19話 王女の墓所
「そ、そんなに急いで帰らなくてもいいじゃないか」
「何言ってるんですか! エイデン様だってさっさと呪いを解きたいでしょう?」
早朝、グラント城のゲストルームで荷造りをしていると、珍しくエイデンがゴネてきた。
ネイヴァンもオグマも彼の呪いを解こうと力を尽くしてくれていた。長い年月をかけて皆手を貸してくれている。
(こんなに嬉しいことはないわ……!)
心の底から力が湧いてくる。今世で生まれて初めて、何とかなるかもという気持ちになれた。
「一応これは新婚旅行も兼ねているんだ……だから……」
「寝言ですか!? さっさと目を覚ましてくださいな!」
まだ粘るか!
「ちゃ、ちゃんと起きている! お、俺が言いたいのはだな……滅多にない機会を堪能すべきだということであって……! いや、そんな状況じゃないか……」
エイデンは口に出しているうちに現実を受け入れたのか、声が徐々に小さくなっていく。確かに立場上、何週間もお忍びで自由に動けることなんてない。
(こんなことで意見が合わないなんて、ちょっと予想外かも?)
いつものエイデンなら目的が達成されたらさっさと引き上げそうなものだが……そういえば城下に繰り出している時は、特定の目的がない中でめいっぱい街歩きを堪能していた。
(そうだよね。エイデンだって全てが合理的かどうかで判断して生きてるわけじゃないもの)
あんなに愛想が悪いのに彼の優しさは誰にでも伝わるのだ。だから感謝されて死にかけるのだが……。
昨夜はかなり重い話題もった。私の気持ちを考えてくれているのか、実感もないのかもしれない。でも、あれから私が黒魔術を使って無理やり転生したことについては触れてこなかった。
(おっといけない!)
また感謝しそうだった。ここは無理やり思考を変えて、
(散々『君のことを愛するつもりはない』だとか言っといて、気を許した途端これなんだからっ)
根に持ってやるからな! というくらいのスタンスでいなければ。
けどやはり、シュンとしている元英雄を見るとそれほど強気な態度は取れず、
「今回は残念ですが、呪いさえ解ければある意味で気楽にまた旅に出ることができます。思いっきり楽しめる方がエイデン様もいいのでは?」
「……そうだな」
何だか含みのある答え方。ちょっと寂しそうに俯いたままだ。
(…………うーん……そんなに残念がることもないはずだけど)
手元にある古い小箱を見つめる。この中にティアルネ王女のネックレスが入っていた。魔王が持っていたものだ。最期の時まで。
「エイデン様。お忘れのようですので、一応言っておきます。王女の墓はガルディスタ王国にあるのですよ。私達はそこにコレを持っていかないといけないんです」
つまり、少なくとももう一回旅行が待っている。
『魔王の遺品を王女の墓へ埋葬すべし 永遠の眠りを二人で』
これで呪いが解けるのだから。
「あっ」
「え? 何です!?」
あからさまにエイデンがしまった! という顔をした。何!? 何したの!?
「すまない。伝え忘れたが、王女の墓はデュカリア国にあるんだ」
「えぇぇ!!?」
うそ! 聞いてない! というか、全然知らなかった……というより、疑問にすら思わなかった。
「この国を建国するにあたってガルディスタと裏でそう取引きしたらしい。王女の墓から瘴気が放たれ続けるというのはガルディスタの王家にとってはかなり都合が悪いだろうからな」
「なるほど……まったくもってあの国は……」
感情を逆撫でするようなことをするんだから!
(王女が英雄を殺したことを隠したことに対する憤りから新しい国を! ってなった国に対しての嫌がらせ!?)
いやしかし、これは私が気がつくべきだった。
私はかつて、ティアルネ王女の墓を訪ねたことがある。
『絶対にエイダンの呪い解いてやるからな!』
と、宣戦布告しに。その時やはり瘴気はなかった。単純に自然浄化、もしくは私の時のように神官達による聖魔術で浄化仕切ったのだと思い込んでいたが……。強力すぎる黒魔術ゆえにそう簡単ではなかったそうだ。
「あっ!」
「どうした!?」
今度は私が、あっ! だ。
「エイデン様! 王女の墓はどちらに?」
「それが……俺にも知らされていないんだ。王都のどこかというのは確かなんだが」
すでに彼は調べを進めてくれていた。ローワン・サイラスに頼んだのだ。彼は王族ではないが、王族の教育係として真なる歴史を知っている。
王女の墓の場所は絶対的な秘密ではなく、英雄の血縁者の血が流れているデュカリアの王家への配慮に近いため、探すのにそれほど難しいことはないはず、ということだった。
「もちろん兄上は知っているだろうが、王に真実を報告すればことが大きくなりかねない。俺がエイダンの生まれ変わりだなんて話が出たら、せっかく落ち着いている後継者争いの火種にもなりかねないからな……」
それはそうだ。また誰も望まない結果になりかねない。私達はローワンの手腕に期待しつつ、もしもの時はロイメイア様を通じて王女の墓所を探り出すということに決めた。
「やっぱり王都……じゃあ最近魔獣が王都近郊にやたら現れるのって……」
「王女の墓の瘴気に引きつけられているということか!? いやしかし、魔王の瘴気すら百五十年で浄化されているんだ。王女の瘴気だって……」
「呪いが発動したことによって再び瘴気が発生したのでしょう」
何てったって特別仕様の黒魔術だった。
黒魔術は発動と同時に瘴気を発する。今回もそれが再び当てはまった可能性は十分考えられる。
「……王都に瘴気……よくないな」
「こんなに離れたバログラの地から魔獣を引き寄せていることを考えるとかなりタチが悪いと思います」
「レクシアのいう通り、急いで帰るべきだな」
すまない。とまたエイデンは謝り、私達はバタバタとグラント城を後にした。
「グラント侯爵、本当に色々……ありがとうございました。また来ます」
シャンデリア、壊しちゃってごめんなさい!
