていた。
俺が誰かに恋をしているから。その恋に自分が邪魔だからと。そんなこと気にする必要はないのに。
彼女との旅はなんだかんだで楽しかった。いや、その前からいつの間にかレクシアが隣にいるのが当たり前になっている。もし本当に俺が誰かに恋をしていたら、そんな風には感じないのではないか?
(俺の恋心が呪いの発動条件だって?)
改めて考えると、恋心というものはどういうものだ? 物語や歌劇で散々見聞きしたし、ローワンからも教えてもらったが……。
(胸がドキドキしたり、その人の事ばかり考えるらしいが……)
そんな相手、俺にいるか?
「エイデン様……?」
「す、すまない!」
またレクシアのことを考えていた。
(ん?)
いやだってそうだろう。なかなかこれほど気の合う女性はいない。それに彼女がいれば、うちの娘と婚姻をと迫って来る貴族も、隣の王女と婚姻を結び後ろ盾を! などとうるさく言って来る家臣も出てくることはない。そんな人が去ってしまえば、俺だって寂しいし困る。
どうやって俺が恋していないかを伝えればいいんだ?
「……なあキシュケル。人は恋するとどうなる?」
口説きたい相手もいない。
それに、失いたくない女性もいない。いや、レクシアは別だが。
「えーーーーーっと。えっとですね……」
虚を突かれたようにキシュケルは言葉に詰まった。あまりにも関係ない話題に耳から入った言葉を咀嚼するのに時間がかかっているようだ。それから視線をぐるぐると動かした後、覚悟を決めたようにハッキリと言った。
「人生が楽しくなります」
なるほど、わかりやすい。だが、
「それは友情にも当てはまるだろう?」
「いえ。友情のそれとはまた違います。ちょっと不安定な高揚感といいますか……相手の一挙手一投足に一喜一憂しちゃうんですよ~」
キシュケルのニヤニヤが始まった。
「相手が自分のことをどう思っているか、もし自分の元から離れて行ったら……なんて心配も付きまとうんですけど、同時に一緒にいるととにかく幸せなんですっ! ずっとこの時が続いて欲しいといいますか……!」
「そうか。ありがとう。参考になった」
やはり、俺は誰にも恋していない。
俺が最近そんな気持ちになったのはレクシアと旅している時だ。他の令嬢と会っている時はいつだって早くこの時間が終わるよう祈っている。
(よし。レクシアにちゃんと伝えよう。順序だてて論理的に伝えれば彼女もわかってくれるだろう)
目の前のキシュケルが満面の笑みでこちらをキラキラと見ていた。
「いや~ついにエイデン様、自覚されましたか~よかったよかった! 今夜はお祝いですね!」
「……いったい何を言っているんだ」
「うわっ! 違った! まだそんなこと言ってる段階でしたか……!」
たはー! と、呆れるように俺の従者は額を押さえている。
「まあいいです……陛下からはあまりつつくなと……つつくと意固地になるからと言われておりますので」
「だから何の話だ!?」
だが質問に答えることなくキシュケルは、
「やはり少しお休みください。そうすれば冷静な思考が戻ってくるかもしれません……いや、無理か……?」
疲れたよう小さく呟きながら、ゆっくりと執務室を出て行った。




