18話 百年越しの手紙
グラント侯爵はほんの少し遠くを見るようにゆっくりと話し始めた。
「この話は歴代のグラント家の当主のみが引き継いできました。魔王討伐から百五十年後の当主になる者に向けて」
「……では、あなたご存知なのですね。真なる歴史を」
ゆっくりと侯爵は頷く。
考えれば当たり前だ。なんたってオグマもあの場にいた。あの、エイダンが呪い殺された場に。子孫がその話を聞いていてもおかしなことはない。
(それに私が転生したことも。エイデンがエイダンの転生者ということも。彼にかけられた呪いのことも……)
魔王の遺品を保管していたということは、呪いの解き方も知っているのだ。きっと。
「この伝言は魔王討伐から三年後。あなたが……レクシー・アスメリアが命と引き換えに転生魔術を使ったことから始まります」
「……命と引き換えだって!?」
隣にいたエイデンの声が大きくなった。聞いていた話と違う、ということに衝撃を受けているようだった。私の死因が史実と違うと。
(そんな顔しないでよ……)
そんな悲痛な顔。言っておくけど、あなたが死んだ時、何人その顔したと思ってるの……なんて言っても通じないか。
「失礼。殿下はご存知ありませんでしたか。なぁに。それほどあなたを大切に思っていたというだけ……私の祖先、オグマはそれでも許せなかったようですが」
「……」
私もエイデンも押し黙っている。
「彼は当初、あなたがどうしようもないことを受け入れず、禁忌にまで手を出したことが許せなかった。ですがどこかで諦めるだろうとも思っていたようです。けど、あなたはやり遂げてしまった。それもわずか三年で」
そう。私は到底受け入れられなかったのだ。彼の死が。いや、あんな死に方は。
「オグマは……本当に死を覚悟してあの戦いに挑んでいましたから。自分だけじゃなく、私達の死も含めて」
彼にしてみればまだ敵の残党が残っていて、その相手にやられてしまったのだから、エイダンは魔王討伐の戦いで死んだのと同義だった。悲しいが、仕方ないというのが彼の考えだ。
この件に関して、私は誰に責められ、批判され、軽蔑されても受け入れるしかない。それも覚悟の上であの黒魔術を使った。たとえそれが仲間でも、救いたい相手であっても。だから言い訳はしない。
エイデンはただ茫然としていた。本当は知られたくなかったが。間違いなく気にするだろうし。
「そうですね。オグマはその後、王国軍を率いて徹底的な残党狩りをおこなったと記録が残っています」
侯爵はここだけは少しだけ誇らしそうにしていた。後の平和の礎——荒廃した世界の治安維持にも繋がり、もう大丈夫だと人々が思えたのはこの時期だと聞いている。
「ですがあなたが亡くなった時、彼は三日三晩泣き通したそうです。己の無力を嘆き、自身がおこなってきた残党狩りもまた、英雄の死に対する現実逃避だったのだと気づいたのだとか」
その後、私が死に際に何か魔術を研究していたことを嗅ぎつけたガルディスタ王国側が、わざわざ私の墓まで暴こうとしたあたりで、オグマはこの国に身限りをつけ王弟側につき、デュカリア王国建国に貢献した。
「あなたの覚悟を——なにがなんでもエイダンの呪いを解くという覚悟を受け入れるべきだったのだと……生涯後悔し続けたそうです」
まるで本人のように寂しそうな顔をして、グラント侯爵は俯きながら立ち上がり、胸元から古びた手紙を取り出した。
「こちらを」
それは、『親愛なるレクシー』から始まるオグマの手紙だった。
◇◇◇
「お互い随分歳をとったわねぇ!」
アハハと楽しげなネイヴァンの声がホール中に響き渡る。
荘厳なグラント城を見て、なんて立派なのかしらと褒めちぎった後、その城主を指差して彼女は一人で笑っていたのだ。
「なーにが歳をとっただ! 聖魔術は老化防止に使っちゃならねぇって聞いたぞ!」
オグマは呆れながら久しぶりに再開した見た目の変わらない仲間を見ていた。だが同時に、かつてと同じように軽口を叩き合えることに心底ホッとしていた。最後に会ったのは、レクシー・アスメリアの葬儀の時。もう五十年も前になる。
「それは大昔のお偉方が決めたルール! 今は私がお偉方になったからいいの!」
「なんだそりゃ!」
そう、それだけの歳月が流れていた。
「で。今日はなんの用だよ」
「ほら。初めて出会った時、私を妻にしたいって言ってたじゃない? そろそろ私も落ち着こうかなって。だからお嫁さんにしてもらおうかと思ったの。あなたの後妻にしてとちょうだいな」
「勘弁してくれっ! こちとらこの間十人目のひ孫が生まれたばかりだぞ!」
ニコニコと嬉しそうに話すので、万が一でも本気だったらたまらないとオグマは一生懸命に首を横に振る。彼女と共に旅をしていた頃、冗談のように本気の話をすることが多々あったのだ。
「まあおめでとう! これでエイダンもレクシーも寂しくはないわね! あなたの血を受け継ぐ子達がいっぱいいるなら!」
あっけらかんと、触れにくいところに触れるのもネイヴァンの強みでもある。
