15話 油断大敵
久しぶりの旅行だ。最後の旅行はここデュカリア王国に来た時。
私は長年、英雄の生まれ変わりを探しガルディスタ国内を旅して回っていたので、貴族身分を持つ人間の中ではかなり旅慣れをしている部類に入ると自負している。
(前世は言わずもがな……散々あっちこっちの魔王の拠点を潰して回っていたし)
むしろこの国に来て一番のんびりしてる?
(ってそれはない!)
王弟殿下の護衛で忙しい毎日だったわ……。
今回の旅行ももちろんお忍び、ということで商人風の旅装で護衛は最小限。
バログラまでいくつもの街へ立ち寄ったのだが、何度も何度も遠慮なく死の呪いは彼に襲いかかった。
「ちょっとでいいんで! 他人に感謝されるようなこと自重してもらっていいですか!? ホント、ちょっとの間でいいんです! いや本当はエイデン様には自由に生きて欲しいんですよ? けどね、けどね、私もバログラを前に緊張してるっていうかピリピリしちゃってですね? やっぱ特別な場所だし色々思うことがというか思い出すこともあって……」
切々とお願いする私の言いたいことが全く伝わっていないのか、
「レクシアは気にしなくていい。自分の身は自分で守る」
「うわっ! 聞いたようなセリフ!!」
前世でね! エイダンも似たようなことを言っていた。ただ前世の彼はその後考えを改め、頼るところは頼るようになってくれたが。
「守ってくれるのはありがたい。ただ、俺のせいで君が傷ついたりしたらもっと嫌なんだ」
「そう思うなら自重してくさいって言ってるんです!」
そう言うとエイデンは困ったような顔になり、
「正直、なにが感謝されてなにが感謝されないかイマイチわからなくてな……」
ガクリと力が抜けるようなことを言ってくれる。
「はぁ……じゃあもういいです……兎にも角にも私は近くにいるようしますから、絶対に離れないでくださいね」
「わかった」
心なしか嬉しそうだ。この表情を見ると、私のことをちゃんと信用してくれているのがわかる。心を許してくれているというか。
(まあいっか)
今更というものだ。
と、思っていたのだが……状況が変わった。
バログラまであと二日の距離。その日は道中突然の大雨に見舞われ私はヒヤヒヤとしていた。
(あぁ~絶対にエイデンが感謝されちゃう~)
日が暮れた頃、小さな街に馬車を停め、小さな宿にどうにか泊まれるようになったまではよかった。部屋に案内され後、私達を案内してくれていた宿の主人に使用人が不安げに駆け寄ってきたのだ。
「えぇ! ロキが帰ってこない!? まだ遊んでんのかアイツは!」
大きな声がエイデンの耳まで届いた。宿の主人の幼い息子が、いまだに帰ってきていないのだ。この大雨の中。
「一緒に探そう」
迷うことなくエイデンがそう言ったので、私ではなく護衛が『おやめください旦那様』と苦言を呈してくれた上、宿の主人まで、
「お客様にそんなことはさせられません。雨がやめばすぐに帰ってくるでしょうし……」
丁重に断ってくれたのだが、
「ではこちらで勝手に探す」
横殴りの雨の中へスタスタと元英雄は出て行った。
(言うと思った!)
私もその後ろを何も言わずに着いていく。腹が立つことに、エイデンはこちらを振り返ってギョッとしたのだ。私が着いてくるとは思っていなかったのだろう。
「近くにいるってこう言うことですからねー!!!」
大雨に負けないように声を出すと、
「……そうか……すまない……考えが至らなかった……」
声はほとんど聞こえなかったが、口の動きがそう言っていた。
護衛達もエイデンの性質を知っているメンツが揃っていたので、これはもうさっさとその息子を探し出すのが早いと判断したらしく、宿の主人から特徴を聞き出し大慌てで探し始める。
「いつも遊んでる広場にはいなかったそうです」
「どこかで雨が止むのを待っているんだろうか……」
だが一緒に遊んでいた子供達に話を聞くも、雨が降り始めてすぐ、その子は確かに自分の家である宿へと向かったということだった。
(……これは確かに心配ね)
エイダンはこういう勘がよく働く男だった。今回もきっとそうだったのだろう。だとすると、本当にその子は今危険な状態かもしれない。あの時、エイデンがすぐに動いたのは正解だった。
(……こうなれば私が先にその子を見つけて感謝される立場になるとしましょう!)
今の所この街の近郊で魔獣の目撃情報はない。ということは、どんな呪いが彼に降りかかってくるかわかったもんではないのだ。できる限り彼が感謝されないようにしなければ。
「探索魔術を使います。ちょっと疲れるやつなんで、ロキって子が見つかったら今日はもう宿の部屋から出ずに大人しく寝てください!」
本当に頼むよ!! と、これでもかと念押しする。
「わかった」
同意を得たのを確認した瞬間、私の周囲から小さな光が当たり一面に散らばった。今回、隠密魔術は必要ないので幾分楽だが、発動を維持するのは体力も魔力も消費する。
(どこどこどこどこどこー!?)
