14話 いざ新婚旅行へ
賢者グラディアは偉大な魔術師であり高名な学者でもあった。
百五十年前、私は黒魔術を用いた転生魔術を、先生はそれに加えて呪いを解くための方法を調べ続けてくれていた。
(そもそも最初からオグマとは揉めちゃったんだよねぇ)
オグマはエイダンが転生するのなら、百五十年後、彼自身に呪いを解かせればいいと主張したのだ。それができる男だと。だから私にも呪いを解く方法を探すよう何度も繰り返し説得をしてきた。
(でもそれじゃあエイダンは一人で戦い続けなきゃいけなくなっちゃう)
転生術完成後、私はすぐに実行した。彼の魂から離れすぎないために。前世の生を終わらせることに、少しのためらいもなかった。
——魔術師レクシー・アスメリアは魔王討伐三年後、若くしてこの世を去った。死因は魔術の過剰使用による後遺症と見られる。
静かな部屋で、分厚い歴史書に記された一ページを読む。
「ガルディエール王国のものとは違うか?」
「いいえ。同じですね」
賢者グラディアの手記の原書は王宮にある特別な書庫内でのみ閲覧が可能だった。エイデンと二人、少々緊張気味に司書が持ってきてくれるのを待っている。
(何か……ほんの少しでも呪いを解くための方法がわかってたらいいんだけど……)
今のところ打つ手なし。エイデンが真実を知った今、一刻も早く呪いから彼を解放してあげたい。
「お待たせいたしました」
うやうやしく運ばれてきた古ぼけた本。そっと私の目の前に置かれる。
(あ……先生の魔力)
百五十年後も残ってるとは流石だ。
「お気づきになられましたか! この本にはいまだに魔力が宿っているのです。恐れ入りますが、お取り扱いは慎重にお願い致します」
ちょっと嬉しそうな声になった後、司書は本来の自分の職務を思い出したのか、物静かなトーンに戻り、そのまま頭を下げて部屋から出ていった。
「どうするんだ?」
こちらもワクワクが滲み出している声。エイデンが後ろから覗き込んでくる。
(本当に危機感ないわね!?)
自分が呪われているとわかってからも、特にエイデンの態度も行動も変わらなかった。
『焦ったからって呪いが解けるわけではないんだろう?』
なんてすっとぼけたことを言ってくれたので、こちらもすぐさま反論するも、
『積極的にいいことするのを控えるだけで安全度が増すんですが!?』
『いいこと……?』
はて? と、首をかしげたのだ。本気で無自覚人助けをしている。
(結局、こっちの危機感が増すだけだったわ……)
バレないようにため息をついて、先生の手記にそっと優しく魔力を流し込む。これまでも散々、同じことをした魔術師がいたようだが、私でないとこの仕掛けは解けない。
「レクシアの魔力が鍵になっているのか?」
「うーん……というより、魔力の流し方ですね」
表紙の裏に親指を置き、そっと円を描く様に力を込めるのだ。さらに裏表紙には左手で細かな魔術文字を魔力で描く。
「魔術師同士の秘密の手紙なんかでもよく使うんですよ。鍵というより合言葉みたいなものですね」
説明している合間にも、ページがパラパラと一人でに動きながら、文字が組み変わっていく。
(よかった……! 呪いについてこんなに調べが進んでる!!)
目でひたすら本の内容を追いかける。
「魂の救済?」
同じく黙々と読み進めていエイデンが、大きな文字で書かれたそれを読み上げる。
この『魂』はエイデンの方ではなく、王女の魂を指していた。
「王女の魂を救えば俺への呪いが消えるということか?」
「……そうみたいですね」
何だか気の乗らない解決方法だ。
(諸悪の根源の魂を救えですって?)
先生は王女の呪いを何年もかけて細かく紐解き解析し、ついに答えを得ていた。
(なにそれ! 何であんなやつの魂を……!)
