2話 百五十年前
百五十年前、この世界は恐怖に包まれていた。たった一人の、魔王と呼ばれるまでに至った魔術師によって。
各地で我こそは世界を救うのだと、『勇者』と呼ばれる猛者達が立ち上がり魔王へと向かって行くも、絶大な力を前にはなす術もなかった。
魔王は何百万もの魔獣を使役し、村を、街を、国を滅ぼしていった。
(前世の私の故郷もそれでやられちゃったわけだけど……)
ガルディスタ王国はその危機を目前にして、一人の勇者に目を付けた。後に英雄と呼ばれるその青年は、魔王の力が増大する中で、仲間の魔術師、神官、戦士と共に、魔王の拠点をこの時点でいくつか潰していたのだ。
王国はあらゆる支援、そして王女との婚約を約束する代わりに、その青年に魔王討伐を命じた。その頃にはもう、彼に望みをかけるしかないほど国は疲弊していたのだ。
(やっぱその時にちゃーんと詳細をつめとくべきだったのよねぇ~)
後の英雄は、王国の支援(主に金銭面だが)こそ必要としたが、婚約については全く持って望んでいなかった。だが、
『余計なことを言って拗れても面倒だ。今は時間が惜しいし、詳細なんて魔王を討伐した後でいいだろう。姫の表情からするとどうせアチラも不本意な婚約だ』
そして、
『俺が負ければ婚約もなにもないしな』
と、あっけらかんとしていた。そうして英雄パーティの一行も、
『婚約しません! なんて言ったらあの気難しい王女のプライドを傷つけかねないし……』
『それで腹を立てられても厄介か』
『婚約していた方が、国と私達との連帯感もでてきますしね』
なんて納得したのが悪かった。彼らは揃いも揃って、そういった実務的な作業を面倒くさがったのだ。
『よくもあの方を……! よくも! よくもよくも……っ!!』
ようやく魔王を倒し、ボロボロの状態で王の元へ戻って来た勇者一行を前に、王の隣にいた王女は怒りに震えていた。本来なら婚約者であるーー今や英雄とも呼ばれる彼を涙ながらに出迎えてもおかしくはないのだが……。
『死ね!!! 未来永劫呪ってやる!!!!』
あっという間の出来事だった。王女自身の命を懸けた呪いを前に、英雄は倒れた。
この瞬間まで誰も知らなかったのだ。王女が魔王と恋仲だったなんて。
英雄の婚約者の王女が魔王に恋した末、その英雄を呪い殺す! というとんでもないスキャンダルは、魔王討伐という世界的大ニュースのどさくさにまぎれ隠蔽された。公的には、
『英雄は魔王を討伐するも、その時の怪我が元で命を落とし、王女も英雄の死の悲しみから立ち直れず後を追うように亡くなった』
ということになっている。
レクシアはこの英雄に命を救われた魔術師だった。”命”だけでなく”人生”も救われた、といった方が正しい。
幼い頃に魔王の侵攻によって故郷を亡くした彼女を救い、生きる術を与えてくれた。魔術師としての師と引き合わせ、彼女が自分で生きて行けるよういつも(先ほどのように不愛想にだが)応援してくれた。
やっと皆、平和な世界で暮らしていける。そう思っていた矢先の恩人の死に彼女は打ちのめされ、さらに追い打ちをかけるように英雄への『未来永劫の呪い』が彼が生まれ変わったとしても続くと知って覚悟を決めた。
『私がその呪いを解く!!』
と。
前世レクシアがしたことは、自分が彼の近くで、彼が転生する時代に生まれ変わること。しかも自分の記憶を残したまま。
呪いを解く術は、彼女の周囲も必死に探し続けてくれていた。愛想のない英雄だったが、彼の人柄を理解し大切に思ってくれる人も多くいたのだ。
彼女の転生は無事成功した。レクシア・ガルディエールという名の公爵令嬢として。
(魔王討伐の褒賞かな?)
ちょっと呑気なことを考える。なんせ前世は平民だった。
それから約二十年。必死に英雄の生まれ変わりを探した。探している間に『死の呪い』が発動していないことを祈りつつ。そしてようやく見つけた彼は、まさかの隣国の王族だった。
(やっぱり魔王討ボーナスね!)
彼が生きていることにホッとしたのも束の間。婚約式の直後から彼には毎日のように死が押し寄せてきたのだ。
◇◇◇
(呪い重すぎでしょ!!)
比重がおかしい。なんで転んだ子に手を貸しただけで”死”が三連続でやってくるわけ!? と、王宮に帰る馬車の中でレクシアはどうしたものかと頭を抱えたくなっていた。
(とはいえ、前世であれだけ頑張ったのに、呪いが続くなんてあんまりよねぇ……)
そんなレクシアの苦労を知らない目の前の元英雄は、窓の外に広がる穏やかな城下を優しい瞳で見つめていた。