街中を巡っても見つからないので更に捜索範囲を広めると、しばらくして探索魔術が反応した。
「いました! 街外れ……森の中!!? 小川の近く!」
「急ごう!」
私もエイデンも雨よけの防水マントを着用していたにもかかわらず、すでにびしょ濡れ。気温も下がってきている。
ロキという名の少年は、子猫を抱いて大きな木のウロの中にうずくまっていた。エイデンが駆け寄ろうとしたので、慌てて引き止める。
「ちょっと待ったー! 私が行きます!」
「あ、ああ! 頼む!」
真実を話したことで、こちらの意図がすぐに伝わるのは助かる。エイデンは嫌な顔一つしない。彼の善行を横取りするようで心苦しくはあるが、少しの間……呪いが解けるまではごめんね! と、開き直って私がロキを抱え、エイデンが子猫を腕に宿へと急ぐ。
「すぐ着くからね」
「……ごめんなさい……コネコがあめにぬれてかわいそうだったから、つれてかえりたくって…」
「追いかけちゃったか~」
半泣きで頷く少年を見て、私は罪悪感が湧いていた。体が冷え切っている。
(エイデンがあの時動いてくれて本当に本当によかった)
まだまだこの大雨は止みそうもない。しかもこの子は街外れの妙な場所にいた。たとえこの街の住人でも見つけ出すには時間がかかっただろう。この小さな体でいつまでもったか……。
なのに私はこの子の心配より、エイデンの呪いのことを気にかけていた。
(ああ嫌だ……)
エイデンの呪いを解くことが今世の私の何よりの願いだが、かといって蔑ろにしてはいけない何かがある。今回、私はそれを蔑ろにした。
(一人で勝手に前世を思い出してピリピリして……改めなきゃね)
ぎゅっと少年を抱きしめる。できるだけ彼の体が温まるように。
エイデンの方は私の方を伺うような目で見ていた。私がまだ怒っていると思っているようだ。
(全く! こっちは感謝してるってのにその顔ったら!)
プッと吹き出して笑ってしまった。って……!
「しまった!! また! またやっちゃった!!!」
私のばかばかばかー!!!
(本当に大馬鹿!! 特大馬鹿!!)
上空で雷鳴が鳴り響く。
左手でロキを抱えたまま、右手をエイデンの方へ向け思いっきり地面をぶん殴った。拳に思いっきり魔力を流し込み、強固な防御魔術を発動する。
「レクシア!?」
ドンという大きな地鳴りと共にエイデンの周囲に透明な壁が現れた。直後、激しい閃光と轟音が響く。
エイデンは今回、自分は何もしていないのに!? と、ギョッと驚いた顔になっている。
「あっぶな~……」
ギリギリ間に合った。その後三度、狙い澄ましたようにエイデン目掛けての落雷が続いたが、無事、今回も彼を守り切ることができた。
(自業自得だけど)
ふぅと一呼吸し、体の力を抜く。
「大丈夫?」
「うん。ちょっとだけ休憩」
ごめんね、と心配そうな表情のロキを地面に下ろした時だった、
「えぇ!!?」
再び閃光と轟音。今度はエイデンではなく、すぐそばの背の高い木に雷が直撃した。火花が飛び散り、火のついた木片が降り注ぐ。
この時私は瞬時にもう一度エイデンに防御魔術を施した。だがその木片は彼ではなく、こちらに——私とロキの方へと容赦なく向かってきたのだ。呪いのための落雷ではなかった……。
(間に合わない!!!)
咄嗟に私はロキに覆い被さった。衝撃が何度も私の体を揺らす。それから少しだけタイミングをずらして、熱いだとか痛いだとかいう感覚が。
(これは……自業自得ね……)
無自覚善人なエイデンにあれこれ言える立場じゃない。自覚がある私がこれなんだから。
「レクシア!!」
真っ青になったエイデンが駆け寄ってくる。今私が感謝の気持ちを向けるわけにはいかないので、最近開き直って、強気で無礼な私でいるよう意識した。タイミングのいいことに、エイデンの名を呼ぶ護衛達の声も聞こえている。
「すまない! 俺のせいで! 俺が……俺が……」
「いいことしたからって? 私さっき言いましたよね? 私のそばを離れないでくださいって。それをエイデン様はちゃんと守ってるんですから今回の件は私のミスです」
「いやしかし……!」
こんなに焦っているエイデンを初めて見た。というかエイダンだった時だってこれほど焦っている姿を見たことがない。
「これから自己ヒール使うんでしばらく動けません。約束通り宿に戻ったら部屋で大人しく寝てくださいね」
「わ、わかった……!!」
聖魔術を習得していてよかった。正直この平和な世の中でエイデンじゃなく私がこんな怪我をするとは。慢心にも程がある。プライドずたずただ。
(けど、背に腹は代えられない。肝心な時に痛みでエイデンを守れなかったら意味ないし)
深呼吸したあと、自分自身の傷を癒す。この魔術を使っている間はこれまでのような強力な防御魔術は使えない。
しかし今回、私よりよっぽどエイデンがショックを受けてしまっていた。宿に戻った後、一晩中私の側でウジウジとしていたのだ。
「本当にすまない……君がこんな怪我をするなんて」
「いやだからこれは私が油断したのが悪かったんですって」
「だがあの雷は俺の呪いが呼び寄せたものだろう!?」
いやあれは私が呼び寄せたようなもん……と言っても彼の耳には届かないようだった。
「……もうね。いいんですよ。エイデン様は好きに生きてくださいな」
その前提で動いた方がいい。彼の善性を変えてしまおうなんて思う方が間違っていた。
「どうせ呪いが解けるまで後少しなんです! 私だってもう二度とこんなミスはしません! 元英雄パーティの一員としての矜持がありますから!!」
いいですか!!? と捲し立てることでようやくエイデンは大人しくなる。
「もう寝ますよ! エイデン様も早く寝てくださいね!!」
いつかの馬車での彼と同じようなことを言って、私は無理やり目を瞑った。彼は約束は守る男だ。そばにいると言ったら必ずそばにいる。そういう信用はあるので、私は本当にあっという間に眠ってしまった。
翌朝、私のベッドの横には、言いつけ通り椅子に腰掛けたまま眠っていたエイデンがいたのだった。