いつもとは逆で私の方がムッと不機嫌に眉を顰めてしまう。こっちは正直、救いたくない。
(……けど、それがエイダンの魂を救うことになるのなら……)
やりましょう。必ず救ってみせる、あの我儘王女の魂だって。
「ティアルネ王女はどのような人物だったんだ? 真なる歴史を聞いた限りでは、何より魔王を愛していたということだったが……その、魔王は……魔王の容姿は……」
「そうですね。魔王の容姿はお世辞にも世間一般受けするようなものではありませんでした。でも王女はその魔王を確かに愛してましたよ。好きすぎて内通者になるくらいには」
『魔王』はそう呼ばれる以前、ガルディスタ王国の宮廷魔術師の一人だった。魔術研究班に属し、日々様々な魔術を生み出していたそうだ。その過程で自らの体を使い実験を繰り返した結果、聖魔術をもってしても治癒することがないほどの傷を体全体に受けていた。
(結局、研究が行きすぎた結果、黒魔術に手を出したんだよね)
この話は私を後ろめたい気分にさせる。
私もエイダンの魂を救うために研究を重ねた結果、黒魔術を使うことを選んだからだ。
「そうか。人を見た目で判断しない方だったんだな」
「うぉい!!」
今なんて言った!? なんか王女がいい人みたいな言い方をするじゃないか!
「忘れないでくださいね!? その王女に呪われたったこと!」
勢い余ってエイデンの胸元を両手で掴み揺すってしまう。寝ぼけてんじゃないでしょうね!? 目を覚まして!!?
「わ、忘れてない忘れてないっ!」
慌ててコクコクと頷いているが、全然信用できない。
(ホントこいつ! ホントこいつっ!)
私の頭に血が昇っているのをどうにかしたかったのか、エイデンが話を進めようとページを指差した。
「君の師は本当に素晴らしいな! ほら! 具体的な方法まで調べ上げてくれているじゃないか!!」
さらに彼は読み上げる。
【魔王の遺品を王女の墓へ埋葬すべし 永遠の眠りを二人で】
さらに先生がその方法を実践できなかった理由も書かれていた。
——あらゆる手を試してみたが、バログラの大地は瘴気の濃度が尋常ではなく、ネイヴァンの力を持ってしてもその根源に触れることは叶わなかった。
根源というのが魔王の遺品のありかのようだ。
彼の肉体は倒した際に霧散したため存在しない。あるとすれば彼の身につけていた何かだ。それすら禍々しいほどの瘴気を放ち続けていたのだ。
(私が死んでから十年後でこれか)
どれだけ彼の黒魔術が力を持っていたかがよくわかる。
——大地による自然浄化を待つしかない。我が弟子に加勢できないのは心苦しいが、レクシー、あなたなら必ずやり遂げるだろう。
これからやるべきことが決まった。
(加勢できないなんてとんでもない!)
先生がいなければ、そこまでたどり着くのにあとどれだけ時間が必要だっただろう。それも……この無自覚善人エイデンを守りながらだ。
(ありがとうございます。先生)
しっかりと心の中でお礼を言う。
「エイデン様。旅行に行きましょう。外出、お好きでしょう?」
「バログラへか」
「ええそうです」
本当は一人でササッと行きたいところだが、エイデンの側を離れるわけにはいかない。
「最後に行ったのはもう十年も前だ。最近王都近郊に出没している魔獣もバログラからという報告も受けている。現地へ確認しに行くのも悪くない」
それからちょっと早口に、
「そ、その……新婚旅行、というのも最近の社交界で流行っているそうだ」
窓の外に視線を向けながら教えてくれた。なかなか面白い文化だ。ガルディスタ王国にはなかった。
「お! いいですね! 理由はいっぱいある方が自由に動き回るのに都合がいいです!」
私達の『新婚旅行兼調査旅行』はとんとん拍子に決まり、呪いを解くための重要な第一歩を踏み出したのだった。