「……ふんっ。生まれ変わった時に味方は一人でも多い方がいいだろ」
だからオグマも素直になることができた。五十年経ってようやく。
「あらあら……」
大柄の老人がはらはらと涙を流し始めたのだ。大きな背中を、ネイヴァンが優しくさする。
「こ、子供達はあっちこっちの貴族に嫁いでいるし、英雄の子孫同士必ず仲良くするよう……もちろんこれからずっとだ……言って聞かせて育てた」
「そうね。レオノーラ先生の話じゃあきっとエイダンはデュカリエ家。レクシーはガルディエール家に生まれ変わるわ。貴族の繋がりは大事よ。なんせ国が違うのだから、出会うには両国の有力者の力がいるもの」
やるじゃない! と、ネイヴァンは朗らかに彼を褒め称えた。
賢者レオノーラ・グラディアは弟子が死んだ後も呪いの詳細について細やかに調べ続けた結果、黒魔術によって転生した者の魂は必ず前世の血に引きつけられると結論づけたのだ。デュカリエにはエイダンの姪が。ガルディエール家にはレクシーの弟がそれぞれ子孫を残している。
「で、結局お前は何でここにきたんだよ……」
照れくさそうに涙を拭きながら、オグマはぶっきらぼうに尋ねた。
「そりゃああの二人のお手伝いをするためよ! あなたも手伝ってね!」
「なんだって!?」
「だからね。呪いを解くお手伝い!」
己の無力感がまた徐々に蘇ってくる。なにもできない自分。呪いをなんとかしようとした仲間に冷たい言葉をかけ、最期の見送りもできなかった自分……。
「……オレにもできるのか」
「もちろん!! さあ! 武器を持って!!」
「え? は? 武器!!?」
「バログラへ行くわよ!! 魔王の遺品を探しに!! 護衛をお願いね!!」
「俺はもうすぐ八十だぞ!!?」
目の前の老人が見えねぇのか! と、オグマは目も口も大きく開いて主張する。
「大丈夫よ~その辺の兵士よりあなたまだまだ全然強いもの!! 私の聖魔術もあるしっ」
そう言って、えーい! とネイヴァンが彼の両肩に触れ、オグマは五十年前の姿に戻った。呆然と鏡を見るオグマの頭の中では、また古い記憶が呼び起こされていた。
(そうだった。こいつも敵に回しちゃいけねぇ人間の一人だった……)
目的のためなら躊躇なく行動できる。それを思い出して、彼はプッと吹き出した後大笑いして答えた。
「ああ! 行くか!! オレに任せとけ!!」
バログラの大地はまだまだ瘴気が濃く、五十年経っても人間は入り込めなかった。だがネイヴァンはその時からさらに力をつけ、一時的ではあるにしろ、自身の周囲の瘴気を薙ぎ払い、かつての魔王城の跡地をオグマと共に突き進んだ。
「瘴気が濃すぎるうちに魔王の遺品を回収したかったの」
「そうか。濃度が下がると今度は魔獣に持ってかれちまうかもしれないのか」
魔獣すら簡単に近寄れない瘴気のエリアを彼女は以前の調査で見つけていた。魔王の遺品はそこにあるとネイヴァンは考えている。
「そう言うこと。あと、妙なこと考える人間が出る前にね」
「魔王の遺品か……ありとあらゆる悪事に使えそうだ」
オグマの目が鋭くなる。
道中彼らに飛びかかってきた魔獣達はことごとくオグマの槍と斧を前に倒れた。いくら肉体が若返っていたとしても、長年の研鑽があるからこそ、一人で軽々と魔獣を倒すことができるのだ。
「現役時代たって~こんな風に簡単にはいかなかったな」
「私も~」
二人で顔を見合わせて笑い、最期の冒険を楽しんでいた。
◇◇◇
『レクシー。少しはお前の助けになれるといいんだが。生きてるうちにお前の力になれなくて、本当に悪かった。どうか、どうか、エイダンの呪いを解いた後は、楽しい生を送ってくれることを祈っている』
呪いを解いた後のことを考えてくれるところがオグマらしい。
(いつだって力になってくれてたじゃん)
私は涙を流さないように必死だった。だが、どうしてもポロポロと止まらない。
(ネイヴァン。オグマ。先生。本当にありがとう)
さっきまでショックを受けていたエイデンがオロオロとした後、私の背中を優しく撫で始めた。心配そうな顔になっている。あーあ。そんなことされたら感謝しちゃうじゃん!
「もう!」
「えっ?」
泣き笑いをしながら私達の周囲に防御魔術を張った瞬間、ガシャンと大きな音を立てて、豪華なシャンデリアが上から落ちてきた。
「はは~! これが呪いですか~!」
感心するようにグラント侯爵が頷き、大音に驚いた兵達が慌てて入ってきててんやわんやになったのだった。
◇◇◇
「こちらが例の探し物になります」
グラント侯爵から受け取った小箱は厳重な守りの魔術がかけられており、専用の鍵でないと開けられない仕様になっていた。瘴気はすでになくなっている。
横にいるエイデンと目を見合わせた後、ゆっくりと鍵を開く。
「これは……女性物?」
中には小さなネックレスが入っていた。
「えぇ。おそらく王女の物でしょう」
「そうですか……」
色褪せることなく輝いているそのネックレスを見て、手に入った喜びと同時に重たい何かが私達の中に潜り込んだ気がした。