「ええ! 待っていますよ! 次は楽しい話を!」
今度はゆっくり彼の墓参りをしに来なければ。
(エイダンの呪いを解いたよ! って報告しなきゃだしね)
◇◇◇
王都への道中、エイデンから提案があった。
「急ぎたいところだが、もし魔獣の気配があったら積極的に狩っておきたい。レクシアに協力して欲しいんだ」
「それはつまり……また呪いを使うということですか?」
「ああ。ダメか?」
私は悪いことをエイデンに教えてしまったようだ。自分にかけられた呪いすらも使って、民の被害を減らそうとしている。というか、もはや呪いが便利な『魔獣呼び寄せ魔術』くらい思ってるぞこの王弟!
(だけど私を頼ってくれた)
また距離が縮まった気がする。この流れは以前の——前世の時と同じだ。
「わかりました。ですがタイミングはよくよく考えて。無理も無茶も禁止です」
「約束しよう」
約束するならやりましょうかね。
だが結果的にこれでよかった。エイデンはついに呪われた人間としての自覚が湧いたのか、極力他人に近寄らなかったので、こちらの狙い通りのタイミングで呪いを発動し、魔獣を狩ることができたのだ。滅多に(そう、滅多にだ)突発的な呪いの発動はないまま、無事王都へと帰還した。
「道中随分とご活躍されたようで……! 最強の旅商人夫婦とはエイデン様とレクシア様のことでございましょう?」
離宮の入り口で出迎えてくれたのは、まさかの今一番会いたかった相手。
妙なネーミングはさておき、話が早くて助かる。
「ローワン。わざわざ来てもらって悪いな」
「嬉しゅうございます。エイデン様のお役に立てることがまだあるとは」
ローワンの足を気にしつつ、私とエイデンは馬車を降りたそのままの足で執務室へと向かった。キシュケルもサッと付いて来ているので、エイデンは表情も変えずに、
「後ほど陛下に会いに行く。バログラからだけでなく、各地から魔獣が王都へ集まっているようだ。至急対魔獣歩兵部隊を王都近隣領へ送りたい」
「承知しました」
手短な指示でエイデンがやりたかったこと全て伝わっていた。
バタン、と執務室の扉が閉じる。
「慌ただしくてすまないな」
まず先にローワンを無理やり椅子に座らせ、エイデンは彼の答えを待った。私も息を潜めて待っている。
「ティアルネ王女の墓所は神殿管理の元、城の地下深くにございます」
「王城だと!? だが瘴気が……」
「ええ。城には建国後毎日のように宮廷魔術師達が瘴気をも防ぐ防御魔術を貼り続けております。この国で最も安全な場所ということなのでしょう」
確かに、下手はところに置くよりはいいかもしれない。
「ですがすでに瘴気は消え去ったと聞いております。年に一度、神官達が確認をしているとかで」
「いや、おそらくまた最近瘴気が復活しているはずだ」
「……なるほど。それで魔獣が王都に」
ふむ、とローワンの眉間に皺がよる。
「行き方はわかるか?」
「もちろん。調べております。……が、危険では?」
今までで一番鋭い視線がエイデンへと向かう。だが、エイデンは真正面からそれを受け止めた。
「瘴気を消し去る方法があるんだ。理由は言えない。ローワンがそれを知れば立場上、陛下に報告せずにはいられないだろう。……陛下が知れば厄介なことになる。だから約束しよう、決してこの国を裏切るようなことはなしない」
二人はしばらくの間、瞳で会話しているようだった。ただじっとお互いに目を逸らさない。
「……やれやれ。エイデン様は年寄りの扱い方がお上手ですな」
ローワンの肩の力が抜けた。エイデンの性質をよく知っているからか、彼を信頼しているからか、墓所への道筋を教えてくれるようだ。
「お二人で行かれるので?」
「ええ」
間髪入れずに私が答える。万が一にもエイデンが私を置いていくことがないように。だが、もうその心配は無用のようだった。
「レクシアと一緒にここまで来た。彼女ももちろん一緒だ」
隣にいることを当たり前としてくれたのだ。
「お二人で一体何をされているのかと思っておりましたが……」
ローワンは嬉しくてたまらないと優しい笑顔をこちらに向けた。
「ではエイデン様。数日ご辛抱を。瘴気を甘くみてはなりません。多少安全に瘴気の中を歩くための道具を持って参りますゆえ」
「わかった。ありがとう」
確実に、一歩ずつ。エイデンの呪いを解くまで、あと少しだ。




